#人魚姫のお婿さん?#
魔物は少ない北の海――の底。
深い海底の中では高い位置にある竜宮宮殿という場所で、サイレンは苛烈な
「お兄様なんて知らない!」
「いい加減話を聞け! そもそもその人は帝国の貴族なんだよ!」
海底王国セールーンの王族兄妹の喧嘩である。兄である第一王子のエウトンが言っているのは、サイレンが帝国の使者だからだ。
通常、使者として遣わすのは、王や皇帝といった国の第一人者にとって信頼のおける貴族や皇族が多い。
「別に他国の方でも良いじゃない! 少なくともあのタコよりはマシよ!」
憤慨している王女――ムーカ・ナヴァリア・メガロスは、縛られて正座しているサイレンの隣りに同じ姿勢で座っているタコの魚人を指している。
「そもそも王族たるものが一目惚れとは何だ! 責務というものをもっと自覚して――」
ひたすらいがみ合う兄妹のやり取りを横目に、サイレンとタコの魚人はヒソヒソとお互いの境遇に同情する。
「大変ですね……」
「あなたの方こそ
「まぁ、女性の尻に敷かれるのは慣れてますからぼくは平気ですよ」
「あはは、分かります。姫様の幼なじみ兼婚約者として一緒にいる時間も多かったりするのですが、わがままっぷりからどうも世話の焼ける妹みたいで……貰って頂けるのなら是非ともお願いしたいですなぁ」
「いやいや、ぼくは異界人だから結婚なんて無理ですよ」
サイレン達はシンパシーを感じてひっそりと友情を築く。そこまではよかった。
だが、ムーカ姫の耳にサイレンが口にした“異界人”というワードが入ってしまった。
「サイレン様は異界人なのですね!」
「え、あはい」
現地人にとっての“異界人”の解釈を考えもせずに、咄嗟に話を振られたサイレンは反射的に素直に答えてしまう。
「ですって、お兄様。異界人なら何も問題はありませんわよね!」
「……くぅ、済まん。手に負えねぇ」
「え? いやいや、ぼくは異界人だからそもそも生活の全てが違うんだよ……ですよ?」
「異界人だとか、種族が違うなんて関係ありませんわ! そんな壁、愛の前には無意味ですわよ!」
「いや、一方通行なんだけど……」
相手が王族というのもあって遠慮がちにツッコミを入れるが、恋に憧れる人魚姫は気にせずに元婚約者へ視線を向ける。
「何か異論はあるかしら?」
「いえ、とてもお似合いのお二人かと」
できかけた友情をあっさり裏切り、無情にもサイレンを売った。庇ってもらえるとばかり思っていた本人は、口をあんぐりと開けてしまう。
「じゃ、じゃあ一応任務の報告とかがあるから……。まあなんだ、ちゃんと手順は踏むんだぞ」
「歳上の抱擁力のあるイソギンチャク種の女性との予定がありますので、失礼します。ごゆっくり」
「あ、ちょ――」
バタンと二人が退出した扉が閉ざされた。
残された二人のもとに静寂が訪れる。お互い状況を再確認し、一方は
「さて、まずは手からで――」
「一つ、聞いて欲しいことがあります」
モジモジと手を差し出すムーカ姫の言葉を遮り、真剣な面持ちで語りかける。
「敬語をやめてくれたら構いませんわ」
「……はぁ、分かったよ」
仕方なく普段の喋り方に変え、一度わざとらしく咳払いをしてから話し始める。
「ぼくに好意を持ってくれるのは嬉しい。でもぼくには大切な仲間たちが居るんだよ。そう易々と離れたくないし、あの人たちボケが多いからツッコミ役がいないと……」
「?」
「あー逸れたけど、とにかく! ぼくはあの場にいた仲間たちと冒険がしたいんだよ! ……そのために、頑張って強くなってるんだ」
まっすぐ、優しく、諭すような瞳で見詰める。
その奥には純粋な冒険心、置いていかれるのを嫌がる負けずの男心、仲間を尊重したいという強い絆の片鱗、そして少しばかりの恋心が混在していた。
その綺麗な視線を受け、ムーカ姫は雷に打たれたような素振りを見せた。
何とか説得できたと安堵するサイレンの両手の縄を外し、ガッチリと握りしめ、キラキラさせた目で、
「やはり契りを交わすしかありませんわ!」
先程より確固たる意思を持った口調でそう断言した。
「…………はぁ、りゆ――」
「一目惚れだけでなく、一心惚れも奪うなんて……罪なお方ですこと♪」
「一心惚れなんて聞いたことないんだけど……」
理由を尋ねようとしたサイレンに、食い気味で理由に近しい独り言を、自分の頬に手を当てて体をくねらせながらご機嫌に呟く。
手を当てているのは赤面を隠すための行動かもしれないと、どうでもいい分析をしつつ、サイレンは造語らしき単語にツッコミを入れる。
「というわけでまずは子をなす共同作業から――」
「もうやだあああ!!!!」
窓をこじ開けて脱走した。
ここは水中で、空気が吸えるのはムーカ姫の作った泡のおかげに過ぎない。そんな生死与奪権を握られている状況も忘れてがむしゃらに泳いで離れていく。
「ふふっ♪ サイレン様のあの熱い想いを、必ずやものにして見せますわ!」
サイレンが見せた情熱によってムーカ姫が一心惚れし、積極的になったのかは、本人にしか分からない。
人魚姫はご機嫌そうに美しい鼻歌を奏でながら、愛する人を圧倒的な速度で追いかける。
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