#65 ぱーりないっ!
「んぅ……」
よいしょ、よいしょ。
マナさんが畑から取れる。一体何千人引っこ抜けば――
「はっ! ……夢か」
天国のようで地獄のような夢を見てた気がする。どうやら寝落ちしてしまったようだ。ログアウトさせられている。
寝落ち直前は何か絡んだ糸のような思考回路で珍妙なことを考えていた気もするが、記憶が定かではないから大事なことではないのは間違いない。
そんなことよりも、
「私生活への侵食がすごい」
あらかじめそうなるとは予想してたし、伝えておいたけど、ゲームっぽさが無さすぎてついやりすぎてしまう。というかマナさんを放っておけない。
楽しいし仕方ないと割り切らねば。
「切り替え大事〜」
◇ ◇ ◇ ◇
時刻はちょうど20時を回った頃。お母さんを呼んでトイレとご飯とお風呂を済ませ、ヘッドセットを再び装着した。慣れた手つきでスイッチをオンにしてログイン。
「知らない天井、かっこ鉄板ネタかっことじる」
「起きたっすよ! やったっす!」
「仕方ない。賭けはマナくんの勝ちだな」
マナさんも起きていた。この部屋はおそらく私たちに支給された部屋なのだろう。ベットが二つあることと荷物から、私とマナさんの二人部屋と思われる。
パナセアさんは暇つぶしに遊びに来たのかな。
状況はおおよそ理解した。
それはともかく、口頭で「かっこ、かっことじる」と言ってみたのにツッコミが入ってこない。サイレンさんの地味な有り難みを噛み締めたり噛み締めなかったりしつつ、賭けにされていたことに今更驚く。状況の咀嚼による反応のラグに気にすることなく、パナセアさんはストレージから何かを取り出した。
「受け取るといい」
「おー! キラキラっす!」
パナセアさんがマナさんに手渡したのは指輪だ。それもかなりお値段の張りそうな代物。透明に近い宝石のようなものをベースとした薄いリングに、目の奪われる美しさを持った宝石も付いている。
「へー、ルビーですか?」
「私の居た例の遺跡にあった物の上に、専門分野ではないから推測になるが、おそらく現実で言うところの“アレキサンドライト”が該当するはずだ。リングの方はダイヤモンドだろうな」
「あれきっすね!」
「聞いたことはありますけどこんな感じなんですね」
呑まれそうな深い赤。こんな物を私が起きるかの賭けで使わないで欲しい。
「外の日の元では緑に、室内の明かりでは赤くなるそうだ。かなり希少らしい。誕生石にも数えられているらしいが何月だったかな……」
「ちなみに何かスキルとか付いてませんよね?」
シフさんいわく、物にスキルを付ける技術が昔あったらしいし、あの遺跡は未だに謎が多い。変なスキルが付いててマナさんに危害が加わるのは避けたい。
「それなのだが――」
「どうっすか!」
申し訳なさそうに口を開いたところに、マナさんが割り込んで見せてくる。
右手の中指に
その様子は新しいおもちゃを親に見せびらかす子供のようだ。おもちゃではないのだけど。
「似合ってますよ」
「そ、そうだね。とても似合っているよ」
表面上はべた褒めするしかない。いい評価を得て上機嫌になったマナさんはルンルンと世界の名曲になりうるポテンシャルを持った鼻歌を演奏し始める。それを視界の端で捉えながら密談を行う。
「大丈夫なんですよね?」
「…………分からない」
「アイテムのスキルを見れるスキル、持ってたのでは?」
「いや、スキルレベルが足りなくて分からないんだよ。あの様子からして呪いとかは無さそうだからきっと大丈夫」
「パナセアさんはつけてないんですか?」
「得体の知れない物をおいそれと装備するのもね。この世界では取り返しのつかないことの方が多いのだからな」
まぁ言いたいことは分かる。現実の工場とも、シンプルなゲームの同一物とも勝手が違う。まったく同じものを作るのはここでは不可能だ。パナセアさんが生産の機械を作れば可能性はあるが、目に見えないステータスの差がある可能性もある。
「納得はできますよ。でも、それを他人で試します?」
「あ……済まない」
もしもの事があったら冗談じゃなくパナセアさんをぶちコロコロしていただろう。リスキルもしかねない。
「ひっ!? 何か急に寒気が……」
「まあ今回は大目に見ましょう。ずっと気になってることがありますし」
そう。私がログインした時から聞きたかったが、なかなかタイミングが掴めないでいたこと。
「その服、何ですか?」
「ああ、これは見ての通りドレスさ。キンモクくんお手製のね」
「それは見れば分かります。どうして着てるんですか?」
「どうしてって、パーティーがあるからに決まっているだろう?」
いや、初耳。そうと知っていれば寝落ちしないように堪えていたのに。
確かに、他国の使者を迎え入れるのにそういったものを催して交流を図るのはおかしくない。むしろ常識ですらあるかもれしない。
「もしかしてクリスさんは……」
「あの胡散臭い男と一緒にここの重鎮の相手をしている」
「どらごんもですか?」
「いや、どらごんと小型機械は私の部屋で遊ぶように言ってある」
マスコット戦争でも起きてどらごんが負けてたら面白いんだけどね。閑話休題。
「私たちは参加しなくてもいいんですか?」
「まさか。ミドリくんを呼びに行くように言われたが、起こすのは不可能だから賭けをして待っていたのさ」
なるほどなるほどー。そこでタイミングよくログインしてきたと。マナさんがドレス着てないのは私のストレージにあるからか。
……こんな悠長にだべってる暇無いじゃん。
「マナさん! 着替えてください。パナセアさんはマナさんの方を手伝ってください」
取り急ぎ支度をする。
以前頂いたドレスは変わらず華やかだ。色合いは白と薄緑…………露骨な匂わせに思えてきた。マナさんと私の髪色に近いからね。
「よし。そちらはどう――」
髪型はそのままポニテでいくつもりなので触らずに二人の方を振り向くと、思わず見惚れてしまった。どんなドレスかは知っていたにも関わらず、実際に着た姿はそれほどの魅力を有していたのだ。
いつも通りのあどけなく無垢な童顔に、微かに覗く淡い桜色の口紅。そして映える白髪にマッチしたドレスは、胸元は白いがそこから下にいくにつれて
ドレスのグラデーションはさることながら、髪留めとしてマナさんの瞳と同じ水色の花が良い差し色になっている。
「ん? ミドリくん、化粧もしないといけないよ。もし苦手なら私か外にいるここのメイドさんが代わるが……」
「自分でやります。この化粧台使っていいんですよね?」
「構わないと思うよ」
自分のではなく慣れていないので少し四苦八苦しながらも、何とかいい塩梅のメイクができた。
「お待たせしました。行きましょうか」
「いぇ〜いっす〜!」
「ついてきておくれ」
パナセアさんの先導でパーティー会場へ向かう。
◇ ◇ ◇ ◇
到着した会場は既にそれなりの盛り上がりを見せていた。盛り上がりとは言っても上品かつ穏やかなものだけど。
シフさん達と合流すると、お偉いさんたちが挨拶のために群がってきた。私とマナさんは対応を他の人に任せて美味しい高級料理に
この国の料理の良いとこ取りみたいな品揃えだし、楽しまなきゃ損だからね。途中からスーちゃん、イーちゃんとも会って一緒に美食を満喫する。
「いい時間ですので、ダンスの時間とさせていただきます」
議長であるスパシアさんがそう言うと、料理の置かれたテーブルが部屋の端へ移動させられる。そして流れるように楽器を持った人達が入って、演奏を開始する。
社交ダンスなんてしたことないんだけど。
隣のマナさんも唖然としてどうしようか考えている様子だった。
「一曲、いかがでしょう?」
「え?」
突然、知らない男性に声を掛けられた。挨拶してた中にいた人かもしれないが、生憎と微塵も覚えていない。どうしたものかと悩んでいると、踊ってる見知った顔の人達が目に入る。
双子とトゥリさんは三人で輪になって楽しげに踊っていて、パナセアさんとクリスさんは機械のようにピッタリとシンクロして踊っている。
意外とフリースタイルなんだ。それなら変に肩肘を張る必要は無い。
「ごめんなさい。私たち二人で踊りますので」
「あ、失礼しました」
おずおずと退散する様を見送り、マナさんに向き直る。
「という訳で、踊りますよ」
「踊れるか分かんないっすよ?」
「私も踊れる自身はありませんよ。適当に楽しく体を動かしましょう」
「……そうっすね!」
私の差し出した手を元気よく握り、二人で踊る場所に
何の知識も経験もない私たちは、よく分からないまま音楽に合わせて思い思いにハチャメチャな動きをする。
きっとこの有様を見て、品の無い踊りだと見下す人も居れば、微笑ましいなと子供を見るような目をする人もいるだろう。
それでも、
「楽しいですね!」
「最高っす!」
楽しければいい。
これは私たちの歓迎パーティーなのだから。
「これにて帝国使節団歓迎パーティーを終了いたします」
最後の曲が終わると同時にその声が響く。
「はぁはぁ、ふぅ……」
「いやー、汗だくっすねぇ……」
動きをゆっくり止めると、全曲ぶっ通しで踊り続けた私たちを賞賛するかのようにあたたかい拍手が送られる。お互い支え合いながら会場から退出して、自室に直行。
パナセアさん達はまだ話をしていたから邪魔しないようにね。
自室の前で待機してくれていたメイドさんに頼んでお風呂に案内してもらう。
のんびりと一日の疲れを癒し、パジャマ姿で再び自室に戻る。
「寝ましょうか」
「そうっすね〜」
この部屋のベッドは二つ。しかし、そんなのはお構いなしに自然と同じベッドに入る。
「おやすみなさい」
「おやすみっす〜」
お風呂上がりで火照った体を密着させ、部屋の明かりを消した――――
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