###42 吊られ仲間(厄災神)

 


「――はじまりの魔女やら厄災の御使いやら呼ばれてる、厄災神になっただけのただの町娘でし」



 やったね! 間違いなくヤバい人と背中合わせで宙吊りプレイだね!

 危険が危ないってね!


 私は内心白目を剥きながら、いつ攻撃されてもいいように神力を纏った。



「チミのことは最近たんまり見たから知ってるでし。あてぇいのコピーはあの竜神姫とクロとかいう子なら問題なく倒せるはずなんでちょっと雑談をしようでし」

「ほう?」



 彼女のコピーはどうやらソフィ・アンシルがパンドラさんを実験体にした実験の一つの産物らしい。


 はじまりの魔女と呼ばれているだけあって、かつてソフィ・アンシルの下で育った魔女達は彼女の“存在”を{無垢の魂玉}とやらに注ぐことで生まれたようだ。

 他にも{無垢の魂玉}を使った魂の染色は行われていたらしく、そのもととはなっているが、彼女はソフィの友人で自分から提言したらしい。




「{無垢の魂玉}の具体的な性能はどんなものなんですか? それとソフィ・アンシルがそんな実験をしていた目的は――」

「{無垢の魂玉}はその名の通り魂そのもので、機械に与えればそういうタイプの種族になるでし。チミの身近にいる兵器女もそういう想定でボディだけ用意されていた種族でし」



 なるほど、彼女の初期リスは妙に機械的な場所で元からそうだったとパナセアさんは言っていた。あんな高性能なボディを用意できるとしたらやはり彼女の父親である技神のあの人の仕業だろう。


 つまり、技神さんがどっちを想定して作ったのかは分からないが、普通なら{無垢の魂玉}が入る体にプレイヤーとして入り込んだのか。……いや、あるいはもともと{無垢の魂玉}があってそこにパナセアさんの魂が宿ったという可能性もあるか。

 どちらにしろ生命の創造に近いアイテムなのは違いない。



「目的は愛する人との子を作り出すため」

「はい?」


「既婚者で身持ちが固い人神クーロにゾッコンだった彼女は、お互いの命を染めることで子供をつくろうとしたんでし」

「あの人そんなキャラでしたっけ?」


「恋は盲目とよく言うでし。まあその過程で彼女は神にすら届く命をつくった上、それを参考に教わった魔神は自分を世界の管理者総合統括AIになる際に{無垢の魂玉}で補佐役を生み出したし、結果的には色々とプラ……マイゼロでし」



 プラスになったと言おうとしたようだが、何かを思い出してプラマイゼロと言い直した。

 しかしマナさんの子供がいる……ああ、シャレみたいな番号が振られているハクサイさんとかのことか。そういう流れで管理AIができたのか。


 というか、



「貴方、もしかして異界人αテスターだったりします?」

「正確には“だった”でし。チミも知ってる黎明は別の時間軸から喚び出された存在だけど、あてぇいは普通にそのままWSSワールドシミュレーションシステムでの残滓でし」



「一応本体は死んでいると?」

「さっき言った通り魔女達やら他にも子供を生み出した後に、全てを失った彼女の手で殺されたけど……魂が厄災に侵食されてて今いるあてぇいみたいにちょっとだけ残ったんでし」


 ややこしいことになってるなー。

 一度図解したい情報量だけど、あいにく今ここには紙もペンも無いし絶賛鎖で身動きがろくにとれないからね。



「お、外はもう終わったみたいだから帰ったらいいでし」

「と言われましても……」



 それができたらとれたての魚のように「とったどー」されてないんですよねー。

 鎖で繋がれるヒロインとかって漫画で見たりするけど、吊るされた上で足も地についてないと儚さより滑稽さが増すんだよね、意外と。


 そんな思考を知ってか知らずか、パンドラさんは不思議そうに髪の毛で私の顎を撫でた。

 不思議なのは貴方の思考回路なんだよなー。お互い縛られた状況で髪の毛で顎クイするなんて前代未聞だよ。どんな層に向けた行動なんだ……。




「見てたけどチミ、時空に縁があるみたいでし」

「見てたとは?」


「あてぇいは厄災神でし。外界の国や世界の危機厄災を通してチミのことはよーく見てきたでし」

「覗きですか! えっち!」


「そういうわけで時間神の力を授かる下地があるのは確かだし、空間に関しても空間認識能力からして歴然でし」

「ガン無視された!?」


 しかし何が言いたいのだろう?

 時空に縁があるからなんだと言うのだ。手足が縛られてる状態では【間斬りの太刀】の進化先である【理想を描く剣イデアヴルツァ】も使えないんだけど?


「はあ、ソフィに似て察しの悪い子でし。……時間神は別世界線にいるからなることはできないでし。でも空間神の神核はチミがソフィからぶった切って引き剥がしたでし」


「…………まさか空間神の枠が空いているんですか?」



「幸いというか、無意識下で進化を望んでいなくてちょうどいいレベルだからあとはチミ次第でし」


「待ってください! 199から全然上がらないのって――」


「本人の進化意思がないからでし。ただ、まだ進化はしない方がいいでし。…………まだ3つの神能が共存した例は無いから今後のことを考えると3つ揃えてからが絶対良いでし」



 そう言いながら、パンドラさんは髪の毛に飴玉を乗せて寄越してきた。受け取れということなので、何故か頬に押し付けられている濡れた飴玉をストレージに収納した。


「……これは?」

「あてぇいの舐めかけのアメ」


「いや、そうではなく何か効能が……え! 舐めかけ!?」

「噛んで飲みこむとレベルが上がるでし」



「…………なんで舐めかけを?」

「それが最後の1個で、味も美味しいからずっと舐めてたでし。邪神をぶっ殺せば手に入るから欲しければ自分でとってくるでし」


「ええ……まあうーん、他にないなら仕方ないですけどねー。今更邪神をどうこうする時間も無いですし…………」



 ここぞというときにパンドラさんがずっと舐め続けた飴を噛むのか……この人性癖の扉製造器でもめざしているのだろうか。流石に忌避感があるけど、レベルを上げるためなら仕方ない。

 もはや間接ディープキスになるでしょあの飴玉は。てか飴を舐めながら紅茶を飲むのは危ないからやめなさい。



「それはともかく、ほら、力を欲して空間を操るイメージで手を伸ばすのでし」

「いや、縛られてるので無理ですけど」


「……心の中で手を伸ばすイメージでし」

「あ、はい」



 ものは試しと目を瞑って己の渇きを自覚して力を欲する。



 ――ここから出る力を。

 ――全てを掌握する力を。

 ――大切な人たちが、この手からこぼれ落ちない力を。



 ――離れ離れにならない力を。



 心臓の内側に何かがググッと入り込んでくる感覚を押し付けられた。


『種族:空間神 への神化を確認、条件のチェックを行います』

『神格の獲得達成、空間属性の保持達成、天使系種族からの神化達成、レベル200未達成――』

『種族:空間神 への神化に失敗しました』

『レベル200到達時に再度条件のチェックと神化申請を受理します』


『神能:【空間】を獲得しました』



 

「これが空間神の力……ふんっ!」

「おー、あてぇいの鎖まで斬らなくてもよかったのにでし」


【間斬りの太刀】の感覚で空間に斬撃を生み出すイメージをすると、目論見通り私とパンドラさんの鎖が切れた。



「いいのかなー? あてぇい、厄災の神でしよ?」

「残りカスなんでしょう? それに悪さするなら私が何とかするまでです」


 封印を解いたとかに見えないこともないかとだが、この人自身は厄災たりえないと私は思うのだ。


「言うねぇ。……そろそろお仲間さんが心配してるから戻るといいでし。あてぇいはここに残るとして、チミには鎖を解いてくれたお礼に――」



 パンドラさんは両目を覆う眼帯を外し、私の目に彼女の目を近づけてきた。

 彼女の綺麗な紫の瞳がドアップで見える。

 見つめ合うことコンマ数秒、私の目にとてつもない力を感じたのと同時にパンドラさんの瞳から光が失われた。




『ユニークスキル:【厄災の神眼】を獲得しました』

『既にレアスキル:【天眼】が該当枠に設定されています』

『審議――担当神の確認及び承認を確認』

『担当神より提案を受理、総合統括AI代理によって承諾されました』

『ユニークスキル:【厄災の神眼】とレアスキル:【天眼】が統合されます――神能:色神・空間神の力が反映されました』



『――ユニークスキル:【終焉の天災眼】を獲得しました』



「んんぅー?」

「なんだかすごいパワーアップしてるでし?」


「よく分からないですけど色々合体したみたいです。ステータスオープン」



 ########


 プレイヤーネーム:ミドリ

 種族:大天使・(色神)・(空間神)

 職業:背水の脳筋

 レベル:199

 状態:平常

 特性:天然・善悪

 HP:39800/39800

 MP:99500/99500


 称号:異界人初の天使・運命の掌握者・理外の存在・格上殺し・魅入られし者・喪った者・旧魔神の親友・敗北を拒む者・元G狂信者・対面者・色の飼い主・復讐者・神殺し・空間干渉者・時をかける者・破壊壊し・真理の探究者・天賦の才・到達者・終末兵器(色)・メデテー乱獲者・死者殺し・運に愛されし者・巨人殺し・並行世界の救世主・厄災の友


 神能:色・空間


 スキル

 U:ギャンブル・職業神(?)の寵愛・超過負荷10・無間超域・獲物に朝は訪れない(一時貸与)・理想を描く剣・砂粒を掴む・終焉の天災眼


 R:飛翔10・神聖魔術8・縮地9・天運・天使の追悼・不退転の覚悟・祀りの花弁(不撓不屈・命の灯火・残花一閃・樹海大瀑布)・水中活動・闘力操作・魔力操作・即死無効・世界の種・神力操作・共存進化の種


 N:体捌き10・走術7・無酸素耐性7・苦痛耐性8・釣り作業10・打撃耐性6・最大MP上昇10・継続戦闘7



 職業スキル:背水の陣・風前烈火



 ########


 スキル

【終焉の天災眼】ランク:ユニーク

 視界の範囲内で世界を終焉へ迎え入れる事象を引き起こすことが可能な、神すら超越した天使の瞳。

 事象は神への超特効、空間的隔たりを無視し、規模の調整ができる。火力は調整不可。


 10秒おきに(100-合計開眼時間)%の確率で暴発する。100時間に到達するとこの効果は消失する。

 合計開眼時間:0時間



 ########



 ……やばい。

 目を開けてるだけで世界を滅ぼせる何かがおもらししちゃうって何さ。どうするのこれ?

 扱いに困るってレベルじゃないんだけど。



「やっぱり制御不能になる?」

「みたいですね。100時間で制限は無くなるみたいですけど」



「ふーむ……それなら外ではあてぇいの眼帯を使うといいでし。それ以外なら空間神の力で特別な空間とか作ってそこで調整の練習したらどうでし?」

「ありがとうございます。色々手探りでやってみます」



 眼帯をつけてみると、空間神の力のおかげか目で見えていないのに周辺の物体の位置や形状、地面の詳細な形まで把握できた。

 ゲーム的に言うと、TPS第三者視点で真っ白なドットの世界みたいに見えて……感じている。なかなか不思議だが、少し動けば慣れるだろう。

 特別な空間をつくるとかも神の力なんだしたぶんできる。できないと困る。意地でもやってみせる。



「その様子だと大丈夫そうでし。ほら、行ったでし」

「情報提供やらこの目やら、お世話になりました。またいつか報告しに来ますね」


 改めて握手を交わすと、パンドラさんは一瞬驚いてから喜色を浮かべているようだった。


「……良い報告を待っているでし」

「ええ、必ず貴方の友を――――」



 最初はソフィ・アンシルのことがただひたすらに憎かった。でも、私の優先順位は彼女を殺すことよりマナさんの封印を解くのが第一だ。

 他の同盟の人たち――ネアさんやクロさん、コガネさんの殺意の程は私には分からないが、少なくとものソフィは悪い人ではない。

 失ったものが多すぎて抱えきれず、壊れてしまったのだと思う。


 だから、もしその余裕があるのなら私は彼女を――



「救います。これでも天使ですからね、救済とかそういうのはお仕事みたいなものですよ」

「うん、よろしく」



 そんな天使としてのお仕事なんてしたことないけど、今回が初めてでもいい。

 私はここから1番外に近そうな、元いたダンジョンの最深部への空間の繋がりを形にして歩き出す。


 今この瞬間胸に抱いた、「どうせなら救えるもの全部救っちゃおっかな」という緩い決意を大事に。



 ――帰還した私に、心配していたウイスタリアさんがプロレスの技っぽいのをいくつかかけたり、脱出した後ゼクス先生からではなくアディさんから怒鳴られたりして、最終的にネルバさんの仲介でアイスおごりで許してくれたのは別の話。

 ちなみに薄情なクロさん一行は既にどこかへ行っていた。まあゼクス先生も来るから接触しないように動いたんだろうけど。


 ともかく、波乱万丈の実地授業は幕を下ろしたわけだ。



 ……来週の課外学習は落ち着けますように!

 そう軽い気持ちで祈りながら、私は眼帯について話しながら仲間たちと歩く。パンドラさんのことは内緒だ。どこからソフィ・アンシルに聞かれるか分かったものじゃないからね。

 彼女の素性は本人からしたら殺してでも伏せておきたいものだろうし。主にキャラ変的な意味で。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る