#107 乙女のお泊り会



 木製のオシャンティーな家。

 大自然に囲まれた環境は、私の親かそれより上世代の学校行事――林間学校を彷彿ほうふつとさせる。漫画とかで今でも馴染みはあるが、実際の経験は無いのでワクワク感が更に増してきた。


「お邪魔しまーす」

「お邪魔するっすー」

「あゆぅ〜」


「良いお茶とってくるわぁ」



 案内されたリビングの椅子に腰をかけ、マナさんの腕ではしゃぐ赤ちゃん改めファユちゃんを眺める。捨てられた割に健康的なムチッとした体はとても可愛くて頬が緩んでしまう。


「まーまぁ?」

「ママっすよー」


「パパですよー!」

「ぱーあ」


「惜しい!」

「最初は言えるのに2回目は難しいみたいっすね」

「わあうぃ」



 何を言ってるのかは分からないけどとにかく可愛い。ともかくかわいい。マナさんといい勝負だ。



「お茶どぞ〜」

「どもー」

「いい匂いっすね」

「ちゃ!」


「そして出来たてのミルクもどぞ〜」

「ファユちゃんはこっちっすよー」

「ちゃ!」


 壁になりたい気分だが、私は父親の大役を背負っているのでそうもいかない。とりあえず尊さを相殺するため、お茶に口をつける。



「ん! このお茶、すごく美味しいです。お茶特有の苦味は強すぎず薄すぎず、喉にスルッと入る柔らかい感じがとても素晴らしいです」

「よかったわぁ。あ、今出したので最後やからそれは堪忍なぁ?」

「どれ、ん! たしかに美味しいっすね!」


「ちゃ!!」

「はーい。今ミルクあげるっすよー」


「マナさん、それが終わったら今度は私に抱っこさせてください」

「もちろんっす」


 よし。私の手腕の見せどころだ。パパっ子にしてやるぞー!


 心の中で闘志を燃やしていると、奥のドアが開いた。すっかり忘れていたが、この家にはコガネさんのペットもいるのだった。



 〈――〉

 〈あら。コガネ、お客様?〉


「友達や」

「喋ったああ!? ……いえ、割ともう驚くほど新鮮ではないですか」

「どらごんみたいな生き物って意外と多いんすかね」

「やゆぅ?」


 出てきたのは、あらかじめ聞いた通り犬のチワワとたぬき? であったが、まさか喋るとは。犬の方に関しては喋ってはいないのだが、吠えたりしないだけで何か言おうとしているのは感じ取れる。



 〈――〉

 〈こっちの犬は喋れないけれど、名前はライラ。そして私はメロス。たぶんコガネはタヌキとか言ってるだろうから訂正すると、アライグマよ〉


「コガネさんは……独特なネーミングセンスしてますね」

「メロスはんは元からメロスって名乗っとったよ」

「メロスって……」



「『走れメロス』が元ですよね? いったいぜんたいどこにそんな要素が……?」

 〈知らないわよ〉


 あの話にアライグマ要素はないはずだし、コガネさんが名付けたわけでもなく当の本人さえも分からないときたらどうしようもない。無駄な詮索はやめだ。せっかくのお泊り会なのだから、何も考えずにのんびりね。



「ほらほら。そないなことより、ご飯にしいひん?」



 ◇ ◇ ◇ ◇


「うぷっ……昼に食べる量ではありませんね」

「うちも満足やわぁ」


 鍋を見事平らげた私たちであったが、如何せん量も多く、ドカ食い気絶という犠牲も出てしまった。


「もう無理……っす…………」

 〈うぅもう……おかわりはいらないって…………〉

 〈――〉


 マナさん、メロスさん、ライラさんである。揃って床に伏しているので、後で移動させないといけない。食事中に普通に寝てしまったファユちゃんも。

 重くなった体を椅子から立たせ、コガネさんと協力して後片付けを始める。



「リアルのことを聞くのはマナー違反かもしれませんが、コガネさんって――」

「京都生まれやで」


「あっ、即答。隠してると思ってたんですけどいいんですか?」

「ん~。その方がミステリアスか思うたけど、まあええかって」

「なるほどー」


 気分屋さんだ。何というか、自由奔放を体現したような人で、少し羨ましい。失礼かもしれないけど人生が楽しそうで。余計な事ばかり考えてしまう私とは大違いだ。……いや、最近は割と何も考えない場面もあるけど、今とか完全に余計な事考えてるしなー。


「――よしっと。洗面台に運んだのはいいものの、これどうやって洗うんですか?」

「じゃじゃん! この魔道具を使うんや」


 コガネさんが棚から出したのは、コーヒーポットのような代物。

 細かい部分でおしゃれな模様がついている。


「これを現実と同じように蛇口の位置に置いて――こうやって、ボタン一つで水が出るんや」

「すごい! 動力は……」


「魔石や」

「あー、確かに魔道具って魔石で動くんでしたね」


 食器洗いの経験はないので、コガネさんに教えてもらいながら四苦八苦。

 これを毎食やってくれてるお母さんにはこの後しっかりお礼を伝えておこう。


「それにしても、メロスさんって不思議な方ですよね。なんだか人生経験豊富というか、そういうのがにじみ出ていて」

「それはうちも詳しく知らんけど、メロスはんと会ったのは魔大陸やからなー。やっぱし人間とは違くて長寿なんちゃう?」


「え!? 魔大陸で!?」

「あ」


 口が滑ったというように口をあんぐりと開けるコガネさん。

 しかし、こんながっつり公国の森の中に住んでるから、てっきり人間の初期リスポーン地点である王国からここに来たのだと思っていた。


「魔大陸に行ったことあるんですね?」

「んぅ~…………んんんんん!」


「だ、大丈夫ですか?」


 どうしようもない気持ちがあふれて、洗剤で泡だらけの手で頭を抱えている。しかし若干俯いていて彼女の表情は見えない。


「もう! どうしたらええの!? ミドリはん、ちょいズルすぎへん!? うちの良心がおかしなる!」

「えぇ……私何か気にさわることしました? いくらでも謝りますよ?」



「――――ミドリはん、人殺したことある?」

「……まあ、はい。少し暴走してがっつり大量にやったことも、敵を倒すという大義名分の下やったこともあります」


 わざわざ言うのもどうかと思ったが、コガネさんの目は真剣だったので誠意をもって答えた。


 シリアスな空気をつくってきたのは構わないが、頭の泡は何とかしてほしい。結構面白い絵面なのだ。


「そうなんや……。やっぱりそうなんや」

「え、私そんな人殺しの顔つきしてます?」


「ちゃうちゃう。その服、血の匂いが結構染みついとるから。ってどんどん話逸れてっとる。メロスはんとの出会いやっけ」


 あれ、私の告白必要だった?

 何であんなこと聞いたんだろう?



「うちは――ん~、まだこれはやめとこ。ともかく、メロスはんは元の飼い主を見つけるまでうちと一緒に来るって感じになったんや」

「やめといた部分がすごく気になるんですが」


「まだ親密度が足らへんよ~」

「そんなシステムが……! ――冗談はともかく、メロスさんが長寿だとしたらその飼い主さんが今生きてるか微妙では? そこら辺、彼女は分かってるんですか?」


「ん? それなら心配いらへんよ。その飼い主はんと別れたのはついひと月とちょい前らしいから。なんなら異界人らしいしなぁ」

「……となると魔大陸のプレイヤーですか。しゃべるアライグマを連れたプレイヤーなんて居たらすぐ判明しそうですね。今度配信で聞いてみます」



 魔大陸のプレイヤー自体少数だし、簡単に絞り込めそうだ。視聴者たちは検索エンジン並に便利だとしみじみと実感する。



「せやった、配信者やったね。でも名前まで分かっとるからな~」

「ならもっと簡単に見つけられますね」


「せやね。たしか名前は…………なんか白とか黒とかそのへんやった気がする」



 どっちも知り合いです。

 いや、黒の方はまだ会ったことないけれども。


「シロさんなら私知り合いです。クロさんは名前程度なら知ってます」

「さすが人気配信者や。コネの厚さがちゃうな!」


「それで、白か黒か、どっちなんですか? 知り合い経由で連絡も可能ですよ」

「……覚えてへん。そないな急ぐものちゃうから、な?」


「そういうものですか? 私は別に良いんですけど」

「………………さ、洗い物も終わったしログアウトしいひん?」


 コガネさんの心は読めないが、悪意は感じられないし、まあいいかな。

 メロスさんにとっては仮の同伴者なのかもしれないが、コガネさんにとってはまた別の関係なのかもしれないし。そういうのは当人同士で話をまとめてからの方が良い。


「そうですね。その後は夕飯の支度と、女子会ですからね!」

「わー、楽しい夜になりそうやなー」


 ふふふっ! 今夜は(盛り上がって)寝かさないぜ!


「あ、そいやぁメロスはんのこと“彼女”って言うとったけど、『わよ』口調に関係なくメロスはんはオスやで」

「えーー!?」





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