第7章『暴食』
##1 私の在り方
「うーみーわぁーふぁふぁふぁーふぁー、ほーほー、はー」
「もう海は渡りきってるのに遅ない? てかなんでぼかして歌うてるん?」
大した出来事もなくのんびり後悔を終え、私たち一行は魔大陸の東端でキャンプをしていた。ついさっきまでログアウトしていて、インしたら船旅が終わっていたのでここで歌ったのだ。
海の見納めぐらいしておきたかった。まあ、またいつか見れるから少ししか気にしていない。
「ぼかしたのは著作権に配慮しまして」
「その童謡は2024年に著作権きれてんで」
「へー詳しいんですね」
「日本の文化が好きやさかいね」
「あ、もしかしてその口調も?」
「そうそう。京ことばって言うんや。小さいころから身につけようとしたら抜けへんくなってや」
なるほど。そういうバックグラウンドがあるんだ。ロリコガネさんが必死に勉強して練習している様子を想像しただけでk……うん、応援したくなるね。
一人で勝手に頷いていると、コガネさんは何かを思い出したそぶりを見せる。
「あ、そういや皇帝はんが起きたら来てっ言うとったで」
「了解です。どのテントでしょう?」
「あの豪邸や」
「え?」
私たちのいるテントからでも見える煌びやかな邸宅が、荒野の高台にポツンと建っていた。以前連合国へ行く際に持ち運び可能な銭湯を見ていて、それ系統なのだろうとは思うが――
「果たしてあれを旅と呼んでいいものか」
「遠征みたいなもんやし、セーフ?」
「くっ、皇帝さんはあそこでくつろいでいるのに……なぜ私たちは地べたに近いテントで寝なければいけないんですか。」
しかし、待てよ?
課題等々を終わらせていて現在は夜。
つまり粘ればあの豪邸のソファーで寝落ちができるはず。よし、眠いアピールをして居座ってやる作戦でいこう。
コガネさんと別れて豪邸へ向かう。
特段急かされているようでもないため、周囲をボーっと眺めながら歩く。
どこを見ても荒れ果てた大地が続くだけ。私たち以外の生物の気配が皆無である。
こういう場所には魔物がたくさんいてもおかしくないのだが、何もいない。
生き物が棲めない枯れた土地。
環境的にはすこし蒸し暑い程度。
ここで何かあったのかもしれない。生き物が棲めなくなるような何かが。
「――気が滅入るな~」
「それは正常な反応だよ☆ ある意味では世界で一番危険な場所だからね☆」
出迎えにきたシフさんは、なぜかラフな格好をしてメガネをかけていた。
悪いけどメガネ属性はパナセアさんで間に合っている。
「ん? あー、眼鏡が気になるかい☆ これはちょっと雑務をしていてそのまま来たからね☆」
「皇帝さんはどこに?」
「スルーかい☆ まあ陛下の呼び出しが優先だし案内するよ☆」
豪邸に入っていくシフさんの後ろをついていく。
いつもならダル絡みしてきそうなものだけど、珍しく無言である。
表情も少し余裕が無さそうだし。
「シフさん」
「ん?」
「肩の力を抜かないと肝心なところで転びますよ」
「……! ははっ☆ ああ、そうだね☆ うん。君に言われるとはね☆」
何だそれは失礼な。
ムスッと睨みつけると、シフさんは笑いながら優しく言った。
「人というのは、いつの時代もいいものだよ☆ 楽しい事も辛い事も乗り越えて、絶えず成長していくんだから☆」
「何ですか急に。私は天使ですよ――今は堕天使ですけど」
「いや、身近でそれを見てきたはずなのに忘れていたよ☆ 思い出させてくれてありがとう☆」
お礼を言う彼は、今にも消えそうな儚い笑みを浮かべている。
その視線の先は窓の外。遥か遠いどこかを見ている。
「死亡フラグでも建てようとしてません?」
「……それは違うよ☆ ただ、君にはわたしの代わりにジェニーとモニアの奮闘を見届けて欲しいだけ☆」
「――――」
「これから始まるのは、英雄ですら匙を投げる神話の再来。欠片の失敗も許されない、世界の命運を賭けた戦いだ」
「シフさん?」
「おっと失礼☆ 素が出てしまったよ☆」
とにもかくにも、と私の方へ向き直る。
「陛下のフォローは任せたよ☆ 君なら、彼女の横に並び立つことができるかもしれない☆」
今までの経験上、この悪魔は分身によって集めた情報から未来予測を立てて行動しているように思える。そんな彼がここまで言うのなら自身の行く末を既に悟っているのだろう。
何か気の利いたジョークでも言えたらよかったが、何も出てこない。
肯定はあまりにも残酷で、否定はあまりにも浅慮で。
どう返事したものかと答えあぐねていると、通路の先に青い髪が見えた。
「やっと来たか……シフ、なぜ眼鏡を?」
「気分転換にね☆」
皇帝さんが通路の広場のような場所に腰をかけていた。外を一望できる窓と……足湯がある。
というか、皇帝さんとそのメイドさんは旅館の浴衣みたいなのを着て足湯に浸っている。
シフさんの返答が私の時と違うのは、おそらくさっきの会話を伝えていないからだろう。それならさっきの返答はここでは遠慮しておくとしよう。
「まあよい。ミドリじゃったな?」
「どうも」
「貴様はまず風呂に入ってこい。話はそれからじゃ。モニア、同行してやれ」
「承知いたしました」
「そんなに匂います? やっぱり海の香りとかですかね?」
「足湯にそのまま入るのは許せない派だからじゃ」
謎のこだわり……郷に入っては郷に従えと言うし、その通りにするけどねー。
◇ ◇ ◇ ◇
「ふへぇ~」
「
ついでに、と皇帝さんに仕えているメイドのモニアさんも一緒にお風呂に入っている。
スタイルが良くて目の保養になる。メイドをやっていいてもお肌がすべすべなのは何か秘訣があるのだろうか。
「……何かついています?」
「あ、いえ、綺麗なお肌だなーと思いまして」
「陛下に仕える者として当然でございます」
「大変なお仕事なんですねー」
もはや従者というより信者だ。
どこが地雷か分からないしこの話は終わりにしよう。
「そういえばきちんと話すのは初めてですね」
「そうですね……あの、お辛くありませんか?」
急にどうしたのだろう?
辛いってことは湯加減かな?
「大丈夫ですよ」
「やはり図太いんですね」
「…………湯加減の話ではなさそうですね」
「違います。大切な方を失っているとシフから聞きましたので」
それか。
結構踏み込んでくるなー。
「そっちの方もひとまず大丈夫です。マナさんは必ず助け出します」
「では、もし不可能だったら? シフはその可能性も示唆していましたよ」
「それでも私は諦めません。彼女みたいに世界を守る大きな盾はありませんから、私は身近な人たちにふりかかる火の粉を振り払い、何もかもから目を逸らして、大切な存在を追い求めるだけです」
「……陛下と何となく似ていると思っていましたが、根本的には違うようですね。貴女は救世主に向いていない」
「そうかもしれませんね」
たしかに私は世界を救う救世主にはなれない。
正義の味方なんてガラではないのだ。
「でも、親しい人だけの英雄になれたら私はそれでいいんです。そのためなら現実から目を背けて、何でもやってみせますよ」
「なるほど、貴女の
モニアさんはどこか満足げにお湯から立ち上がった。
「お互い頑張りましょう」
「お風呂で言う言葉ではないと思いますけど頑張りましょう」
こういうのは星空の下とかだからこそ感動的なのに、お互いの裸を晒しながら話す内容ではない。この人、結構天然な人なのかもなー。
「コホンッ、そろそろ戻りましょう。陛下をあまり待たせるのは不敬です」
「分かりました。また燃やされたらたまったものじゃないですし」
私もお湯から出て更衣室へ。
サウナとかもあるみたいで今回は入れないのは少し残念だ。いつか入ってみたい。
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