##12 オウタルモノ

 



「【不退転の覚悟】」



『「可能性」をステータスに反映します』

『「オウタルモノ」の可能性の反映に成功しました』




 翡翠色のきらめきが私の内から発せられる。敵の斬撃はその光に呑まれて消滅した。



 どこかで諦め、いつからか冒険をやめた、ただ強いだけの王としての感情が流入してくる。それと同時に、私の頭に光の王冠が乗った。更にゴスロリ衣装の上から王に相応しい装束が重ねられる。



「【適応】」



 剣は眩い黄金の杖となる。

 壁の大理石に反射する私の瞳は、混じり気のない白金に輝いていた。



「――――」



 可能性の先の記憶がちらつく。

 負けを悟って強くあろうと君臨した少女の記憶。仲間を捨てて、部下を作って、ただ自身の国のためだけに身を削った悲しい記憶。


 ……王としては素晴らしいが、もはやその生き方は私ではない。


 押し寄せてくる記憶と感情を受け流し、私はその力だけを借りる。

 ステータスを確認するまでもなく何故か使いこなせる気がしていた。




「他者に操られ、王としての欲求を強制的に依存させられている哀れな魔王」

「何?」



「王とはすなわち、己の欲望の赴くまま国を牛耳り導く存在。それが侵略欲であれ庇護欲であれ」

「?」



「貴方に付与された肉欲は国を動かすには小さ過ぎるのです。――今の貴方に、王の椅子は座れません」

「くだらん問答だ」



 相手が小さく呟いて詠唱を始めた。いくつもの魔法陣が展開されていく。{吸魔剣2号}は無くなったが余裕だ。


 私は杖で床を叩いた。



「【聖杖覚醒】【王道世界】」



 杖から多彩な光の渦が出る。

 そして、世界スキルによって魔王城の上半分が消し飛んだ。空間を上書きするように現れたのは、私の城。城オンザ城である。


 同じ部屋で戦っていたコガネさんとソルさん達は、私の玉座の間とは別の広い空間に飛ばしておいた。下手に援護してもコガネさんの特殊な戦い方の邪魔にしかならないだろうから、あっちは完全に任せておく。




「魔術が消えた? 何なんだこれは……?」

「ここは私の居城、私の世界です」



【王道世界】は、私の敵に対して全ステータスダウン、魔力霧散状態、衰退状態を付与する。

 反して私には全ステータスアップ、世界内の千里眼、常時魔力補給がもたらされる。


 負ける道理など無いのだ。




「クックッ……ああ、強い。強いな貴様は。こんなに戦いで昂ったのはいつぶりだろうか!」


「知りませんよ。私は粛々と倒すだけですから」




「【限界突破】【晴天のつるぎ】」


「【仮初の神盾アイギス・レプリカ】」



 魔王が放った斬撃をスキルの盾で防ぐ。

 見覚えしかない盾の形に頼もしさを覚えながらこちらも仕掛ける。



「【王の牙】」

「なんの!」


 八つの光の牙が噛みつかんとするも、魔王はそれを剣技だけでいなしてみせた。想像以上に武闘派である。私も全開でいこう。



「【聖杖解放】【聖別の嵐】」


「【天元突破】【臨界到達】【黒鋼】」




 極光の嵐が何柱も巻き起こる。魔王は体を硬くして耐えようとしている。

 ――視界を埋め尽くす嵐が吹き止む。直撃した魔王は何とか傷だらけになりながらも確かに立っていた。



「そろそろ限界でしょう」

「かもしれんな。だが、一振りできれば十分だ」



 互いに必殺の一撃を狙う。

 魔王は剣を腰の横で構えている。

 私は杖を魔王に向ける。



「『あらゆる正義を打ち砕く。我は絶対なる悪なり――ゆえに神すら届かぬ高みにて、叶わぬ因縁を待ち続けよう』【魔威王風エラトマ・ディ・アドコス】!」



 私の世界にヒビを入れるほどの強烈な風が彼の剣に集っていく。確かにそれを食らっては一発KOだ。


 それを迎え撃つのは――



「『陽は落ち、樹は枯れ、水も道具も友も失った。私は孤独の王。信じられる者無ければ失う者無し。なればこそ、私は一人、片翼の鳥となってうたうのです』【王の唄モナクシア・リャフトルゥ】」



 無色透明な片翼の鳥が現れ、悲鳴のようなさえずりを響かせながら、矢のように突撃していく。

 それが魔王の風の斬撃と衝突する。



 本気で力んでいる魔王の様子を見て、私は私こそが魔王で向こうが勇者なのではないかと錯覚を覚えそうになった。傍から見たら実際そうなのだろう。


 そんな思考する余裕を持ったまま、魔王を頑丈な部屋の壁に叩きつけた。私の勝利である。



「頭痛い……」



 勝負がついたことで、【不退転の覚悟】の効果が切れた。展開されていた私のお城も泡のように消え去っていく。


 それにしても、いつにも増して“オウタルモノ”の私に引っ張られていた気がする。これ最終的に乗っ取られるとか無いよね? フェア何とかさんやっぱり邪神なのでは……?

 そんな疑念を抱きながら元に戻った部屋の様子を眺める。



 魔王さんは気絶して床で大の字になっている。

 そして疲労と頭痛で私もその辺に転がっていた魔王の玉座で休憩している。


 元の世界に戻って同じ部屋に帰ってきたコガネさんたちの方を見――





 ――――ドゴンッ、と空から何かが落ちてきた。



 私の世界スキルで天井は消えてなくなったので崩れたりはしていないが、落ちてきた存在が問題であった。







「じ、ジェニー、さん……?」






 あの傲慢で最強な皇帝が、右半身と下半身を失った状態で無様に転がっている。

 その瞳に生気は宿っていなかった。



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