#108 沼の進展&お花屋さん
「昨夜はお楽しみでした」
「唐突にどうしたっすか?」
「あぅー?」
夕飯は控えめな野菜メインのフルコースを味わい、夜中はいい子に寝たペッツ2匹とファユちゃんを除いた3人で遅くまで話し込んでいた。恋バナが誰ひとりとして出てこなかったのが残念だったが、コガネさんのここでの暮らしや、私たちの冒険の物語で盛り上がれたから良しとしよう。
そんな非常に楽しいお泊り会もあっという間に過ぎ去り、私たちは朝から宿に帰っていた。
「いやー、楽しかったですねー」
「そうっすね。ああいうのは毎日やっても楽しいっすからね!」
「あうやぃう!」
元気なファユちゃんをよしよしと抱っこであやしながら話していると、いつの間にか宿に到着していた。
「ただいま帰りましたー」
「ただいまっすー」
「あーいまぁ!」
「おかえ……赤子?」
「え!? 子供!? 何をどうしたらそうなるの!?」
「あ、泊まることしか伝えてませんでした」
「サプライズっすね!」
「いぃ……」
部屋にはパナセアさんとサイレンさんが2人っきり。お邪魔したかな?
まぁ、気になってるだろうし紹介しよう。
「この子はファユちゃん。私がパパでマナさんがママです」
「ふぁゆぅ」
「2人の、子どもなのかい?」
「わあ〜。キャパオーバー……」
「正確に言うと、あと二日間預かる子っす。捨てられていたので手続きが済むまで保護する感じっす」
「心持ち的には全然養いますけどね」
みんなでスローライフとかも面白そうだ。
私たちの旅に終わりがあるかは分からないが、いつか全部落ち着いたら、ファユちゃんの様子を見に来るのもいいかもしれない。
「触ってみていい!?」
「サイレンさんも子供みたいな反応するんですね」
「ぼくをなんだと思ってるのさ?」
不貞腐れながらも、ファユちゃんの柔らかいほっぺをツンツンするサイレンさん。視界の端ではマナさんとパナセアさんが何やら話しているが、声までは聞こえない。
◇ ◇ ◇ ◇
「さて、今日はどうします?」
「すぐに終わらせられる依頼にするっす」
「ですね」
「っす!」
私たちはファユちゃんを堪能したのだからと、サイレンさんとパナセアさんの二人がファユちゃんとの留守番に決定したのである。
仕方なく、私たちは半ば追い出される形で冒険者ギルドに来ていた。
「ふむふむ……」
「なんか時間のかかりそうなのが多いっすね」
「そうですね。何て間の悪い」
少し距離が遠い依頼だったり、私たち向けとはいえない捜索依頼とかしか残っていない。中途半端な時間だから朝の争奪戦の余りものしかないのだろう。
「あ、ちょうどいい所に!」
「はい?」
適当に買い物でもして帰ろうかと諦めかけていたら、紙を手にした受付嬢さんが話しかけてきた。
「……いつもの受付の人っすよね?」
「そうですよ……あまりいい予感はしませんけどね」
コソッとマナさんと内緒話を挟んでから、話を聞いてみることにする。
「実は以前お二人に依頼しました、例の沼のスライムなのですが――」
「あ! 急用を思い出しました! すみません。またの機会に聞かせてくださいね!」
「え、あの」
「では、失礼!」
スライムは消し飛ばしたはずだが、また同じのが現れたとかめんどくさい案件はご勘弁。マナさんの腕を引いて立ち去――
「何かあったっすか? 特に用事なんて」
「わー! わー! ほら、例のあれですよ、あれ!」
「?」
くっ、天然なマナさんに空気読めというのは酷だが、こればかっかりはのってほしかった……。
「まあまあ。そこまで長話にはなりませんから、ね」
「何すかー?」
「い、いつの間に背後に……!」
この受付嬢さん、なかなか強かだ。
退路を塞がれ、逃げ出す理由も失ってしまえばどうしようもない。大人しく聞くだけ聞こうかな…………。
「改めまして、先日は変異スライムの討伐ありがとうございました」
わざわざ恭しいお辞儀でお礼を言う受付嬢さん。
こちらはお金を頂いているのだから無用だというのに。
「それで、何かあったんですか?」
「わくわく……」
「実はあの後、あそこ一帯の調査を行いまして――それがこちらの調査結果となります」
手に持っていた2枚の紙のうち1枚だけ手渡される。私はそれに軽く目を通し、マナさんも横から覗き込む。
「ダンジョン!?」
「そうきたっすか…………」
その紙には、『変異スライムの居た穴を入口に地下の巨大な空間を発見した』と赤字で書かれていた。続く分には、『神話由来の“ダンジョン”の可能性あり』とも。
「もちろん過去一度も沼地の調査等が無かったわけではありませんが、そこにも書いてある通り、先日のスライムが蓋として入口を隠していたのかもしれません」
「えーと、すみません。こちらの想像するダンジョンと同じなのかすり合わせしたいです」
「ああ、異界人の方ですとものの解釈が違うのかもしれないのでしたね。分かりました。説明しましょう――――」
受付嬢さんの話は、あくまでも昔話に出てきた舞台の説明の面が大きかったが、おおむね私の知るゲームや漫画などで聞くやつと同じであった。
地下に存在し、様々な罠や魔物を乗り越えた先にお宝物が眠っているというポピュラーな感じだ。
「なるほどなるほど。だいたい理解出来ました。そう考えると、なぜ遥か昔から眠っていたダンジョンが、ダンジョンの蓋であるスライムは急に起きたんですかね?」
「申し訳ありませんが、そこまでは私めも未だ……」
「ですよねー」
ただ眠気が覚めただけならいいけど。
「……そこに行ってみてもいいっすか?」
それまでずっと目を閉ざしていたマナさんが、いつになく真剣な面持ちで質問を投げかけた。
「ええ! 何も攻略しろとまでは言いませんが、誰かにある程度潜って欲かったので、依頼書をちょうど貼ろうと思っていたんです」
2枚目の紙には、『暫定ダンジョンの偵察依頼』と大きく書かれていて、中でも私の視線はある部分に釘付けとなってしまった。
「受けるっす」
「受けます! 報酬でしばらくは働かずに生きていけますし!」
報酬の多さで思わず本音がだだ漏れになっているが、嬉しいものは嬉しいのだ。冒険者として稼ぐのは楽しいのだが、ほとんど毎日働いているので精神的に疲れを感じていたのだ。
不労所得バンザイ!
「ありがとうございます。では、受付で手続きをしますので――」
「行きますとも!」
「……ミドリさんの新しい一面が見れて、マナも嬉しくなってきたっす」
受付嬢さんが小さくため息をついたように見えたが気にせず、スキップでガラ空きの受付へ。
◇ ◇ ◇ ◇
意気揚々と冒険者ギルドを出立した私たちは、現在、早めのお昼ご飯を兼ねたお茶会に参加していた。
「――あ、紅茶美味しいです。ありがとうございます」
「ふあぁ、このお菓子美味しいっす……紅茶とバッチリあってて染み渡るっす…………」
「お口に合ったのなら結構」
以前、ペルダンで荷物運びのお手伝いをしたご老人と道でばったり会ったので、約束通りお邪魔することになったのだ。
色んな花々に囲まれながら飲む紅茶は最高だ!
「それにしてもとんでもない量の植物ですねー。はむっ……花粉とかもすごそうですし」
「この焼き菓子も美味しいっす!」
「慣れればなんてことはないからねぇ」
そういうものかねー。
「あ、忘れてました。改めまして、私はミドリです」
「ん! まふぁっふ(マナっす)!」
お菓子を詰めすぎて最早何を言ってるか聞き取れないが、同じように自己紹介しているのだろう。
「おお。すっかり忘れておったわ。オレは――名前、忘れてしまった」
「えぇ……大丈夫なんですか?」
「ふぁいふぇんっふへ(大変っすね)」
「まあ老い先短い老木だから名前なんて要らないでしょうよ」
「そんなことないと、ごくっ、思いますよ……」
「っふへー」
真面目な話はご飯中にするものではないと改めて実感させられる。食べる手は休めないけれども。
「名前なんて置いといて、記念に好きなお花差し上げましょうかねぇ。好きなだけ持ってっておくれ」
「そんな至れり尽くせりいいんですか?」
「そうっすよー。マナたちを肥やして食べるつもりっすかー?」
確かに状況的にはありえそうだが、目の前のおじいさんからそういった悪意は感じられない。どちらかと言うと孫におもちゃを買いたいおじいちゃんみたいな雰囲気である。
「そんなことしたら、ええ。間違いなく腰がやられてしまう……」
「でしょうね」
「お大事にっす……」
妙な空気のまま、様々な花の名前や花言葉を聞いたり、よく見比べたりしながら良さそうなのを探す。あまり迷惑はかけられないので私とマナさんそれぞれ2輪ずつ頂くことにした。
折角の機会だからお互いに送り合う形で。
そしてしばらくの苦悩タイムも終了し、私たちはお互いに選んだ花を見せ合う。
「私が選んだのはスイレンと、ハマユウです」
「おー、白いっすね」
どちらの花も白い花であり、どちらも素晴らしい花言葉だ。
「花言葉はそれぞれ、“清浄”と“汚れのない”です。そちらは何にしたんですか?」
「マナは、カランコエとタンポポっす! 花言葉は“たくさんの小さな思い出”、“真心の愛”っすね」
カランコエはいいとして、タンポポか。花屋で選ぶには意外なチョイスだ。現実でタンポポを見る度にマナさんとの今の思い出が過ぎるというのも、ロマンチックだから全然良いけどね。
「よければ数日でアクセサリーに加工できるが、いかがかね?」
「おー、是非ともお願いします。スイレンとかは花束で贈れないですし」
「マナもお願いするっす! あ、タンポポはそのまま渡すっすよー」
「でしたら私もハマユウはそのままで」
「また数日後取りにおいでな」
「はい! 本当にありがとうございます。また今度です」
「おじいちゃん、またねっすー!」
笑顔で見送られ、お花屋さんをあとにする。
そして少し行った裏道で立ち止まった。
「どうぞ」
「ありがとうっす。どうぞ」
「ありがとうございます」
ハマユウとタンポポをそれぞれ贈り合う。
何だか照れくさくて、気の利いたことが何一つ言えない。
「あ、えーと、折角ですし宿の部屋の花瓶にでも飾りましょうか。出発までは枯れないでしょう」
「そ、そうっすね! 2輪とも飾って来るっす!」
私のもらったタンポポも預られて、そのまま宿まで走っていってしまった。気まずい空気はひとまず凌げたので、迷子にならないようにここで待っていよう。
これからダンジョンという未知の領域に踏み込むわけだから、切り替えて、どうせなら配信もしようかな。
告知をして、準備も――
〈【神界誘引】〉
「な!?」
気がつくと、見覚えのある真っ白な空間にいた。
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