#其の盾は世界を覆う#



 ミドリがマナと合流する前。

 ファユが苦しみ始めたと同時にマナの前に女性が現れた。



「……お久しぶりですね、ソフィ。ここにはあなたが求めるような面白いものはありませんよ」

「久しぶり、マナンティア。でも残念。こちらの目的は3つ、んーん、4つもあるのよ」



「あれ? 前の変なキャラはやめたので?」

「今後為すことはとしてやってこそ意味があるから」


「この子もその一環だと?」

「実験的にね。さて、談笑しに来たわけでもないし――ん、どうやら彼女は寄り道するみたいね」



 その少し後にミドリが合流した。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 ミドリがファユを連れて走り去り、マナはキーホルダー状態の盾を武器形態にして構える。

 それは本来の盾の使い方ではない攻めの構え。



「自分の神器があるのはあんただけじゃないの」


 そう言ってソフィと名乗る女性は、どこからともなく手のひらサイズの黒い正四面体の物体を取り出した。

 それはフワフワと浮かんでいたが、4つの黒い剣と1つの球体に分離する。



「本気っすか……って演技しすぎて癖になってますね」

「あー、私も前あったわ。それ、長い間やってると戻すのにも一苦労よね」



 両者ともに神器を構えているにもかかわらず、世間話をしているという異常な光景。それは数多あまたの戦場を共に乗り越え、時には喧嘩し、寝食を共にしてきたからこその距離感だった。

 ――しかし、時間の流れとは残酷で、この救われなかった者たちが再び背中を預けることは決してない。



「ソフィほどではないんですけどね」

「それはそうね。もしそうだったら、とっくの昔にあんたは私を止めてる」


「それ以前に一人にしなかったら、にはならなかったかもです」

「今更ね。私達はこうして敵対している、それだけでもう十分でしょ」


「…………何をするつもりなんですか」


 最後に聞いておきたいと目を瞑って尋ねる。

 それは縋りつくような声で――


「彼の世界を否定するの。要するにこの世界との心中ね」

「……っ! なんでそんなことを!」



「だってそうじゃない。彼の守った世界がこんなに醜いまま、しかもそんな世界を何とかしてくれると思ってた彼はもう帰ってこない。だから壊すの。彼の力を集めて、その力で終わらせる。私は彼の力を感じて消え、世界もこれ以上の醜態を晒さなくてすむ。いいことじゃない?」


「……分かり合えませんね。わたくしは、弱々しくも未来あすに向かって歩み続けるこの世界を愛していますし、守ります。だから――ソフィ、もう眠りなさい。十分頑張りましたよ」



 お互いの考えを吐き出し、しばらくの静寂がこの場を包む。

 その間お互いに相手の目をじっと見つめている。


 沈黙を破ったのはソフィ。

 宙に浮かぶ黒い剣の矛先をマナに向けて言い放った。


「眠るのはあんたよ。今度は転生させないから」

「(ブラフということでもないでしょうし、やはり転生対策はしてきていますか……)負けませんよ」



「【暗黒聖剣ホークシス】」

「【神盾アイギス】」



 まずは小手調べという空気が流れる。

 黒き剣がひと回り大きくなり一斉照射。

 大きな光の盾がそれを真正面から受け止める。



「はああぁ!」

「【飛翔】」



 直接盾で殴りかかるが、飛んで回避される。

 マナはそれを見て不思議そうな顔を浮かべた。



「神能使わないってなめてるんですか?」

「まさか。いい加減私達だけの本来の力で決着をつけて、それから始末しようと思ってたわ」



「なるほど。でも、正面から戦って貴女あなたに負けたことないですよ。まだ懲りてないんですか? 鍛えてないのは見れば分かりますけど」

「一種のケジメなの」



「……そういう所は変わってませんね」

「かもね」



 再び武器を構える。



「【暗黒聖剣ホークシス】!」

「【神盾アイギス】!」




 暗黒の聖剣は瞬く間に増殖し、その数は数百を優に超えていた。

 対する神の盾も呼応するように増えて、聖剣すら凌ぐ周囲を埋め尽くす量顕現した。


 ひとつひとつが神にすら致命傷を与えかねない圧倒的な火力、そして何よりその膨大な物量。

 神話の戦場ステージがそこには広がっていた。


 お互いがお互いの攻撃を相殺し合う。

 だが、神器の適正――つまり本来の使い手であり純粋な神であるマナの方が一枚上手。


 ソフィはとある神と人間から生まれた半神半人デミゴッド、一方マナは既に魔神の地位に在らずとも運営が用意した真性の神である。



「いっけえぇええ!」

「くっ……!」



 マナが盾を降ると、静止していた分の盾が動く。

 綺麗に相殺して余った光の盾がソフィに突き刺さった。命中する度に消えるそれは、数百程の連撃で再生の隙すら与えない。



「ゴホッ! 【黎明の鈴】」



 小さな鈴が鳴る。

 刹那、盾の群れがまとめて消えていった。

 特定のスキルを妨害するスキルである。



「相変わらずタンクとは思えない火力ね……」

「褒めても手加減はしません。というか、そっちはそっちでなまってません? 近接戦闘を避けているように見えますよ」



「サボったからね。下手に近付いたらあんたにコテンパンにされるだけ」

「でしょうね。――――そろそろ、お互い覚悟は決まりましたかね」



 一見無駄話しているように見える光景は、本人達にとっては大事な時間だったのだ。

 マナにとってはかつての仲間を殺す覚悟、ソフィにとっては神器解放の最後の一発を使うことと、過去を上書きする覚悟。


 未来を大きく変える分岐点は揺らぐことなく固められた。

 希望に満ちた未来か、あるいは終焉を受け入れる未来か。それは誰にも分からない。この本物の世界は神にも運営にも掴めない。



(未来があるのかすら分かりません。誰も知りません。誰も教えてくれません。それでも――)





「『全てを呑み込む混沌よ』」


「『命を護る薄明よ』」



 詠唱が同時に唱えられる。



「『此処は不毛の地なり。紛糾のくうを喰らい、世界を絶望で満たし、愚者の理想を打ち砕け』」


「『影落ちた楽園に喜びを、色褪せた桃源郷に怒りを、荒れ果てた木に哀しみを、追いやられた精霊に楽しみを。さぁさぁ、棘をお仕舞いな』」




「【神器解放:混沌之無禍ホークシス・ヴラカス】」



 先に発動したそれは、ずっと浮かんでいた黒球体に異変をもたらす。空高く舞い上がり、際限なく巨大化していっている。

 その大きさだけでも大陸を押し潰せる。それに加えて風が吹き荒れ、大雨も降り出し、嵐すら振りまいていた。




(それでも――)



 マナは希望を支える強さを見た。

 マナは信頼を培う光を見た。

 マナは不屈を預かる明かりを見た。

 マナは未来を描く翠を見た。



(きっと大丈夫です。わたくしたちの夢の続きを始めてくれるはずなのです。だから、このバトンはせめて力強く投げて繋げましょう)




 後ろにミドリとコガネが居たのを視認して軽く微笑んだ。



「【神器解放:守護之荊翼アイギス・ネフリティス】!」





 世界に迫っていた危険の塊を、同じくらい大きな盾が受け止める。

 しかし、ソフィの放ったそれは前回の使用から数千年チャージし続けた、神器の自壊を代償とする神器解放。その質量は世界を呑み込んで余りあるほどのものであった。



「命散らした旧友のために、未来を切り開く友のために、他でもないわたくしの――マナの自己満足で世界を守るっすよー!!!!」




 棘の無い優しき茨が盾から伸びる。

 そして、おもむろに混沌を包み込んでいく。

 時間をかけて、しっかりと隙間なく包むと、元から何も無かったかのように消えてしまった。



「私の負けね。でも、こうさせてもらうから【宝石封印】…………本当に、悔しいわ」



 悔しさ満点の顔のソフィは、容赦なく余力の残っていないマナにスキルを使った。マナの体はゆっくり消えていく。


【宝石封印】は対象者の体を魂に圧縮し、まとめて魂を宝石にすることで封印するスキル。残骸となった体は封印解除後のために消滅する。プレイヤーの死で死体が別の空間に転送されるのと同じ仕組みだ。

 要するに、魂である宝石を残して他はポリゴンとなって消えていくのだ。



「マナさん――? マナさん!!」

「み、どりさん? ……マナは、ちゃんと守れたっすか? 守護者として、相応しい背中は……見せられたっすか?」



「すごかったですよ! でも、でも……!」

「あはは〜、大丈夫、っす。冒険の先で会えるっすから。だから、あの子を、ソフィを、倒して、休ませてあげて――――」




 マナは完全に消え、そこには澄んだエメラルドが転がっていた。



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