##56 第三試練『克己』
ヒスイと名乗った天使は私の自己紹介を待っているのか、ソワソワとつぶらな瞳でこちらを見つめている。
「……私はミドリです」
「よろしくっすー」
初対面の人に私がここまで動揺しているのには理由があった。
この口調にこの雰囲気、性格的な点でもマナさんと瓜二つ。そして私がマナさんと出会った最初期、彼女は記憶喪失で自身のキャラすら曖昧だった。
憶測に過ぎないのだが、もしかしたら、マナさんは目の前にいる人の――いや、逆にマナさんが既に転生してこの人になっている可能性も?
「頭痛い……」
「だ、大丈夫っすか!? 【憩いの
状況に混乱していたら、ヒスイさんは治癒系のスキルを使ってくれたようだ。
落ち着け私。
たまたまキャラ被りしているだけの可能性の方が高いのだ。気にせず普通に接して試練関係のことを尋ねるべきだろう。
「もう大丈夫です。ところで、試練の説明とかってできたりします?」
「試練? ここで何かやってるんすか?」
「……? あの、ここって天界ですよね?」
「? そうっすね」
「今って地上にプレ、異界人とかいますよね?」
「いかいじん? ちょっとわかんないっす」
「…………直近の大きな出来事とか教えてくれません? ちょっと冬眠していて疎いんです」
「ほぇ〜、堕天使は冬眠するんすね。大きな出来事だと……世界樹が折れたこととか、イレモさんがうっかり北の人大陸をちょっと消し飛ばしちゃってクーロさんに怒られてたとかっすかね」
ははーん。勘のいい私は気づいてしまったぞ。
どういう原理かはさっぱりだけど、私、タイムスリップしてるみたいだ。世情に疎い私だが、流石にそんなことが起きていないのは理解している。
過去か未来か、どっちに来たのかを探っていくか。
試練の合格条件が分からないので手当り次第、ゆっくり解明していこう。
「ちょっとヒスイ、なに寄り道してんのよ。昼食の時間よ」
「あ、コハク姉様! ちょうどいいところに!」
「ちょうどいい? ……何で堕天使なんかがここに居るのよ? 説明してちょうだい」
ヒスイさんに似た天使が森の中から出てきた。
姉妹だろうか。よく似ている。
それに、第一試練の案内音声さんにそっくりだ。
「この人はミドリさんっすよ。冬眠してたみたいっす」
「冬眠? 何言ってんの?」
適当に誤魔化したところをつっこまれてしまった。鋭い眼光が私をじっくり突き刺していく。
「――やっと見つけた。コハクはもう少しゆっくり歩いておくれ。ん? ……ヒスイの友人かい?」
「ライフェルト様、堕天使です。討伐してもいいですか?」
「争いはダメっすよ!」
森の中から、今度は白い髪の儚げな美青年が出てきた。関係性はこの二人の天使より上の存在だろう。しかし、天使の特徴は見られない。どういうことか。
「いや、討伐はしないでほしいね。彼女に戦う意思がないのは見ればわかるよね?」
「ヘイワサイコー」
好戦的な金髪の天使のために、とりあえずバンザイして無害を示す。
「嘘くさい……」
「いいっすね。ヘイワサイコーっす!」
「……さて、君は
「トラベラー? タイムスリップした人の総称ですか?」
「やはり時空を越えてきたようだね」
「しまった! カマかけですか!」
なんて高度な罠なんだ!
私をこうも騙すとは、なかなかやるでないかライヘェルトさん。
「
「……誤解しているみたいなんですが、私、別に自力でここに来たわけではありませんよ」
「へぇ?」
「堕天使から天使に戻してもらう試練としてここに飛ばされたんです。正直何をすればいいのか、今がいつの時代なのかもさっぱりです」
それを聞いた彼は不思議そうに思案していたが、しびれを切らしたコハクさんがため息をつきながらある提案をした。
「ねぇ、長くなりそうなら一緒に食べながら話したら? 今日は神気で過剰成長したイノシシ肉なのよ。いい加減はやく食べたいわ」
「イノシシっすか!? 今行くっすよー! 【飛翔】!」
「あ、こら! ここで飛ぶのはダメって言われてたでしょ! 【飛翔】!」
ヒスイさんは天然な自由人のようだ。
騒がしい二人が飛び去るのを見届け、ライフェルトさんは申し訳なさそうにしながら私を案内してくれた。
他人事ながら、苦労人の立ち位置で大変そうだと同情した。
◇ ◇ ◇ ◇
空を飛ぶ天使二人のスカートが下から見えやしないか、下心と心配心の半々で凝視していると、いつの間にか皆さんの拠点に到着したようだ。
「イノシシっす!」
「ただいまでしょ。ほら、手洗うよ」
「申し訳ないが、ここに来たら手を洗うのがルールなんだ。道具の使い方はあの子らを見ていれば分かるはず」
「は、はぁ」
まさかまさかの和式の一軒家。
玄関で当たり前のように靴を脱ぎ、洗面所でしっかり手洗いうがいをしていた。驚きながらも私はその工程をつつがなく終わらせる。
「随分と手慣れているね。あまり一般的ではない文化だとは思っていたのだが」
「直感的に使えるようなユニバーサルデザインですので」
若干の
外観は木造建築に瓦屋根、見渡す限りの内装では部屋のドア代わりにふすまが使われている。
記憶の片隅にある祖父母の家に似た香りもする。
懐かしい気持ちに浸っていると、ヒスイさんとコハクさんの通った引き戸から一人の少女が顔を出した。
「誰のお客さん? お茶は用意した方がいいの?」
「ある意味全員のお客だね。お茶はよろしくお願いするよ」
黒と金の入り交じった長髪。
その瞳に混沌を宿した、人と神の混じった怨敵がそこに居た。
「――職業、《風魔法使い》」
『職業:《風魔法使い》になりました』
「風の刃よ〖ウィンドカッター〗!」
しかし、魔法は霧散して消えていってしまった。
「まったく。ソフィはまた初対面の人を怒らせたのですか?」
「いやいやいや。今回に限っては私、本当に何にもしてないわよ?」
「――――マ、マナさん!?」
私の攻撃を霧散させ、間に入ったのは、私たちと冒険をしていた時とまったく変わりのないマナさんであった。
「
「え、いや、その……」
慣れない大人っぽいマナさんに、敵意のないソフィ。今の状況を飲み込めないでいると、ライフェルトさんが助け舟を出してくれた。
「色々と共有すべき情報が多そうだが、食べながらにしないかな? 天使の二人が待ちきれない様子だからね」
部屋の中をちらっと除くと、食卓でまだかまだかと待ちわびている二人が。
ヒスイさんにいたっては、肉汁を防ぐためかナプキンまで装備して準備万端である。
そんな平和的な様子を見て毒気を抜かれ、私の時代のソフィとは別人だと割り切って警戒を解いた。仇と似ていて気が動転してしまったと言い訳して、私は食卓に混ぜてもらった。
「で、どこの誰? どうしてマナンティアの名前を知ってるのよ?」
「まあまあ。そうかっかせずに。話したいことから話せばいいではありませんか」
「
「こら、口に入れたまま話さないの」
本来であれば、今すぐにでもマナさんの胸に飛び込みたいが、それをしたら変人扱いされて追い出され、試練が終わらない可能性もある。
下手なことはできないから、真摯に答えるほかないだろう。
「話してもいいんですけど……結構荒唐無稽な話ですし、ライフェルトさんの口からお願いできます?」
「それもそうだね。では、代わって説明しよう。彼女はミドリ。今は堕天使だが、天使への復帰試練として彼女のいる未来から今に飛ばされたようだ。試練の終了条件も不明らしく、協力して欲しいとのことだよ」
協力までは要求していないのだけど、まあそういう流れでも構わないし、口は挟まないでおく。
「なるほど、未来の
何やら考え込んだりつぶやいたりした後、マナさんは頭を抱えだした。こういうところは私の知る彼女そっくりだ。
仕草がいちいち可愛い。
「どういう仕組みかはこの際どうだっていいのよ。過去に島流しみたいなことをされたわけではないなら、何かしらのゴールがあるはずよ。何か心当たりは無いの?」
「ゴールですか……この試練の前は天秤にかけて自身の価値判断を鑑みるものと、あとは危険な橋を渡るかの度胸試し的なやつですね」
そう考えると共通点が見つけられる。
片方は意思を選び、片方は行動を選んだ。
「「――選択?」」
私とマナさんが綺麗にハモった。
冒険の中で私がマナさんの思考回路に寄っていったのか、もともと似たような思考回路をしていたのか。時間に左右されない圧倒的心の繋がりを感じた。
「洗濯ならヒスイも得意っすよー」
「あんたは黙ってなさい。真面目な話なんだから」
ヒスイさんもなかなか可愛い。
でも、私はマナさんにしか屈さないんだから!
「ちなみにその試練の出題者は誰か分かるかな?」
「出題者はたぶんフェアイニグっていう女神さんですね。自称職業神です」
「ああ、彼女か……それなら意地悪されることもないし、単純に考えるなら元の時代に戻るかの選択だろうね」
「その線が濃厚でしょうね。あの方は純粋で優しい方ですし」
「フェアイニグ? そんな神いたんだ?」
「強そ……コホッ、うぅ」
「ほら、水飲みなさい。喋るために慌てて飲み込まないの」
引きこもりとは聞いていたのだが、まさか全知全能そうなソフィすら知らないとは。
やはり神の間のネットワークがないとすべての神の把握は難しいのだろうか。
「彼女は特殊でね。詳細は仲間内でも話せないよ」
――ガタンッ!
優男っぽさ満点のライフェルトさんが口に指を当てて秘密だと言っていると、勢いよく玄関の戸が開く音がした。
「帰ったぞー、ってお客さんか」
「君らはまた面倒事を持ち込んだのかね?」
我が物顔で入ってきたのは、片方は初老の紳士、もう片方は――――
「父上、おかえり」
「お父様、お疲れ様です」
「
「だから、あんたは食べるか喋るかどっちかにしなさいって! あ、おかえりなさい」
「クーロ、随分と早いお帰りね。予定より1日くらい早いんじゃない?」
私以外のこの場の者が元気よく迎え入れている。
しかし、私は驚きのあまり話せないでいた。
「早い分にはいいだろ。それよかそっちのお嬢ちゃんは? ……どっかで見たことがあるような?」
「……気の
「未来かぁ。やっぱりまたトラブルじゃねえかよ……俺はクーロだ。一応人神をやってる。こっちは技神イレモだ」
「よろしく。しかし、見た感じ君はプレイヤーだろう? そうなるとやるせなさも出てくるな」
人神クーロ、彼は以前そのクローン的なボスと戦ったりもしたが、一番のネックは現実で何回か面識が
私が入院していた頃に、恩師である
あの
私のイフから力を借りたりして、プレイヤーの別世界線も計算されているのは知っていたが、彼が行っていたらしいαテストの時からやっていたということになる。さすがAWOの運営、こだわりが強い。
「おいおいイレモの旦那、やるせなさってなんのことだよ?」
「簡単なことだよクーロ君。彼女が本当に未来から来たと言うなら、ここはワールドシミュレーションシステムの一部に過ぎない。我々は偽物で、どれだけ努力をしようと徒労に終わることになるのさ」
私が半ば感心している間に、イレモさんが核心をつく発言していた。あまりにも正論で、私も同じ立場ならそう感じても不思議ではないため、私は目を逸らしてことの成行に任せることにした。
「だから何だってんだ?
「…………ふっ、それを言われては勝てないね。君はとても意地悪だ」
「あっはっは! 娘さんにもロマンを求めるように言いまくってるって室長が愚痴ってたからなァ」
何の話かはさっぱりだが、空気が弛緩したのは肌で感じ取れた。イレモさんは観念したようにこの場の仕切りをクーロさんに無言で譲った。
「ま、緊急事態ってわけでもなさそうだし、ゆっくりしてけよー」
「ありがとうございます」
「急いては事を仕損じる、とも言いますからね! 宜しければ
「ヒスイも護衛するっすー」
私の滞在も歓迎され、休憩をしてから天界を観光することになった。
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