#117 堕天

 

 彼女の魂の証を、彼女の盾の空いた空間に無心で付ける。もともとそのために用意されたような空白だった。

 その盾もキーホルダーに戻してストレージに入れておく。



 死んで……はいない。そのまま受けとるなら封印されただけなのだから。また会えるのもきっとそうなのだろう。


 でも、


「殺す」



 私の大切な人を傷つけたのだ。

 自由で動き回ってこそのマナさんを宝石に押し込めたのだ。


 今までの比ではないほど殺意が湧いている。

 破壊の時のあれよりも素の私で殺したがってるからよっぽどだ。


 表面上は一応冷静だ。

 深層心理は「殺す」の文字で埋め尽くされているが、敵の排除に支障は出ない。

 おそらく最初に親しい人を殺された時はとしての目線が強かったのだろうが、今は血や死に慣れてしまい、戦いに染まっている。いつの間にかになってしまったのだろう。

 悲しいことだ。




「ここからは私がやる。あんたは帰って」

「……は」


「ああ、私が送らないと。そいっと」



 あの【魔弾】使いはあの女の部下だったようで、送還されたらしい。まあ心底どうでもいいが。





『堕天率が100%を突破しました』『種族:堕天使 になりました』『スキル:【天眼】が使用不可になりました』『スキル:【神聖魔術】が使用不可になりました』『スキル:【飛翔】が使用不可になりました』『スキル:【天使の追悼】が使用不可になりました』


『スキル:【祀りの花弁】の1枠目が咲きました』『スキル:【祀りの花弁】によりスキル:【不撓不屈ふとうふくつ】をコピーしました』



「ステータスオープン」



 ########


【祀りの花弁】ランク:レア

離れていても、その心は一つ。

「別れ」の際にスキルをランダムで一つコピーする。プレイヤーは対象外。五つまで。

・不撓不屈

・――

・――

・――

・――



スキル

【不撓不屈】ランク:ユニーク

どのような困難があろうとも、決して挫けず立ち向かう。そんな精神であるために、常に解決の糸口を探し冷静に判断することができる。



 ########



 これのおかげか至って冷静でいられる。

 クールタイムはないようだしパッシブで働いてくれるようだ。


 代わりに使えなくなったスキルも多いが、そこは割り切るしかない。


 他の変化と言えば、種族が変わったことだろう。

 翼は漆黒の片翼になって片方の羽根は地面に散乱している。天使の光輪は黒ずんで落っこちていたので拾ってストレージへ。



 こんな冷静に状況を分析しているが、未だに殺意は衰えない。考えるのを辞めたらすぐに殺しに行く可能性が高い。


 冷静に、冷血に、冷徹に、あの女を殺さねばならない。だが力量差は私だって分かっている。

 ならば、ある程度譲歩が必要か。

 切り札は敵の力を削いでから。それまでは高火力で削るのみ。



「力を貸しなさい破壊神。お前を使い潰してやりますよ」


 〈かっかっか! おもしれぇ。やってみな!〉



 破壊の力が胸からこみ上げてくる。

 それを気合いで全身に行き渡らせる。


 この妙な感覚とステータスから、以前のスキルによるものではなく、破壊神本来の力を直接流し込まれている様子だ。

 出力は桁外れに上がったが、制御は難しい。それに反動とも呼ぶべき痛みも尋常ではない。


 本当に【不撓不屈】のおかげで考えがまとまっていて有難い。



 痛みも臨界点を超えた頃、体にヒビが入ってそこに紫の光が走る。

 そろそろ体を動かせないと自滅してしまうだろう。痛みで神経がイカれてマトモに動かない。


 いくら冷静でもこればかりはどうしようもない。

 つまり、気合いで乗り切ろう。




「制御もくそもあるか! 死ねこなくそおおおおおお!!」


 全力でジャンプして飛んでいる相手に突っ込む。



「堕天したとはいえ、そいつに力を借りる馬鹿がいるとは。魔術が効かないじゃない」



 先程からビュンビュン飛んできていたのは魔術らしい。色んな攻撃が飛んできていたが、全て消し飛ばしているので問題なし。

 強いて挙げるなら痛みが酷くて武器が持てないくらいだ。拳を握るのもままならないので――


「しね!」

「あっぶな……!」


 平手打ち。

 蹴り。



 と2発で地面に落下。

 やはり【飛翔】が使えないのはかなりの痛手だ。

 何か方法は…………あるかもしれない。



 破壊の力で空間、あるいは空気を破壊。

 すると真空ができる。つまり、そこに周囲の空気が流れ込むわけだ。

 指向性を持たせるなり応用すれば強引に移動できる。体が動きにくい今、この手段が一番いい。




「今度こそ確実に殺します」

「……あんた、聞いてないの? その力が神に弱いこと」



「しるか!! はああああああ!!!」

「私、空間神の神能持ってるから。あんたじゃ勝てないって言ってるんだけど」



 敵がこちらに指を向けると、私の胸に物理的な意味でぽっかりと穴が空いた。破壊の力の供給源だったので一気に力が抜ける。

 そしてもちろん空中で投げ出されて落下する。


 心臓ごとやられてるのに生きてるのが意味不明なくらいだ。


「よっと。一人で突っ込んでどないするん?」

「ごめ……ゴハッ……なさい」



 受け止められておいて、大量に血反吐をかけてしまった。


 意外と生きてるのは堕天使がしぶといとかいう性質を持っていなければ説明がつかないし、そうなのかな。



 ……はっきり言って、ここまで格が違うとは思っていなかった。ここらが切り札の使い所だろう。


「コガネさん、時間稼ぎお願い……コヘッ……します」

「そない体じゃ無理やろ【幻覚・誤認】」


 あれ?

 痛みが消えた。それに傷も治っている。



「無理矢理騙してるだけさかい、あんま持たへんよ。それに時間稼ぎもあんま持たへん」

「大丈夫です。ここまでしてくれれば十分です」




「さて、あちらの戦いもひと段落ついたようだし回収っと」


 ソフィとかいう女が森の方へ指を向けると、遠くに見えていたライラさんが消えてしまった。


 

「あかんわ。結構持つかもしれへんなあ……」

「任せました」



 私に引き続きコガネさんの逆鱗まで触れた。


「安心して欲しいわね。原始の獣もファユ? と同じで転送しただけ――」

「それでも許さへん【本能解放】【幻朧世界】」



【本能解放】は確か鬼人のマツさんも使っていたスキル。見た目も変わって、コガネさんは黄金の尻尾を計9本揺らしている。九尾とかいうやつだろうか?



「ま、私は集中しないと。確実にあいつを殺す」



 相変わらず脳内は「殺す」でギッシリだ。




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