##嘘つき狐##

 


「幻覚効かへんなぁ……」



 相手の感覚を騙す幻覚の効き目が悪くて愚痴をこぼすコガネ。同時に発動してある分身の幻影は効いているが、コガネとしては気に食わない様子である。



「直接的な精神系の攻撃はわたくしと同じく効果がございません。ご注意ください」

「先言っといて欲しかったわぁ〜」



 そんな掛け合いをしていると、ミドリの世界スキルが発動した。場所が移されるがそれ以外に変化は無い。




「何かはよ終わらせた方が良さげやな? 【本能覚醒】【幻朧世界】【黒白無爪】」

「承知しました【純潔の天使】【氷嵐】」


 決着に向かいつつあるミドリと魔王の戦いを察してか様子見を終わらせる。


 本来、世界スキルは他の世界スキルと併存することはできない。残る方は出力によって決まるのだ。ゆえに広域に渡る“オウタルモノ”状態のミドリの世界では二人が戦っている敵も世界スキルが使えないでいた。

 ――しかし、コガネのそれは通常のとは少し事情が異なる。種族に基づいた異質な世界スキルが霧のように広がっていく。



 その後、コガネとソルからそれぞれ爪の連撃と氷の攻撃が放たれる。それは【幻朧世界】で増幅して――――



「甘いわ。ええ、クリームのように甘いわ! 【色欲の悪魔】【魔魂纏い】【蓮撃】」



 サキュバスは悪魔の翼を出し、濃厚な魔のオーラを身にまとった身体で全ての攻撃を相殺していく。魅了が効かない相手の対策を怠る訳もなく彼女の身体能力は世界で見てもトップクラスなのだ。



「ちゃーんと無難に強いんやな」

「ああ見えて遙か昔の神話で生きた者ですので」


「なるほど。年増ってことやな!」

「ま、まあそうかもしれませんね」



「誰が何ですって?」



 サキュバスは、おちょくるようなコガネの発言にキレ気味に聞き返す。コガネは物怖じすることなく悪い笑みを浮かべながら返した。



「ええ年なんやなって敬っとるさかい、お気になさらずぅ〜」


「…………お前は……そうだ、気色の悪いゴブリン共の苗床にしてオークの『ピー』を『ピー』させてから徹底的になぶり殺して――」



 直接的な言い回しに関してシステムで聞こえないように設定してあるコガネとしては、大して何とも思わない。

 トドメを刺すように見下して一言、言い放った。




「品があらへんなぁ。なんぼ色欲っちゅう人の罪を背負うとっても、その様子やったら獣の方似合うてるんとちゃう?」



 あまりにも鋭い言葉の棘に、隣で立っているソルもコガネと目を合わせないようにしている。それを直接受けたサキュバスは、歯ぎしりをしながらこぶしを構えた。



「【神殺しの魔拳】」

「――っ、危ないです!」


 コガネに向かって神を殺すための拳が放たれる。ソルの注意も虚しく、コガネは顔で受けてしまい、頭が吹き飛んでしまった。



「そんな……」

「次はお前よ!」



 その拳のままソルにも打撃を打った。



「まだうちは無事やのに?」

「な!? お前どうして! ぐっ……」



 背後にいた五体満足のコガネは振り向いた相手の腹部に膝蹴りを入れてよろめかせる。



「死んだ思うた? 当たった思うた? ――怪我してる状態でここに来てる思うた? さあさ、何から何が幻やろなぁ……?」



 道中で深手を負っていたはずだが、コガネにはかすり傷ひとつ見当たらない。敵だけでなくソルやミドリといった味方をも欺く、用心深い狐は妖艶に微笑んだ。



「うち、嘘つきやさかい。ちゃーんと用心せんとあかんよ」




「どういうこと? お前はただの異界人の妖狐なのに……」

「もしかしてうちのステータスでも覗いたん? 悪いけどあれは偽物さかい。妖狐なんてうちの下位互換と一緒にせんといて」



 そう言ってコガネはソルの隣に戻る。

 そして、無造作に【幻朧世界】を解除した。



「え、まだ戦いは終わっていませんよ!?」

「平気やって。もう終わらせたさかい」




「ガァッ…………!?」




 突如サキュバスの背中にクロス印の裂傷が出現した。傷は深く、血が溢れて死に至る。爪で切ったのは確かだが肝心のコガネには返り血がかかっていない。鋭利な爪も綺麗なままであった。



「幻覚の効き目が薄いんは、うちとミドリはんの仇敵と皇帝はんくらいしか見てへん。ソルはんにはうちの幻覚が普通に効くから気ぃつけてな」



「でしたら幻覚が効かないって言ってたのは――」

「言わせんでよ。お、あっちも終わったみたいやね」




 ミドリの世界スキルが解除され、元の魔王城に戻っていく。


 ――絶望のカウントダウンは三秒前を刻んでいた。


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