###43 天災ときどきわらしべ

 

「ふぅー……よし」


 転移事故(不注意が原因だが)の翌日。

 ここは私が神能で作り出したいわゆる亜空間的な場所。雑貨屋で購入した手鏡で自分の目がどうなってるか確認する……決意をしていた。

 ゆっくりと眼帯を取り外し、目を開ける。


「おぉー」


 私の両目は、前まで金色だったのが紫色になり、何故か金色に発光していた。アメジストみたいで我ながら綺麗だ。直接見たことなんてないけどね。

 少し自分の目に見蕩れていると、瞳に三原色が浮かび上がった。


 直後、何も存在しない亜空間にとんでもない強さの嵐が現れた。それに巻き込まれた私は呆気なく体がネジ切れ――気づいたらリスポーンしていた。



「ふむ……あ、眼帯眼帯」


 どうやら天災が発動したらしい。あの三原色が発動の合図みたいなものなのだろう。亜空間は……探ってみたがもう無いようだ。

 ぶっ壊れたみたいだ。よかった、外でやらなくて。


 また死ぬかもだし、リスポーン地点から亜空間を作って移動してこの作業をやろう。

 今日から3日間、罠でとはいえ無断で最難関のダンジョンに入ったということで私とウイスタリアさんは停学させられているのだ。クロさんが居たとはいえ踏破したという噂も既に冒険者の中で広まってるようでちゃんと処分しないといけなかったと理事長に言われたのだ。コネにも限界があるというのは勉強になった。


「あつつ」


 灼熱の業火に呑まれてリスポーン。

 私はこうやって修行しているが、ウイスタリアさんはウイスタリアさんであの大人モードを長持ちさせるために日常生活で変身して練習している。

 マツさんとともにどこかの修練場に行ったのだ。

 ちなみに停学ではあるが外を出歩きする分には問題ないらしい。じゃなかったら堂々とリスポーンしまくっていない。


「さーて頑張るぞー……さっぶ」



 体の芯まで完全に凍結して砕け散りリスポーン。

 痛覚設定100%でこんだけ死ねば、【苦痛耐性】も8から10までは上がるだろう。


 私は淡々と、亜空間ごと屠る天災を生み出しては死に、生み出しては死に、を繰り返すのだった――


 ◇ ◇ ◇ ◇



 停学最終日。

 例のごとくリスポーン地点と亜空間を行き来する作業を、あらかじめダウンロードしておいた英単語帳で暗記していきながら繰り返す。

 天災に亜空間ごと打ち砕かれながら勉強をする受験生なんて私だけだろう。

 死ぬ瞬間の消えていく感覚によって記憶が鮮烈に残るため暗記には最適と言える。いい子も悪い子も絶対マネしちゃいけないやり方だけど。


「おつかれ、これ差し入れ」

「お疲れ様なのです!」


「アディさんにネルバさん! こんにちはー」


 時刻は15時、おやつに2人がドーナツを持ってきてくれた。リスポーン地点である噴水広場のベンチに腰をかけ、談笑しながら一緒に食べる。



「目の調子はどう?」

「相変わらずです。ついさっきも暴発してくそでかブラックホールに押しつぶされましたよ」

「なにそれ面白そうなのです!」


 心配してくれているアディさんに、天災に興味津々なネルバさん。

 さすがにプレイヤーじゃないとあの景色は見せられないかなー。


「ダメですよー、レベル199の私が為す術なく死ぬんですから」


「残念なのです。制御できるようになったら見せて欲しいのです!」

「私も見たい」


「分かりました、頑張りますよ。あと……60時間くらいです」


 まだまだ先は長い。しかしこの調子なら来週あたりには解禁できるかもしれない。

 この期間限定らしいお好み焼きのタレのドーナツを口にしながら、気合いを入れ直した。ぶっちゃけ食い合わせ最悪だ。中に小さい肉が入っていてもはやドーナツなのかも分からないから余計に。


 少し雑談した後、二人はこれからそれぞれ授業があるみたいなので解散となった。ドーナツ以外の差し入れに水を2Lのやつ3本渡してくれたので、とりあえずストレージに入れておく。



「さてと、再開しましょうかねー」

「ひぃー!! あ、ミドリ! ヘルプ!」



「この声、この気配……クロさんですか。どうかしたんですか?」



 何やらかなり焦燥している様子のクロさんが駆け寄ってきた。彼は必死に私の肩を掴み揺らす。


「さっき町中でふと思い立って適当な人をナンパしたらマリーがガチギレしたんだよ!」

「馬鹿なんですか?」


 おっとつい素で貶してしまった。しかしこの人何したいんだ。思考回路が意味不明である。



「いや違うんだ。ほら、この新しい服を奮発して買ったからこりゃもうオシャレ男子の仲間入りだと思って――」

「はぁ」


「オシャレ男子ってナンパしまくるだろ? だから実質義務なわけだろ?」

「ちょっと何言ってるか分からないですね。いっぺんそこの噴水に頭突っ込んで冷やしたらどうですか?」


「辛辣だなー。まあナンパまではいいんだよ、普通に断られたし」

「断られたんですか」


 ホントなにやってんのこの人。



「だけどたまたまマリーに見られてて脱力縄を振り回しながら追っかけてきてな」

「脱力縄?」


「ああ、ダンジョン産の遺物アーティファクトだ。持ち手以外のところに触れるとステータスが制限されるやばいやつ」

「そりゃまた物騒な。まあ……でも多少は乱暴されても文句は言えないと思いますけどね」



 クロさんはマリーさんとなにやら婚約しているらしいのだから。異界人と現地人の恋なんておもしろ……ロマンチックだから素敵だと思うのに浮気はダメだよねー。



「乱暴か……まあ乱暴なんだけど俺の経験上性的乱暴なんだよなぁ……」

「え、このゲームってその辺どうなってましたっけ?」


「設定の性的フィルターと性的バリアでいじれる」

「クロさんは両方オフに?」


「痛覚設定と一緒にそこら辺の設定は全部現実と同じになるようにしてる」

「なるほど、嫌ならオンにすればいいじゃないですか」



 私の設定はオン、デフォルトのままでいいだろう。しかしなるほど、随分前にマナさんと携帯銭湯で謎の光で局部中の局部が見えなかったのはそういうわけか。



「いや、確かに満更ではないんだけどさ、あいつやばいんだよ。憤怒より嫉妬か色欲の方がお似合いだぞあいつ」

「なるほど、だそうですよマリーさん。私はそうは思いませんけどねー」



 やべぇやべぇと語りかけるクロさんの背後に憤怒の業火を滾らせたマリーさんがいたのでそちらにパスしておいた。


「ま、マリー、奇遇だね、ははは……」

「……」


 にこりと無言の圧を感じる。

 これは飛び火したら絶対めんどくさいことになる。私は先程貰った2Lの水を差し出しつつ、亜空間を作り出して入口を出現させた。



「ここなら好き放題しても天災でも起こらない限り大丈夫ですので是非使ってください。この水も良ければ」

「ありがとうミドリ。気が利くのね! お礼にこれあげるわ。鞄に入ってた適当な物だけど」



 じゃあ、とクロさんを連れてマリーさんは亜空間に入っていった。クロさん、自業自得だけどご武運を。


 しかし、マリーさんから貰ったのは……絆創膏か。流石に天災に巻き込まれて絆創膏で済むわけもないし使い所はないだろう。


 今度こそ修行に――



「いたっ!?」



 私の目の前で盛大にけた幼稚園児くらいの少年が。

 膝を擦りむいたようで今にも泣きそうな雰囲気だ。私はついさっき貰ったばかりの絆創膏を取り出して少年の傷に貼ってあげた。



「大丈夫ですよ。貴方は強い子なんですから。いたいのいたいのとんでいけー!」

「ううっ……お姉ちゃんありがとう」


「泣かないなんてえらいですね」

「うん、〘ツィファー〙になるもん、泣かないよ!」



 そうか、この国の人からしたら賢者直属の組織である〘ツィファー〙はヒーロー的な存在なのか。

 複雑な気持ちになってきたのから目を逸らし、私は少年の手を取って立たせた。

 するとタイミングよく彼の母親がペコペコとお礼を言いながら現れた。一緒にショッピングモールでも行ってたのか風船を3つ手にしている。


「お姉ちゃん、お礼にボクの風船あげる」

「わあ、いいんですか?」

「すみませんご迷惑で――」



「いえ、大丈夫ですよ。ありがとうございます」

「じゃあバイバーイ!」

「本当にお世話になりました! 待ってマー君!」


「さようならー」


 元気に走っていく少年を追いかける母親。

 ……私もマナさんとファユちゃんが居たらあんな家族風景を送れたかもしれない。いや、今からでも取り返せば可能だ。頑張ろう!

 たとえあの親子達からしても反逆者になるとしても、私は私の幸せのためなら世界だって滅ぼせるのだ。



「よし、今度こそ……」

「ミドリ」


「あ、ネアさんでしたか。随分と気配を抑えてましたね。てっきり野生の暗殺者かと思いましたよ」


 視覚は塞がっているので識別できなかった。誰かが近付いていたのは分かっていたがネアさんだったとは。



「……その風船」

「要ります? さっき子供に貰ったものですけど」



「もらう」

「ええ、どうぞどう――ん?」



 冗談のつもりで言ったのだが普通に風船をかっさらわれた。あの冷徹で人をゴミとしか見ていなさそうなネアさんが?


 私はどんな深い理由があるのか彼女の行動を観察することにした。



「……無機物、それも、害意のない、物体が…………結界に、ぶつかったら」

「実験ですか。ちなみに攻撃の意思があるものはどうだったんです?」


 風船が空高く舞い上がるのを眺めながら私は隣のネアさんに尋ねる。


「雷魔術」

「自動でそんな反撃があるんですか。なかなか厄介ですねー」


 そういえば、結界といえば共有しておく情報があるんだった。



「空間神の力を手にしたのは言いましたよね?」

「ん」


「この大陸から内と外へは転移魔術を使って行けないようになってるみたいですし、空間の神能を使っても無理なのはお伝えしましたよね?」

「ん」



「実はあの後、他にも色々試していたら転移魔術そのものがこの結界内で使えないようになっているのがわかりました。ダンジョン内は例外として存在しますが」

「……」


「一応神能なら結界内の移動は可能ですが、一箇所だけ別の結界も用意されていたんです。そこは内と外という判定になるらしく無理でした」

「……天空? 賢者?」


「賢者の塔の方です。空間の隔たりを作り出している神力の流れからして、おそらく賢者の塔の結界を操作できる装置は天空の虚像にあると思います」



 賢者ことソフィ・アンシルがいるのが賢者の塔、そして平常時は侵入禁止にしているから誰にも知られていないが目に見えない薄くて強力な結界がそこにあるのだ。

 そしてそのスイッチがあるのが、天空の虚像と呼ばれている場所なのだ。巨大な賢者の像の内部にその装置があるというわけである。


「わかった………作戦に組み込む」

「そうしてください。お! 風船も見事雷魔術の餌食になりましたね。成果なし!」


「そ……これ」

「ネアさんも何かくれるんですか?」


 もうわらしべ長者みたいなことをやっているのは自覚しているのでスムーズに受け取る。

 ネアさんがくれたのは――



「……悪魔殺しの果実、ダンジョン産」

「いいんですか? 何かすごそうですけど」


「鑑定して」

「持ってないです」


 そう言うとネアさんは一瞬驚いたような間を開けてから、ため息混じりに意図を教えてくれた。


「…………消費期限が近いから」

「腐るからくれてやるというわけでしたか。それなら遠慮なく頂きます」



 悪魔殺しとはいえ食べ物なのだ。きっとウイスタリアさんが喜ぶ。ネアさんと別れた私は、ようやく修行という名の無限デスループを満喫するのであった。



 ――ちなみに悪魔殺しの果実はウイスタリアさんに不味そうと言われてストレージ行きになりました。腐ったら亜空間に捨ててこようと思う。


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