#64 平和に気付かぬ平和な光景



「詳しくお願いします」


 落ち着いて、冷静に状況を確認しなければ。



「サイレンくんが泳ぐのに満足したのか、こちらに泳いで来ていたら背中から金髪ウェーブの人に羽交い締めされ、そのまま連れ去られた。私も泳いで追いかけたのだが、全く歯が立たなかった。追った時にヒレを確認したので人魚だと予想したわけだ」


「なるほど……」



 随分とワイルドな人魚だ。いきなり攻撃してきたこのエウトンさんといい、人魚は凶暴なのかもしれない。



「待て、その人魚の頭にティアラが乗っていなかったか?」

「ん? 遠目だったが、それらしいのはあったはず」


「はぁ。すまん、それ妹だ。儀式が終わったと同時にどっか行ってて探してたんだよ」



 だからタラッタちゃんがここに来た時間と少しタイムラグがあったんだ。やんちゃなお姫様だこと。



「しかし何故サイレンくんが攫われたのか、何か理由があるのかね?」

「知らん」



 そうなると本当に謎だ。一度サイレンさんに連絡を取ってみよう。



 メニューからフレンド欄、そしてコールボタンを押す。

 羽交い締めで気絶してたら出れないけどどうだろう?



 ――rururu rururu ruru プツンッ



 切れた。これは向こうが意図的に切った時になるやつだ。人前だから文字でやり取りしたい時によくこの手法を使う。


 つまり意識は残っているみたいだ。一安心。


 {大丈夫。何かあったらまた連絡するけど、ひとまず別行動で}



 遅れてメッセージが送られてきた。迷惑をかけたくないという気持ちが丸わかりの文面だ。かといって事情が分からないし……。



 {了解です。何があったのか聞いても?}


 {後日でいい? ややこしいことになってるから}


 {分かりました。とりあえず頑張ってください}



 危なくなったら連絡が来るだろうし、きっと問題は無いはず。


 仲間が別の場所で頑張ってるのだから私たちも頑張ろう、と気合いを入れ直す。


「確認しましたけど大丈夫そうです。一旦別行動の方向らしいです」

「なかなか面倒事の匂いがプンプンするじゃあないか」


「ですねー」



 その面倒事を一人で引き受けようとしてるのは心配だけど、あれでも一応男の子だから見栄を張りたい時だってあるのだろう。



「うくぅ、我はどうすれば……?」

「妹さんの所へ向かってもらっても構いませんよ。タラッタ殿は私がお送りしますので」


「しかし――」

「私達も少ししましたらスパシア殿の元へ戻りますのでついでですよ」


「……すまぬな。任せた」

「いえ、お安い御用です」



 ソワソワと悩んでいたエウトンさんを気遣うトゥリさん。これぞ騎士と言わんばかりの紳士度だ。


 エウトンさんは大慌てで海へ飛び込む。そしてあっという間に影は見えなくなった。



「あれ、タラッタちゃんは何処へ?」

「とっくの前にあっちへ行ったよ」

「私の娘たちとは仲も良いのできっと遊んでいるのでしょう」



 頭がいっぱいいっぱいで気付かなかった。確かに小さな足跡が遊んでいる方へ続いている。


 クリスさんに任せきりになってるだろうし、いい加減私たちも戻らねば。




「お二人は――」



「はい?」

「ん?」



 足を向けたのと同時に、暗めのトーンで声を掛けられる。相変わらず表情は硬いままだけど、何となしに大事な話が展開されると察知できた。


 一度目を閉ざし、考え終わったのか目をゆっくりと開いている。心なしかハイライトが消えたような錯覚を覚えた。



此度こたびの争いについてどう思いますか?」



 口にされたのは曖昧な質問。此度の争いというのはおそらく連合国内の分裂及び紛争のことだろうか。



「ふむ……私は愚かとしか言えないな。ミドリくんの配信を見ながら馬車の移動をしていたが、国の成り立ち的に共通の敵があるのだろう? にもかかわらず無為に争っているのだからな」



 遠慮の無い正論。さすがパナセアさん、かっこいい。



「私も愚かとまでは言いませんが、仲間なら話し合いで済ませればいいのにとは思いましたね」



 すぐに暴力で済ませようとするのは野生動物でもできる。人間の人間たる所以ゆえんは、言葉という文明の武器にして万能薬を使いこなせるという点にあるのだ。わざわざ暴力に訴えるのは人間らしさを捨てる行為とも言える。



 まあ私もここ最近、このゲーム世界に染まってきてるような気もするからおまいう状態なんだけどねー。仲間内で暴力は……たぶん振るってないからまだ人間として踏みとどまってる感じだ。天使だけど。



「……なるほど。話し合いですか」

「そうです。平和が一番!」



「ええ、やはり平和が望ましいですね」



 どこかスッキリした様子だ。やる気に満ち溢れているのが感じ取れる。



「まあ、議論でも噛み合わない場合は実力行使になるのだろうがね。特に今回のような強者同士の意見のぶつかり合いとなると余計に」


「くっ、理想を大事に生きた方が楽しいですよー」



 談笑しながら今度こそ戻る。後ろからついてきているトゥリさんの表情は、活き活きとしたものになっている。


 平和の理想を追う決心でもついたのだろうか。対話は大事〜。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 そんなトラブルだらけの海水浴は終わり、帰途の馬車に揺られている。


「ゆらゆら、ゆりゆりとね」


 ふざけた呟きを人目もはばからず言えるのは、私の乗った馬車が私以外寝静まっているからだ。トゥリさんも居ないのは、タラッタちゃんが居るから後ろの馬車で外敵が居ないか見張るそうだ。


 私は、人数的に仕方ないし同性の方が快適という理由でトゥリさんの分もこのロリ天国を堪能……この子達の保護者として見張っています!


 さてはて、この仲良くもみくちゃで眠っている様子をあらゆる方向から撮影スクショする。大変満足。




 ひと通り撮りまくったので、落ち着いてきた。ファンサービスとしてサイレンさんの写真でも上げよっと。本人には言ってないけど、嫌なら配信のも了承してないだろうしきっと大丈夫。


 最初っからセーラー服で公衆の面前に出ていた人が今更スク水(女子)で嫌がるなんてナイナイ。



 投稿っと。



「あっ」




 間違えた。誤タップで隣の私とマナさんのツーショットが流出してしまう!


 削除ボタンを連打。何とか消すことができた。



 たぶんまだ誰も見てないはず。見てないよね?


 今度こそ念入りに確認してちゃんとサイレンさんのを投稿する。「やべっ」とか余計なこと書かなければ誰も気付かないはず。



 時間的にもうじき着きそうなんだけど、この可愛い寝顔の山はどうするんだろうか。……寝てる幼女が四人、大人が私含め四人。ピッタリだった。一人抱えていけば何も問題無いね。


 仲の良い友達の家族とお泊まりに行った帰りに、車で寝てしまった子供たちを起こさないように下ろす親達の図になりそう。



 我ながら秀逸な例えだと感心しながら、街明かりが道沿いの水を照らしている神秘的な光景を眺める。昼とは違った感動が味わえるのは観光地として高ポイント。



 街の喧騒が流れる。賑やかに店じまい等をしている人々は、世情なんて気にせず今を生きている。


 もし私たちの勢力が押し負けたら、この光景、あの笑顔が奪われる。そう考えるだけで、俄然平和を勝ち取らなければいけないとやる気が湧いてくる。




「とは言っても、私ができるのは言語的な対話と闘いによる対話……」



 頭脳戦はシフさんやパナセアさんには及ばない。どらごんみたいな圧倒的な力も無い。マナさんみたいに元気さとかで精神的に引っ張ることも出来ない。サイレンさんみたいな対応の柔軟さも無い。クリスさんみたいなどこでもやっていけそうな順応力も。



 今だって平和を求めているのに、武力的な解決が一番手っ取り早いという思考がこびりついて離れない。真に平和になった世界で、私には何が残るんだろう?



「ドツボにはまりそう。……切り替えないと」



 無限に脳裏をかすめるネガティブな思考を振り払う。物理的に頭を振れば気分的に楽になる。



「それなりの能力で、それなりに行動して、それなりな結果を出す。私にできる、私にしかできないことを精一杯やるだけの簡単なお仕事。給料は大切な人たちの笑顔と幸せの多い身近な風景です」



 軽く適当なことを言って肩の力を抜く。いつだったか一人で背負い過ぎとも言われてたし、こうやって勝手に悪い方へ考えていくのは私の悪い癖なのかもしれない。




 コクリコクリと眠気に誘われる。私の膝の中で眠るマナさんの体温が布団みたいで、今にも目が閉じてしまいそうだ。


 小窓から見える風景が次第にブレて、光の粒が夜空を駆ける流星群のように流れていく――――

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