##太陽と大地##

 

 帝国軍と魔王軍の衝突が始まろうとしていた時刻。皇帝であるジェニーは、従者のモニアを引き連れて目的の場所へ辿り着いた。

 暴食が封印されている“トバタの井戸”である。



「モニアよ、準備は良いな?」

「万全でございます」



 モニアは、暴食を封印している【節制】を血のせいで自動継承して封印の生贄となるところだったのを、冥界にいた先代が強引に前貸しならぬ前渡しをして根本的な解決をするよう求めた。


 そして、大切なモニアをみすみすと生贄にさせるジェニーではないので皇帝自ら動くこととなった、といったのがあらましである。




わらわも覚悟はできているのじゃ。封印を解除してもよいぞ」

「は。【節制の抑圧】解除」



 ――井戸が割れた。

 深く暗い井戸の底にてうごめていたそれは、久しい地上の空気を浴びるために勢いよく飛び出してくる。


 その怪物はもはや人の形を保っておらず、スライムのように不定形で、食べるためだけにその固体とも液体とも気体とも言い難い身体を動かしている。



「モニア!」


「【隔離結界】起動!」



 潤沢に用意してきた帝国の遺物アーティファクトの一つを発動する。

 その結界は内部から外部への影響をゼロにするものだ。外からは激しい戦いを見ることも聞くこともできないのである。



「後は手筈通りじゃ」

「承知しました。【観測展望台】展開」



 またまた遺物アーティファクトを発動。どこからも干渉されず、内部からは直接攻撃だけができない展望台を設置し、発動者のモニアのみがそこに入っていく。


 残されたジェニーはあらかじめ受けていたモニアのバフと彼女専用の鎧で身を包み、武器をその手にとった。



「【傲慢の直剣】」




 炎を纏った斬撃が瞬きの間に放たれた。

 その不躾な初撃を、暴食の怪物は正面から受ける。

 ――巨大な肉体を丸ごと消し飛ばすほどの斬撃は、暴食に触れた瞬間何もなかったように消え去った。一口にて食われたのだ。



 そして、攻撃を受けた暴食は飢えて飢えてたまらないお腹を鳴らしながら獲物を捕捉した。



「チッ……【絶対領域】!」



 迫り来る触手のようなものを防ぐべく発動。中に入れてから思い通りに敵を制限するのが本来の使い方なのだが、ジェニーの直感がそれを避けた。盾として【絶対領域】を使って触手を防ぎ、空中で動いて攻撃を受け流していく。



「(太陽くらいの火力をぶつけても吸収されるだけじゃろうし、かといって接近戦に持ち込んでも効き目はほぼ無いか……)」



 確実に凌ぎつつ相手を分析する。彼女の【帝眼】で敵の隅々まで見通すことが必須なレベルの相手なのだ。



「弱点は無いがその吸収速度は胃袋によるものじゃな。どうしたものか――っ!」



「ヒト、ヒト! 【ボーショクノアクマ】」



 不定形の怪物が人の姿となった。その背中に悪魔の翼を携えていることを除けば、ありふれた少女そのものである。

 触手と一体化した黒髪を揺らしながら不気味によだれを垂らしている暴食の少女は、人の姿で地に足をつけて突っ立っている。



「貴様のような気色の悪い存在が、人になろうなぞ笑えぬわ! 【傲慢の悪魔】【天落の極刑】!」



 シフを糧にして手に入れた悪魔の力を背負い、ジェニーは剣を振るう。それは【天落の極刑】により悪魔への特攻が付与された剣、しかもジェニーが力んだせいで時空を斬る斬撃になっている。


 為す術なく縦に真っ二つになった暴食の少女。

 しかし、何事もないように少女は笑った。




「「ジブン、オイシクナイノニ」」



 半分になった身体のまま自身を喰らい合う。あまりにも身の毛のよだつ光景に、ジェニーは思わず神能で炎の塊をぶつけた。



「ンー、コンガリヤケテオイシカッタ」



 いい味付けになったとばかりに感謝しながら、完全に回復した姿を見せつける。

 それを見て斬っても無意味だと悟ったジェニーは、空が焼け落ちるほどの量の太陽を浮かべた。



「燃え尽きるがよい!」



 空に浮かぶジェニーが天から太陽を落とした。【隔離結界】の遺物アーティファクトがなければ大陸どころか世界すら大変なことになっていただろう。

 絶対無敵の結界にひびが入る程の超火力が、ジェニー以外の全てを欠片の灰すら残さず燃やしていき――――



「アー、オイシカッタ」



 天文学的な熱量を余すことなく消化してのけた暴食の少女は、お返しとばかりにジェニーへ人差し指を向けた。

 すると大地が勢いよく隆起し、そこから無数の地面針が飛び出る。地を司る神を喰らって手に入れた神能であった。



「神能か! じゃがこの程度、なんてことないわ!」



 再度太陽を一つ作って迫り来る針を丸ごと焼き尽くした。しかし、太陽を食べながら少女がジェニーに肉薄した。神能を囮に視界を遮らせたのは無意識のうちだろうが、ジェニーも相手に理性があるとは思っておらず不意をつかれてしまった。



「【ボーショクノバンサン】」


「【傲慢の勅令】! のじゃ!」



 暴食の攻撃が僅かに逸れる。

 そしてジェニーは【絶対領域】で動きを封じる。

 ごく一瞬だけ動きが止まった。暴食の力で支配の概念を喰らって動き出すが、生じた隙は一瞬で十分である。



「『紅く輝け』」



 ジェニーの手に深紅の小さな球体が出現する。

 神器のスキルでもないのに、短いながら詠唱を必要とするそれは、彼女の最大打点であった。


 世界スキルよりも遥かに希少な、ごく一部の者にしか扱えない詠唱スキルだ。



「――【命の灯火ソルス・ノヴァ】!」



 生命力を使った、触れただけで塵も残さず一瞬で消し飛ばす火の玉が放たれた。大きさが飴玉サイズなのもあって暴食はそのまま丸呑みする。



「オイシ――カハッ!?」



 無限に思える胃袋にも火が回る。初めてダメージというダメージが入った。

 少女の消化機能とジェニーの火力がせめぎ合っているが、その隙にもジェニーは攻撃の手を止めない。次々と太陽をぶつけて消耗させていく。




「【ボーショクノ――――」



 少女の姿が消えた。

 否、瞬く間に移動したのだ。



「ハヤグイ】」




 ジェニーの心臓をくり抜いて食べていた。ジェニーの特別製の鎧もその食欲の前には無力であった。ゆっくりと、ジェニーは落ちていく。




「ハァ……」


 胃袋に燻っていた炎はジェニーの命と共に消えていく。


 暴食の少女は血反吐を手で拭ってから落ちていくジェニーを追いかける。強敵を食べられる喜びから無邪気な笑みを浮かべて。



 ――――炎が強くなる。



「まさかあれを受けてまともに動けるとはのう。わらわも流石になめ過ぎておったか」



 ジェニーのパッシブスキル、【再燃】は復活することのできるスキルだ。長いクールタイムがあるが何度でも使えるので、使うと消えてしまう【復活】とは少し仕様が異なる。【復活】はすぐに獲得し直せば【再燃】より回転率が高いが、如何せん獲得難度が高過ぎる。


 優劣はつけられないが、いずれにせよジェニーの復活スキルは、この度の戦いではこれが最後であった。



「【冥炎】【傲慢の直剣】」



【冥炎】を発動。死の体験から強化を受けて、消えた武器を再度手に取る。



「貴様の中の炎は妾がいる限り消えぬ。貴様が燃え尽きるまで攻撃を凌ぎ切れば勝ちじゃな」



 不意打ちも警戒しているジェニーであれば時間稼ぎくらい容易だ。退屈な幕引きだが、勝利は勝利だとジェニーは自身を納得させ、敵の即死級の攻撃を捌く。



「ガア゛ァ゛ァ!!!」


 人の形が崩れつつある少女は標的を変えた。欠片のように残っていた知性が指し示したのは、暴食であれば攻撃を届かせることも可能な人間。

【観測展望台】によって、本来なら攻撃はできないのだが、【暴食】が食べようとすればどんな障壁も意味をなさない。


 展望台から暴食のスキルをいくつか封じて援護をしていたモニアの眼前に、巨大な蛇のような触手が迫る。



「モニア!」


「き、来ては――!」



「【ボーショクノバンサン】」




 パクリと肉を噛みちぎった。

 それはとても熱く、ホカホカの肉であった。



 最期の最期に放った太陽もまとめて食べられ、下半身が胃袋に収まった。まだ若干生きていたのを察知した暴食は、更に左半身を食べた。

 丸呑みしなかったのは、下手に全身を食べて、内側で妙なことをされる場合を無意識に考えてのことだ。


 倒したであろう獲物をつつく小動物のように、少女は大地の杭を突き出して死体を吹き飛ばす。何の抵抗もないまま遠くへ飛んでいくのを見て、暴食の少女は食事のためにそれを追っていく。


 そう、ミドリ達の居る魔王城へ。





「へいか……? だめです。居なくならないで」



 ジェニーに庇われたモニアも、震える全身のまま彼女の仕える皇帝陛下の所へ走る。


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