#63 海! バカンス! 海蛇! 人魚! ……人魚!?



 馬車が到着し、設置されていた豪華な更衣室で水着に着替える。


 私の水着はワンショルダーでフリル付きの抹茶色のもの。改めて着てみると露出が凄い。

 絶対着ろとばかりに白い上着も一緒に入ってたんだけれども。


 モソモソと上着を着ていると、マナさんの水着姿が視界に入った。



 上はフリルが付いたビキニ、下はかぼちゃパンツだ。色は両方とも白。


 キンモクさん、貴方理解わかってますね。

 見晴らしの良さそうな胸部をカバーするかのようなフリル、子供らしさを演出するかぼちゃパンツ、そして髪色と合わせることで純白さを醸し出している。マナさんにピッタリの水着だ。本職なだけはある。



「どうかしたっすか?」

「あ、いえ、似合ってるなーと」


「ミドリさんも似合ってるっすよ〜」

「あらどうも」



 にへっと無邪気に笑う顔がとても可愛らしい。抱きつきたい衝動を必死に抑えて他の四人を見る。



 パナセアさんは大人っぽい黒の首元でクロスしてる水着。麦わら帽子もセットだ。せくしー。


 双子のスーちゃんとイーちゃんは胸元にリボンの付いたワンピースの水着だ。トゥリさんが渡してきた時は幼児向け過ぎないかと思ったけど、実際に着てる姿を見ると滅茶苦茶似合っていた。


 そしてクリスさんはオーソドックスな三角のビキニ。ここに置いてある水着だから私たちみたいなキンモクさんのオシャレ水着ではないけど、シンプルに可愛い。眼帯と水玉とで謎のギャップ萌えを生み出している。



「行くっすよ〜!」

「「おー」」



 勢いよく更衣室から出る三人を見て、微笑ましい気持ちになってきた。


「私たちも行きましょうか」

「ああ」

「そ、そうですねぇ……」



 柔らかく不純物の少なそうな砂を踏み締めて海岸まで近づく。


 ギラギラと強い日差しは穏やかな水面みなもに反射され、潮の香りは風に乗って私たちの鼻をくすぐる。とても北国とは思えない南国風の海岸だ。



「やっほー!」

「やっほ〜っす!」

「やー」

「ほー」

「や、やっほぉ〜」



 ここでありきたりな「海だ〜!」ではつまらないので、少し趣を変えてみたらパナセアさん以外真似してしまった。これは悪い教育のお手本みたいなやつだ。



「ふむ、山びこならぬ海びこをしてる人なんて初めて見た。最近の子達のブームなのかね?」

「いえ、そんなブームたぶん無いと思いますよ。適当にやってみただけです」


「ああ、そういう事か。若気のなんとやらか……」


 勝手に納得してるけど、何か違う気がする。



「おーい! こっちこっちー!」



 足に触れる冷たい水から逃げるように波に合わせて走るマナさんと双子を保護者面で眺めていると、サイレンさんの声が聞こえた。

 男性は着替えるのが早いだろうから先に色々準備すると言っていたし、終わったのかな。



 声のした方へ揃って歩いていく。

 あの大きな岩の向こう側にいるはず。



「肉の匂いがするっす!」

「おにくー」

「おいしー」



 この匂いは完全に焼肉、つまりBBQ。これで昨日の昼夜、今日の昼で三回目だ。多すぎ。




 岩を越えると、パラソルやらBBQセットが設置されていた。


 それはいい。普通にありがたいから。でも問題があった。




「っ……ゴホッゴホッ!!」


「おー、かっこいいっすねー」

「おー」

「いー」


「ふ、ふふっ……」

「ブフッ!? 全員ネタに走るのは予想外だよ……」



 あまりにも男性陣の水着のインパクトが強すぎてむせてしまった。珍しくパナセアさんも吹き出すほどだし。マナさんと双子は感性がおかしい。クリスさんは「(暗黒微笑)」とかがテロップで出てきそうな笑みだった。




 そんな男性陣の水着は、サイレンさんが競泳水着(女性物)、トゥリさんはブーメランパンツ、どらごんはマイクロビキニだ。

 ツッコミどころ満載で面白い。


 しかもどらごんは何故かパラソルの下、トゥリさんに大きなうちわで扇いでもらいながらトロピカルジュースのようなものを飲み、サングラスを掛けて椅子に寝そべってくつろいでいる。

 お前は何様のつもりなんだ……?


 とりあえずサイレンさんの水着姿をこっそりスクショ。



「ご飯の前に、海に入ってきていいっすか? 二人も行くっすよ」

「お水嫌いー」

「お水怖いー」


「そうっすかー、ならご飯食べたら砂で遊ぶっす。ミドリさん、海入るっす!」

「そうですね。私たち二人で少し遊んできますので取っておいてください」


「はいよ、気をつけてー」


「おきー」

「つけー」



 気を付けるもなにも、皆の目の前で入るから大丈夫なんだけどね。それにお風呂みたいなもんだし溺れるとかもないし。


「とうっす!」




 マナさんが勢いよく入水。そして顔を出して――


「あっあっ、足が着かないっす! まずいっす、沈んでびぶぶぶぶぶ…………」


 沈んでいった。溺れてる。

 なんて悠長なことを思ってる暇はない。



「今行きますよ!」


 私も上着を脱ぎ捨て、ゆっくり水に歩いて入っていく。ちゃんと足も着く。深い所でもあったのかな?



「あぇ?」


 突然、地面の感覚が消えた。ここから一気に深くなってる。直角に近い感じだし自然にできた訳ではなさそう。


 何にせよ、マナさんを助けるのに潜る必要ができた。

 プールにすらもういつぶりか覚えてない程日が空いてるのに、潜るなんてできるのか……いや、できる! マナさんの為ならたとえ火の中水の中、天国でも地獄でも入ってやる!




「すぅぅ〜、ふぬっ!」


 息を大きく吸い込んで潜る。一瞬、透き通るような心奪われる光景が目に入った。でも残念なことに、もっと目に入ったのは水だ。


「っぁ! 目が痛いです! 足も着かない、どうすれば泳げます!? まぶぶぶぶぶ……」



 必死にもがくも、何故か浮上しない。真剣にまずい。目も開けないし、息が保ちそうにない――――





 ◇ ◇ ◇ ◇




「はっ!」



 背中に砂の感触。誰かが助けてくれたみたい。



「マナさんは!?」



 私は別にいい。マナさんの生存が第一。



「あそこで砂のゴーレム作ってるよ」

「本当ですね、よかった…………」


 安堵で一気に力が抜けて、倒れ込む。

 このサラサラの砂の上で一生寝てたいなー。



「サイレンさんが助けてくれたんですか?」

「ん、まあねー」



 串焼きを頬張りながら何ともなさげに肯定している。競泳水着を着ているから水泳選手みたいだ。もちろん女子の。



「ありがとうございます。ついでに私もそれください」

「はいよー」


「どーもー、はむっ」



 差し出された串焼きを口で受け取り、肉の食感を味わいながら遊んでる砂場の方に体を向ける。


 頑張って砂をかき集めている姿は大変可愛い。作ってるゴーレムのようなものが動いてるように見えるのはきっと距離があるからだろう。気のせい気のせい。



「ん?」



 今、何か視線を感じたような……?



「どうかした?」

「……いえ、何でもないです」



 プライベートビーチらしいし、他に人がいるわけない。最近変に敏感になってるというか、自意識過剰になってるというか、そんな節がある。謙虚にいこう。



「ごちそうさまでした。よいしょ」

「行く?」


「行きましょう」

「だね」



 串をゴミ袋のようなものに入れて、皆のいる砂場へ向かう。



「マナさーん! はいチーズ」

「ひゃっ!? ぴーすっす!」



 後ろから抱きついて海記念のツーショット。

 驚いたのは一瞬で、すぐに対応するあたりアイドルか何かかな?



「見てっす! このゴーレムを!」

「上手ですけど動いてません?」


「パナセアさんがどーりょくを貸してくれたっす」

「なるほど。かっこいいですね」


「っすよね〜」



 このフォルム、パナセアさんと出会った遺跡で戦ったゴーレムだ。そっくりそのままでクオリティ高い。マナさんは手先も器用だなー。スクショ撮っておこう。



「折角っすからみんなで記念に一枚どうっすか?」

「いいですね。撮りましょうか。皆さーん、集合してください!」



 何だ何だと集まった全員をいい感じに並べて、


「皆さん、笑顔で正面を向いてください。はいチーズっ」



 よし。綺麗に撮れてる。


「ありがとうございました。解散です」


 トゥリさんや双子は首を傾げているが、わざわざ説明するのも手間だしご想像にお任せしよう。


 私たち女子はビーチバレーをしたり、サイレンさんはがむしゃらに泳いだり、各々海を満喫している。



 が、そんな楽しい雰囲気に水を差すものが私の視界に割って入った。



 黄色い線。


 従っておくのに損はしない、運命へ誘導するかのような【天眼】の効果のひとつだ。




「すみません、少し私抜きで遊んでてください」


「了解っす」

「はー」

「いー」

「分かった」

「い、いってらっしゃいぃ」



 少しの間、三対二になってしまうから申し訳ないけど席を外す。


 示す先は最初の岩の向こう側。急ぐ必要もないしゆったりと足を運ぶ。途中、どらごんがトゥリさんにマッサージをさせてる場面を見てしまったが、スルーしておく。



「あれ……?」



 黄色い線の終着点に着いたのに、そこには何も無い。

 スキルにも誤作動はあるのかな? 戻ろっと。



 きびすを返そうとした途端、目の前で水飛沫しぶきが上がった。



 〈あ、こんにちは、です〉

「こんにちは」


 顔を出したのは、蛇、いや龍?

 とにかく爬虫類の顔が水面から出ている。このどらごんのような脳内に響く声は随分と可愛らしいのに、見た目はいかつい。




 〈解除〉「よいしょ」


「えぇ……」



 つい先刻まで龍に近い姿だったのが、赤い髪の幼女になってしまった。年齢は双子と同じくらいだろうか。

 もういっそのこと連合国ではなく、ロリ天国に国名を変更すべきだと思う。



「どなた、です?」

「えーと、ミドリです」


「私はタラッタ、です!」


 よろしくお願いしますと小さな手と握手を交わす。しばしニギニギした後、事情を尋ねてみる。



「どうしてここに――――」



 赤い線。


 咄嗟にしゃがんで躱す。後方で建物が破壊される音がした。




「何者だ!」



 空を切って何かが飛来して、水の中から現れた男の手元に収まる。ブーメランか何かと思ったが、三叉槍――いわゆるトライデントだった。



「そちらこそ何者ですか?」



 キラキラと輝く金糸のような髪をウェーブでセットしていて、若そうな顔の割に割れた腹筋が逞しさを強調している。そして水面から少し出ているのは綺麗な鱗で…………


 鱗?



「不届き者め! 我こそは海底王国セールーン第一王子にして、連合国八鏡、エウトン・カロ・メガロスである!」


「一息でよく噛まずに言えますね……」


「馬鹿にしているのか!」

「あ、いえ、そんなつもりは微塵も無いです」




 情報過多で思考が止まって変なことを口走ってしまった。落ち着いて整理しよう。


 海底王国とやらは連合国の一つ、なのかな。そこの王子で八鏡。つまり味方? いや、八鏡でも割れてるんだっけ?

 ダメだ。目の前の人が明らかに人魚で思考がまとまらない。


「とりあえず鱗、触ってみても?」

「いいわけあるか! 殺すぞ!」



 今どきそんなツッコミはピー音が入るよー。



「おや、エウトン殿」

「うげっ、トゥリ。何故ここに?」


「帝国使節の方々の休暇にお付き合いしているのです。あなたは……仕事中ですか」

「そうだが、つまりこの変な奴は帝国の使者なのか?」


「変……? まあそうですが」



 酷い言いようだ。国際問題になったらどうするのかねー。



「そうか……誤解していたようだ。済まなかった」

「いえ、大丈夫です。ちなみに彼女は?」


 意外とすんなりと謝罪するあたり、悪い人ではなさそうだ。ついでに、この場で正体不明の幼女、タラッタちゃんの身元を聞く。



「タラッタ殿はスパシア殿のお子様です」

「子供、です!」

「そうだ。無礼はやめておくといい」


 スパシアさんは確か、今頃シフさんと会談しているであろう議長さんか。つまりお偉いさんの娘。



「でしたらどうしてここに?」


「海底王国で軽い儀式をしてた、です」

「海の巫女様だからな!」


 あ、情報過多。考えるのも追及するのもやめやめ。



「ミドリくん!」



 慌てた様子でこちらに駆け寄ってきたパナセアさん。まさかマナさんがまた……



「サイレンくんが、人魚にさらわれた!」


 どうやら今日は情報量で私を押し潰そうとしてくる日らしい。


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