###44 課外学習へ

 

 えー、本日は晴天なり。

 という訳で無事停学が明け、一週間ほど経過してダンジョン学の授業。しかも今日は課外学習の日だ。

 昼食を食べ、ゼクス先生の淡白な激励を浴びてから、私たち第四班は路面電車に揺られていた。平日の昼間ということで人も少なく快適に椅子で横並びになれている。


 私たちが行く精霊領域は町から出てちょっと離れた所にある転送装置でその秘境に行けるらしい。

 精霊領域に同行してくれる保護者枠の冒険者さんとはその転送装置の近くの駅で合流する手筈となっている。



「それにしても静かですね」

「そうね。郊外だから不人気というのもあって生徒は私たちだけだものね」

「くかぁ……」

「むにゃ……もう食べられないのですよ……ママもパパもそんなによそわなくても…………」


 席の並びとしては手すり、ネルバさん、私、ウイスタリアさん、アディさんの順だ。ウイスタリアさんは席からずり落ちそうになりながら眠り、ネルバさんは私にもたれかかりながら幸せそうに眠っている。


 正直な感想を言おう。



「ここが精霊領域か……!」

「アンタも寝ぼけてんの?」


 的確なツッコミが入ってきたタイミングで、ちょうど目的地の“精霊領域転送装置前駅”に到着した。未だお昼ご飯を食べたばかりで最高の睡眠を堪能している2人を起こさないように、私はウイスタリアさんを、アディさんはネルバさんをそれぞれおんぶとだっこで運ぶ。


 ここに来るのにそこそこ時間がかかっておやつ時だが、今日は泊まりがけの予定になっているので問題ない。

 ちなむと、移動で空間神の神能を使えば一瞬なのだが、流石に青春イベントをスルーするのはゲーマー的に言わせてもらえばストーリーをスキップしたり連打するような愚行だ。

 こういう些細な積み重ねが人生や経験を彩っていくのだからね。


「あそこにいる人が引率の冒険者みたいね。随分と重装備だけど」

「そうですね。人の気配が……って白金さん!?」



 《こんにちは! 冒険学の課外学習、精霊領域の引率をする白金です!》


 張り切った様子の全身鎧の彼女は、リニューアルしたのか電子の即座に消すことが可能な機械を見やすいように看板みたいにして持っていた。

 こちらには気付いていないようだ。まあ彼女、あの鎧の効果で五感が遮断されているからね。

 空間把握はできる私より酷い状態なのだ。

 ……そう考えるとなんで普通に生活できてるの? やはり慣れとかなのだろうか?



「アディさん、ちょっと待ってくださいね」



 私は急いでメッセージで私がいることと、間に入ることを説明した。そして今度はアディさんに五感が封じられていることも説明した。


 プレイヤーとしか意思疎通が不可能な白金さんを寄越すあたり、冒険者組合の上の人間やゼクス先生には色々とバレていそうだ。その上で見逃されているのか、あるいはこの先の精霊領域で同時に陥れようとしてくるか。

 警戒は十分するとしよう。アディさんもネルバさんもウイスタリアさんも、私の大切な友で仲間だ。誰も傷つけさせない。


 果たして心が休まるか分からない、泊まりがけの課外学習が幕を開けた。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「ふぉー!」

「やめて、だらしない声出すの。恥ずかしいんだけど」

「……?」


 したり顔で転移装置に足を踏み入れたかっこいい私は何処へ、精霊領域である幻想的な花畑をスクショを介して見た私は素っ頓狂な声色で感動に浸っていた。

 それを咎めるアディさんと、またしても何も感知できない白金さん。私は白金さんにこの景色のスクショを送ると、彼女は看板にササッと何かを書き出した。


 《素敵な風景ですね!》

「そうね。ところで――」


 アディさんは辺りを見渡してため息をつく。

 私たちの周りには、私たち――というより私の背中で眠っているウイスタリアさんを恐れている様子で遠巻きに眺めている精霊らしき存在がたくさん居た。


「これ明らかに警戒されてるわよね?」

「ですねー」

 《なんだか歓迎されていない、感じ?》


 白金さんはどうやってその情報を獲得しているんだ……メッセージで聞いてみたら第六感的な、だそうだ。意味がわからない。


 どうしたものかと動きあぐねていると、ゆっくりと誰かが精霊の集団をかき分けて歩いてきた。裸足かつ服装は豪華な装いという少し不思議な人だ。


 いや、この気配。

 他の精霊達と同じ気配だ。

 大きな精霊、あるいは――



「フィア様、お久しぶりです」

「あら……アディちゃん、こんちには」



 その人に気付いたアディさんが最初に挨拶をした。フィア、ということは――この人が〘ツィファー〙の4番目にして“薄命”と呼ばれている精霊領域の長か。なるほど、道理で精霊の気配がする訳だ。


 アディさんは次期〘ツィファー〙に見込まれている〘キンダー〙とやらに所属しているからそれで顔見知りなのだろう。


「はじめまして。ミドリです。後ろにいるのはウイスタリアさんです。そっちがネルバさんです」



 眠っている面々もついでに紹介しておく。面倒だしフルネームの必要はないだろう。二人とも名前が長いんだよ、まったく。

 そして何を察知したのか、白金さんも慌ててボードに文字を書いている。



 《はじめまして! 代表の方でしょうか? 私は白金と申します。本日はこの生徒達の護衛兼引率としてやってきました、冒険者です!》

「あら、あなたの武勇は伝え聞いているわ。いずれ〘ツィファー〙に入るのではないかとね」



 おー、白金さんってそんなに名の売れた冒険者だったのか。まあそうじゃなかったらうちの学校からの依頼なんてこないか。


「うちの子達が随分と警戒しているみたいだけどごめんなさいね。竜のお姫様と、その剣が怖いみたいでね」


「剣……ああ、もしかして精霊のみなさんは魔力をエネルギーとしてるとかそういう感じでしたか。失礼しました」



 一応武器としていつもの剣を2本携えていたが、どうやら{吸魔剣3号}は危険な物に見えるそうなのでストレージに収納しておく。すると露骨に周囲の精霊達はホッとして楽しげに仲間内でおしゃべりを続けた。

 ウイスタリアさんより恐れられていたようだ。



「配慮、ありがとう。さ、依頼のお話もしたいしうちにいらっしゃい」


 フィアさんの案内のもと、精霊達が楽しげに遊んでいる花園を時折スクショして眺めながら観光しつつ彼女の家にやってきた。

 もっとお城的なものがあるのかと思っていたが、空間のつくりからして掘っ建て小屋だ。日本家屋に近いのはこだわりなのだろうか。



「紅茶を出すからちょっと待っててね」

「精霊領域特産の紅茶なのです! 楽しみなのです!」

「へー、特産なんですか。それは期待しましょう」


 途中で起きたネルバさんとアディさんと、白金さんと一緒に椅子に座って待つ。ここ以外に色んなバリエーションの椅子が収納に入っているのを感知できたが、ここは来客が多いのだろうか。



「お待たせしたわ。さぁ召し上がれ」

「ありがとうございます。いただきます」

「いただきます、なのです!」

「はぁ、これよこれ」

 《いただきます》

「くぅ……」


 白金さんには味覚も嗅覚も無くなっているから果たして意味があるのかは分からないが、雰囲気を楽しむつもりらしい。メッセージで私だけに適当な言い訳をしているが、彼女の性格からして諸々を説明するのが面倒だから空気を読んでのことだろう。


 いやー、それにしても美味しい。紅茶に詳しいわけではないが、甘さとほんの少しの苦味が共存していて、口当たりもよくとても飲みやすい。


「さて、本題に入りましょ。あなた達にやってもらうのは――遺跡の異変の調査よ」


 凄んで言い放ったフィアさんは、その後優しい顔で今日はゆっくり休んで明日ね、と言ってくれた。お言葉に甘えて、私たちはそれぞれ精霊と戯れたり花園で寝転がったりしてのんびり過ごすことに。

 夕食に出されたものも初めて見るものばかりでとても美味しかったのは言うまでもない。


 お泊まりということもあって私は夜みんなとおしゃべりしようと思ったのだが、私以外既に就寝していて班員の真面目さに一人口をあんぐりと開けるのだった――


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