#109 女神、再び
「おっひさー! ミドリちゃん元気にしてた?」
「うげ」
女神の割にノリのウザさは変わっていないようだ。相変わらず映える黒髪をたなびかせているこの女神さんは、私に寵愛をくれた職業神である。
「お久しぶりです。フェアなんとかさん」
「フェアイニグ様よ!」
「以前は脳内に直接語りかけて誘導してきたのに、今回は唐突ですね」
「……あんまり名前覚える気ないでしょ」
だって母音が多くて発音しずらいから覚えにくいのだ。それにどうせ邪神とかなんだろうし、覚えなくていいという気持ちも強い。
「名前の件はいいとして、今回はあれよ。前回の反省を活かして手短にやっただけ。前は英雄を導く女神みたいな感じで演出したかったけど、ミドリちゃんが信じてくれなかったから台無しになったし……」
「今どき、そういうテンプレは擦られすぎて最早消しカス程度のワクワク感しか演出できませんよ」
「……世知辛いわね」
私の感想なので、ワクワクしてくれる絶滅危惧種のような人も居るかもしれないけどね。
「じゃなくて!」
「わあ、ビックリした。急に大声出さないでくださいよ」
「あ、ごめんね……っていっこうに話が進まないじゃない!」
「どうぞ続けてください」
いちいち反応してくれて、律儀な神様だなー。
威厳とか迫力的に神っぽくはないから、たぶんいい邪神なんだろう。
「でも、いきなり本題に入るのも味気ないかも。何か聞きたいこととかある?」
「聞きたいこと……貴方は本当に職業神なんですか?」
「どういう意味?」
「貴方から頂いた寵愛のスキルではてなマークが付いてましたから」
【職業神(?)の寵愛】という表記なのだから明らかに含みがあるのだ。
それくらいしか聞きたいこともないし。
「あー、そういう感じだったんだ。道理で――」
「?」
絶妙に悲壮感の漂う表情を浮かべている。
今この瞬間だけはきちんとした女神に見えた。
「ごめんね、こっちの話。で、あたしが何者かって? まだ内緒!」
「帰っていいですかね?」
「帰らないで! てかあたしが解放しないと帰れないよ」
「大丈夫です。貴方を倒せば出られるパターンの監禁でしょう」
「物騒ね……!」
いきなり監禁してくるのもかなり物騒だと思うが、それを言っては収拾がつかなくなる。黙って睨んで答えを待つ。
「んー。分かった、あたしのことに関係してくるこの世界の神について話そうかしら」
「ほほう」
「神と言っても大きく2つに分類されるの。他のNPCと同じAIを搭載されている、例外もあるけど主にギリシア神話をもとにした神々と――――」
私が出会ったのだと奈落にいたカオスかな。「もとにした」と言ってるあたり、やはり完全に神話と同じことが起きているわけではなさそう。カオスなんて大物が一介の天使におつかいを頼むなんておかしいわけだ。
「あと……ぴったりな言葉が思い浮かばないけど、まあ運営側に近い独自の神々って感じかしらね」
「貴方もその運営側の?」
「ええ。その中でも世界構築のための神4柱、
「…………なるほど、聞きたいことが山ほど増えました」
フフッとほほ笑むフェアさん。何でも聞きなさいと言わんばかりの、自信に満ちた表情である。少しイラっときたが、今はこらえて質問を投げていく。
「まずαテストが実施されたのはそれほど昔ではないでしょうし、神というのは意外と普通にいるんですか?」
「……神ねー。うん! 一部を除いてだいたい滅んでる!」
「え」
「神が元気に地上で活動してたのはもうかなり昔だから。αテストもその少し前だったわね」
「昔って――」
「さあ、何千年だったかしら。あ! ミドリちゃんの前任というか、あたしの最初の信者はたしか今から1000ちょいだったはずよ!」
「せ――いえ、ちょっと待ってください。私も貴方の信者にカウントされてます?」
「うん? もちろん」
即答かい。
「断固拒否します。貴方を信仰するくらいなら、そこら辺の猫でも拝んだ方がご利益ありそうですし」
「ふーん。いいんだ? あげた寵愛返してもらおうかなー」
「………………ほら、私たち友達みたいな関係じゃないですか、ね」
「――友達! そうね、友達だものね!」
体の前で手をもじもじと動かす様は見てるこっちまで気恥ずかしくなってくる。
ものすごくチョッッッロい。神様というのは友達ができない存在なのだろうか?
冗談のつもりだったが、本当に友達になってあげた方がよさそうだ。
「って違う! そうじゃなくて先達のことは気にならないの?」
「別にそんなに」
「そんなぁ……」
露骨に肩を落としているが、そんなことより聞きたいことはまだあるのだ。
「次の質問いきますね。αテストが1000年前より昔に行われたと言ってましたけど、運営がそんな昔からあるのは無理なのではないでしょうか?」
「ミドリちゃんはシミュレーションゲームって知ってる? あたしは知識としてしか知らないけど」
「まあ、ある程度触ったことはあります」
「ああいうのって早送り機能とかスキップ機能があるじゃない。そんな感じかしらね」
あの便利機能か。確かにそれを使えば可能かもしれないが――
「貴方は、その時に
「どっちって……あー、早送りされる側かそれを見守る側かってことね。それならあたしは早送りされた側」
「それは……ッ」
「はいはーい、暗い話はここまで。今からはミドリちゃんにとって勇気の出る話をしまーす」
あまりにも長く酷な扱いに憤慨しかけたところで、フェアさんが話題を変えた。
本人は気にしていないようだし私がしつこく言うのも違うか。
おとなしく聞いておこう。
「さっき言った運営側の防衛装置、あるいは終末兵器の神3柱のこと、あれの1柱はこのあたし、フェアイニグ様なのよ!」
「はぁ、おめでとうございます」
「もうちょっといいリアクション欲しかったなぁ!?」
「それで何ですか、頼もしいでしょとか自画自賛するつもりだったんですか?」
「うっ……」
図星なんだ……。確かに頼もしくないかと言われれば頼もしいかもしれないけど、それを言うのは癪なので絶対言わない。
「ゴホンッ! まぁそれもあるけど、他の2柱のこと。片方はミドリちゃんもよーく知ってる破壊の神、もう片方は色の神よ」
「――!」
「そうそう。お察しの通り、今ミドリちゃんの体にはこの3柱の力が部分的にせよ集まってるの」
破壊神の方は言わずもがな、色の方はつい最近のイベントで乗っ取ろうとしてきた狼のことだろう。そう考えると、私ってとんでもない厄ネタだ。
「狼も神なんですね」
「んぅ? あー、あの子は眷属ね。それで思い出したんだけど、こないだはごめんねー。あたしとあの神の権能はちょこっと相性が悪いから許してね」
「待ってください、何の話です?」
「え? 【天眼】の発動失敗みたいなやつのことだけど」
「あれって自動発動でしたよね?」
「アハハッ! そんなわけないじゃん。全部あたしの手動だよ。天使が獲得出来る種族スキルだからちょっと強引に干渉して、こっちで支援してるのよ!」
チート過ぎると思っていたが、この無駄に高性能な邪神が関わっていたと言われれば納得がいく。
「まあそれは素直に感謝するとして、相性が悪いというのは……」
「あたしだけに限った話じゃないけどね。あの権能は神に対する特効を持ってるから」
「言い訳しなくてもいいんですよ。いつも赤の――攻撃予測線にはお世話になってますし」
「なにそれ?」
赤い線だとそのままだから少しオシャレな言い回しに変えたが、伝わらなかったようだ。
「赤い線のことです。もしかして正式名称が既にあったり?」
「いや、赤いのなんて知らないよ?」
「え?」
「んー?」
お互いに首を傾げる。
しばし無言で見つめ合った後、フェアさんは何かに気付いた表情を浮かべた。
「あ〜! そういうこと! でも
「?」
「ま、それに関してはあたしは関係ないし、きっと分かる時が来るでしょう」
「気になるんですけど」
何か分かったことがあるのならもったいぶらずに教えて欲しい。この女神さんといい、シフさんといい、自分で答えを見つけるのを求めてくるタイプの多いこと。
「さて、そろそろ本題に入ろっか」
「はい」
「実は今回わざわざ呼んだのは他でもない、予言……というよりは助言? いや、忠告? 何だろ?」
「そこは自信持ちましょうよ」
本当に何のために呼んだんだ……。
シリアスな場面かと思って身構えていた私が馬鹿だった。
「前置きはグダったけど、とある筋からの情報をそのまま読み上げるから」
「お願いします」
小さなメモ用紙をどこからか取り出したフェアさんは、
「“メモ1、ミドリ:【不退転の覚悟】剥奪、マナ:封印、ルシファー:存在収奪、その他大勢:死、パライソ大陸半壊(公国・王国・連合国の一部)”」
な――
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ!」
「わわ、そんなに驚く? 今回のは確かにいつにも増して酷いけど、割とこれくらいの綱渡りは当然だと思うよ。立ち位置的にもね」
分からない。
私が、私たちが何をしたというのか。
「そしてそんな耳の痛い未来予知の報告が少し続いて――最後に注意書きがあるの」
――ゴクリッ
何が書かれているのか怖すぎて思わず喉が鳴ってしまった。
「“すべての未来は覗けていないけど、きっといくつかの要因がうまいこと噛み合えば何とかなる道もあるかもしれない。ただ、詳細な対策法を出すと向こうはより徹底的に油断なく叩き潰してくるので頑張って。いつか出会う予定の謎の協力者より”だって」
「自分で謎って名乗るなんて相当茶化してますね。空気読めない人なんでしょうが、未来を見ることができる系のうざい有能な方なんですね」
「あはは、まあ肯定も否定も控えとこかなー。ちなみに未来を見るというよりは多分、運営が未だに続けている“if”の世界からのイレギュラーだと思うよ」
「随分とSFっぽいこともやってるんですね」
「正確に言うと本来そっちがメインだったんだろうけどね。まあいつか出会うらしいし詳しいことは本人から聞いてね」
本能が会いたくないと叫んでいるが、ああいうノリの人から逃げるのは相当難しいだろう。
そんなことより。
「ここからが真の本題ですよね? それをわざわざ言うためだけに呼び込んだわけじゃないでしょう?」
「もちろん! 流石にあたしの信者がいじめられると聞いてジッとしていられるほど、あたしは心を捨てちゃいないよ」
だからさ、とフェアさんは勝気な笑みを浮かべた。
「――最強の必殺技を伝授しよう!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます