##57 私の在り処

 


 試練として過去に飛ばされてから、3日経過した。システム制限でメッセージは送れないため、竜の渓谷で合流を約束した仲間たちには連絡がとれていない。

 しかし、ここの生活は私にとって心地の良いものであった。



「マーナしゃーん♪」

「はーい♪」



 試練を受けているはずの私、堕天使のミドリは現在、マナさんのお膝を枕に耳かきをしてもらっていた。ここ数日でちゃんと意気投合し、定期的にオギャッているのだ。


 現場をソフィさんに見られた時は液体窒素すら温かく感じるレベルの冷たい目で見下されたものだが、私は一向に構わない。


 周りの目を気にして、マナさんとのスキンシップタイムを逃しては大きな機会損失となる。



「ああ、そこいぃ……」

「お、ここですね」


「あぁん……」

「ぐりぐり〜」



 耳かき、最高。

 これはASMRとして今すぐ売り出すべき。

 私が買う。



「ヒスイもやってほしいっす」


「順番ですよー、ちょっと待っててくださいねー」

「変わるのは構いませんけど、その後はまた私の番ですからね」





 目の前でその様子を観察していたヒスイさんもマナさんのお膝を求め始めた。マナさんのお膝は私のものだけど、私は優しいので少しなら貸してあげるのだ。


「ふぅぅん……」

「あ、ここもいいんですね」




「――ねぇ、家の中であんまり卑猥な声を出さないでくれない?」


「卑猥?」

「ひ、卑猥、ですか?」

「ヒワイってなんのことっすか?」



 コハクさんの注意を受け、私は首を傾げ、マナさんは少し恥じらい、ヒスイさんはそもそも単語の理解ができずにいた。



「……意識する方がエッチなのでは? コハクさん、ムッツリだったんですね」


「誰がムッツリよ! ただ注意喚起をしただけじゃない!」



 コハクさんいじりをしつつ、平和な日常が続く。

 もはや、試練なんてずっと終わらないでくれと願う程度には幸せなのだ。マナさんがいる世界こそが、私の――



「いたいた、ミドリ君。試したいことがあるのだが構わないかな?」



 考えてはいけないことが脳裏を巡る直前に、技神のイレモさんが私に尋ねてきた。

 ヒスイさんと交代して休憩している今だからこそ声をかけたのだろう。


「ほう、至福の時間に茶々を入れるとは。余程の実験なんでしょうね?」



「少なくとも私にとってはね」



 そう言って、イレモさんはストレージから一本の剣を渡してきた。



「これは?」

「{吸魔剣3号}という魔剣だよ。未来に過去の物が持ち込めるかやってみて欲しいんだ。おそらく可能だとは思うが、何かしらのバグが発生するかもしれないからね。きっと未来の私も結果を楽しみにしているはず」



「3号……あの、2号とかも作ったりしました?」


「ああ、当然連作だ。その様子だと2号の方は未来で見たことがあるようだね」



 この人があんな高性能かつネタ味もある武器を作ったのか。【吸魔】には大変お世話になったし、容量オーバーの爆発も役には立ったから、その上位版を貰えるのはありがたい。



「これも爆ぜます?」


「お、使い込んでくれたみたいで嬉しいね。もちろん最後は爆発するようになってるよ」



 この人にとって剣の爆発はデフォらしい。

 理解者との邂逅でウィンクまでしてくれた。上機嫌なのが見てとれる。

 しっかしこの人の顔、どこかで見たことがあるような……あ! パナセアさんに似ているんだ!


 そういえば彼女も、霧のところで技神が自身の父だと言っていた。道理でキャラも似ているわけだ。




「――――この感覚は!」


「ふぎゃっ!?」



 突然マナさんが立ち上がった。

 膝にいたヒスイさんがコロコロと転がり落ちる。


「あっ、大丈夫ですか? ごめんなさい、でも緊急事態です!」


「それなら仕方ないっすね」

「何かあったんですか?」

「ふむ、買い出しに行った面々が手を焼く相手となると……」



「ええ、天界の危機です。破壊の神が目覚めました」




 そうか、この時代では破壊神は封印されていないのか。あんな危険な存在が好き勝手できるとなると、本当に天界が危ない。


「行きましょう!」

「そうっすよ!」


「そのつもりです。空間魔術で転移しますから手を取ってください」




 マナさんの手をギュッと握る。

 ヒスイさんも空いた方の手を握った。


「私は留守番をしておこう。ここに何かあっては笑えない上、大した戦力にはなれないからね」


「そうですね。では、行きますよ」



 マナさんを中心に魔法陣が展開される。

 輝きが増していく中、留守番予定のイレモさんが私に声をかけた。



「一つだけ忠告をしておく。君は本来ここには存在しない、故に君が手を出すことで本来より悪い展開になる可能性もあるということだけは頭の片隅に置いておきたまえ」


「分かりました」


「まあ、君のいる未来には何の影響もないのだから、余計なお世話だがね」



 それだけ聞き、私たちは光に呑まれて町に転移した。



 私が来た、ここから見た未来とは、完全に独立しているようだからタイムパラドックスとかも関係は無い。私がここでどれだけ頑張ろうと無駄とも言える。

 何もしないことで正しい歴史を観測できることを考慮すれば、手を出さない方が私にとって良い選択であるのは言うまでもない。





「お兄様たちは破壊神の眷属を倒して回っているようです。そして、お父様が破壊神と戦っていますね」

「どっちに行くっすか?」


「うーん……ミドリさんはどっちが良いと思います?」


「え、わ、私ですか? ……分からないので、指揮はマナさんにおまかせしますよ」



「そうですか、ではお父様の援護に向かいましょう」

「おーっす!」

「……おー」



 成り行きに任せてしまった。

 私は、正史を見届けることを選んだのだ。



 マナさんの風の魔術で、町の上に浮かぶ破壊神の神殿に乗り込む。一日目に観光した町並みを眼下に、神の気配が立ち込める地へ侵入した。





 ◇ ◇ ◇ ◇



「【断裂剣】!」

「んなもん効くかよ!」



 クーロさんは既に黒と白の翼を現出させ、額に紋様を浮かべている。しかし、彼の全力の斬撃が破壊神によってかき消されていた。

 破壊の力は神に効き目は少ないと聞いていたが、特効が付いていないだけで封印されていない破壊神は十分脅威と言える。



「お父様!」

「マナか! 悪ぃが手を貸してく――」



「【必滅の杭】」


「ぐぅぅうッ…………!」





 クーロさんが紫の杭を剣で受け止めたまま吹き飛ばされていく。それを見て、マナさんは相手に人差し指を向け、光線系の魔術か何かを放った。



「あ゛? ……魔神か。邪魔すんなら壊れろや」


「なっ!? 速――」




 破壊神が一瞬でマナさんの懐に入った。

 あれは私もやったことのある、空間、あるいは距離という概念の破壊による擬似的な瞬間移動。本家だけあって完全に使いこなしている。



「【守護天使】っす!」


「どいつもこいつも、邪魔だ。【壊炎】」


 間に入って盾を構えるヒスイさんに、ゼロ距離で炎が襲う。ヒスイさんの使っている盾は――マナさんが使っていた神器なだけあってビクともしない。



わたくしも神器が故障中でなければ……」

「一度下がるっすよ!」



 頑張る二人を見ている私は、神殿の柱に隠れて様子を窺っている。奇襲のための潜伏でもなく、ただ見届けるためだけに。





「――らぁ! 【超新星爆発】!」


「チッ……! お前は何回死ねば気が済むんだよ人神!」




「【復活】、んなもん死ぬまで死んでやるに決まってんだろ!」


 クーロさんの元気な声が神殿に響き渡る。




「こちとら異界人だぞ? ゾンビアタックなんて昔から知れ渡ってんだよ。嫌ならさっさとケツまくって逃げやがれってんだ」


「面倒くせぇな、もう全部壊してその心ごとへし折ってやるよ! 【封具全解除】【終焉世界】」



 今いる神殿ごと天界にヒビが入る。

 青空が一転、黄昏が訪れる。


 ここから視認して分かる距離に世界の境界は無く、終わりに近づく世界が、少なくとも天界全体を覆いつくしている。



「――」



 私の足は動かない。

 この出来事が天界をボロボロにした原因だとしたら、放置していても破壊神は封印されるはずだ。

 私がわざわざ手を出す必要は無いのだ。



「忌まわしき始原の神々、それに付き従う天使ども! 至極の滅びを受け入れるがいい!」




 破壊神の力が増し、この場にいる皆も、天界で抗う天使達も、体が破壊の力に蝕まれる。


 ――この過去のマナさんが居なくなっても、ここには居る。私の居場所はここではないのだから、私がムキになる必要はない。



「――――ヒスイは」


「あん?」



 ヒスイさんが破壊の力を受けつつも、歯を食いしばって立ち上がった。



「ヒスイは、マナンティア様の守護天使、翡翠の天使っす!! こんなところで――死なせいっすよ!」




 神器の盾を構え、透き通るような美しい緑色の光を纏う。その姿はまるで……真の天使であり、どんな美術品でも表せない純白の心を持ったどこかのマナさんに重なった。



「【死天の極地】」



 “翡翠の天使”、それは私が至るべき場所。

 私が望んだ魔神マナさんのお守り。

 いつの日か私もあのような強さを持たなければならないのだ。




「『命を護る薄明よ! 影落ちた楽園に喜びを、色褪せた桃源郷に怒りを、荒れ果てた木に哀しみを、追いやられた精霊に楽しみを。さぁさぁ、棘をお仕舞いな』」


 破壊神は舌打ちしながら破壊の槍を投げた。

 あまりに眩い緑色の光に目を細め、苛立っているのが見てとれる。




「【神器解放:守護之荊翼アイギス・ネフリティス】っす!」



 茨が槍を呑み込み、周囲の破壊の力を吸って伸びていく。そして――あらゆる攻撃を破壊して無効化する破壊神の足を捕らえた。




「ってぇな!」


「うぅぐぅ…………!」



 ヒスイさんを蝕む破壊の力が強まる。

 苦しんでこそいるが、盾を持つその手は微動だにしていない。



 破壊神の行動を制限しているのは事実だけど、このままではいずれヒスイさんは壊される。それに、結果的に天界も破壊の力にあてられて滅びるだろう。

 唯一助けれそうなクーロさんは、破壊の力が付与された鎖で念入りに縛られており動けずにいる。


 私の居た未来を考えれば、この後第三者が割って入り、破壊神を封印するのだろう。

 ――多くの天使の犠牲を伴って。




「馬鹿らしくてくだらない、それに何より烏滸おこがましい」



 私は神殿の柱にもたれかかってそうボヤいた。



「【超過負荷オーバードライブ】」




 本当にしょうもない考えだった。

 一体いつから私は観測者気取りだったのだろう。



 MPを弾丸に変えて射出。

 破壊神の無敵の力は現在進行形で茨に吸われ続けているため、頬に傷をつけることに成功した。




「たとえ仮初の世界でも、できた絆が偽物だとしても、見捨てていい理由にはなりませんから。だから――私が守ります」



 私だって当事者なのだ。

 どの世界のマナさんにも、悲しむ顔はさせたくない。



 貰い受けた{吸魔剣3号}を抜き、破壊の力を吸って太くなっている茨をヒスイさんの盾から切り離す。



「あとは任せてください。これだけ隠れていたんですから余力はたんまりありますからね」


「ほう? 堕天使程度が誰に勝てるって?」




 茨の拘束から脱した破壊神が私を見下ろす形で挑発した。そんなものは無視して、驚きながらも私を止めようとするマナさんに笑顔で応えた。


 無言のやりとり。

 言葉なんてなくとも、彼女が何を言わんとしているかは分かる。


 ――私では破壊神に勝てない。



「勝つ負けるなんて、今回に限っては問題にならないんですよ。私が貴方と戦うことにこそ意義がうまれるんです」



「時間稼ぎってことかよ。つまんねぇ奴だな。じゃあ、さっさと死ね――」



「ふっ!」


 常時発動パッシブスキルの【無間超域】で引き伸ばした斬撃を、体ごと一回転させて放つ。



「ハッ! どこを狙ってやがる」


「どこだと思います? はい残念時間切れ、正解は〜柱の上部でした〜」



 神殿の天井が崩れる。

 この場にいる全てを押し潰せるほど大きな天井だ。



「そして破壊の神能の弱点も教えてあげます。一つ目、速度が遅い」




 天井を丸ごと消し飛ばそうとしていた破壊の弾より先に、私が発したエネルギー弾が天井に命中。

 均等になるように分散して放ったので、天井は綺麗にまばらに砕けた。


 破壊の力は砕けた破片の一つを消して消えていく。



 私は他の破片も破壊神にぶつけるため、大きめの盾を傾けて作り出した。



「二つ目、破壊にも種類があり切り替える必要がある」


 破壊神は天井の破片をまとめて消し飛ばす。


 私の体感によるものだが、破壊の力は二種類ある。

 ひとつは今のようにエネルギーの表面積以下のものをまとめて消す力と、質量・体積に関わらずひとつのものだけを消す力だ。


 私が以前【不退転の覚悟】を使って破壊の力を行使したときは、供給される総量が足りずに液体であるスライムを避けていたりして表面積以下の破壊しかできなかった。しかし、今回の戦いを観戦していて気づけたのだ。


 破壊神はその二種類を適宜切り替えて使っている。そして、手動である以上限界があるのだ。



「【縮地】!」


 天井から切り離した神殿の柱を、床面から斬り離して両手で持ち上げる。

 HP調整もしており、十分ステータスも底上げされているため、どでかい柱を持ち上げることができた。



「どっせぇえい!」



 柱を全力で破壊神に投擲。

 すかさず柱の真後ろを追従しつつ剣を構える。

 単体を消す破壊の力を出したのを視認し、私は破壊神に向かう柱を、後ろから剣の横で殴って砕く。


「小細工したところで意味は無ぇよ!」



 今度は破壊の力を引き伸ばして、勢いづいた柱の瓦礫を消していく。



 ――ところで、話は変わるが破壊の神能の二種類でどちらの方が強力かという議論をするのであれば、ひとつだけを壊す方に軍配が上がるのは明白だ。

 なぜなら表面積の方は基本的に弱攻撃や大量の生物の殲滅向けであり、ステータスの高い強者を壊すのは単体破壊の役目だからである。


 私が以前使った範囲破壊の力、使って触れていた私すら結果的には壊されたが――


「三つ目、貴方が今使っているそれは、気合いで耐えられる!」




 破壊のカーテンを突っ切って、私は接敵した。

 天界観光で頂いた服や皮膚が少し消し飛ぶ。


 それでも、死には届かない。




「【間斬りの太刀】!」


 重い重い空間ごと、破壊の神を斬り裂いた。






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