##58 憧れとの再会
「わぁぁぁ――」
空中にいた破壊神を仕留め、完全に力を出し切った私は地面に向かって一直線の状態であった。
このままだと頭から逝く。
グチャッかゴキッの二つに一つだ。
「ぴゃー……あれ?」
「ギリギリセーフですね。よかった、それにしてもあの神に勝つとは」
マナさんが風の魔法か魔術か何かでキャッチしてくれたようだ。
私は残りカスとも言える力でマナさんに抱きついた。
「私も勝てるとは思ってませんでした。戦ってるうちに本気になっちゃいまして。もっと褒めていいんですよー」
「えらいえらいですよ〜」
「ヒスイもっすー!」
「はーい、よく頑張りましたね〜」
私とヒスイさんを同時にあやすマナさん。
これはママと言わざるをえない。
いささかお胸から母性を感じられないが、温かみは本物である。
「悪いな、俺が倒せていれば話は早かったんだが……天界はギリギリで、無関係のミドリまで巻き込んじまったな」
「お父様とて無敵ではありません。いつも思うのですが、あまりおひとりで突っ走らないでください」
マナさんがママでクーロさんがマナさんのお父さんなら――
「クーロさんがおじいちゃんってことになるのでは?」
「おいこら。マナにママ味を感じるのはいいが、こちとらまだピチピチの二十代ぞ?」
この過去がいつかは正確には不明だけど、二十代前半の人はピチピチなんて言わないだろうしおそらく三十路だ。間違いない。
呑気に一人で勝手に推測して満足していると、破壊神の身体からオーラが噴き出してきた。まだ余力が……いや、すべてを巻き込んで道連れにする気か。
「クーロさん!」
「分かってらあ! マナ、俺とあのヤバイのをまとめて宇宙にでも転移させられるか!」
「無理ですよ!? 転移の魔法陣も魔力もまとめて消されて無効化されるだけです」
「ど、どどうするっすか!?」
「やばいぞ、本格的にマズイ。こんな時に――」
――刹那、虹が降ってきた。
比喩ではなく、物理的に虹が降ってきたのだ。
「私を呼ぶ声がした……ような気がした!」
「まだギリ呼んでねぇよ。怖ぇな」
見る角度によって色が変わるような、全ての色を司る存在が舞い降りた。そして登場と同時に破壊神の力を虹が呑み込んでしまった。
「よし、封印完了っと。まったくー、
「つよし言うな。ここではクーロって呼べって何回言えばだな――――」
「おろ? 新しい子が増えてる。こんにちはー。私はレイ、色の神様やってるよ。よろしくね!」
アラアラ系ならぬオロオロ系という珍しい属性のその人を、私はよく知っていた。
適度に適当で、自由奔放かつ自分の意思を曲げない強さを持ち、何より天然と計算を織り交ぜたハイブリッドなべっぴんさん。
現実での名は黒川
何より、私が事故で入院していた時に色々とお世話になった憧れの人だ。
「は――」
「?」
「は、はは、は、はじゅめましゅた!」
「――ふふっ、すんごい噛み方してる。面白い子ねぇ〜」
緊張のあまり舌と顎が痙攣に近い震えを起こして、原型がほとんど残っていない噛み方をしてしまった。顔が熱くなるのを感じる。
「コホンッ! えーっと…………はじめまして、名も無き流浪の堕天使です」
「え? 名前ありま――」
「マナさん、しー!」
こちらの意図を知らないマナさんがあっさりバラそうしたが、何とか口を物理的におさえて封じる。
クーロさんのようなバk……アh……マヌk……鈍感な人ならともかく、レイさんは推理小説の序盤で犯人とトリックを当てられるくらいには鋭いのだ。変な勘ぐりはされたくない。
「んん? やっぱりどこかで――あ! 翠ちゃんか。でもあの子こんくらいちっちゃいのに……まさか!」
「ッ――!」
一瞬でバレた。
この過去が現実にタイムスリップしているわけではないからタイムパラドックスとかは生じないとは思うが、現実すらシミュレートして組み込んでいるとしたら、何が起きるかは本当に分からない。
というか何か気恥ずかしいからバレないでほしかった。
「翠ちゃんの生き別れのお姉ちゃんね!」
「――――んっ……うーんと、まあそんな感じです」
そういえば一割の確率でトンチンカンな推理してたなー。ふう、気まずくならなくてすんだ。セーフセーフ。
「って貴方、体が薄くなってきてない?」
「え? あ、本当ですね。どうやら私はもうここまでみたいです。みなさん、どうかお元気で」
レイさんの指摘で私の体が光の粒子になっていっているのに気が付いた。
「死ぬんすか!?」
「いえ、お空の星々になるだけです。きっとまた、お会いできますよ」
「そんなぁ!」
「うん、未来に帰るだけですよ。お星様にはなりませんから、ヒスイは落ち着いてください」
私の悪ノリを真に受けたヒスイさんを諭すようにマナさんが事実を告げた。
この試練の目的は結局不明だったが、これで終わりらしい。
「マナさん、私のいる場所にも貴方はいます。何か言っておくこととかあります?」
「ほー、そうなんですか。では未来の私には元気にやれと言っておいてください」
「……そうですね。必ず、お伝えします。約束しますとも」
「? よろしくお願いします?」
覚悟を決めた私の表情を不思議そうに眺めるマナさん。
わざわざ事情を話す気は無い。
私の中で大切な約束ができたという事実だけ残ればいいのだ。
「では、またどこかで」
「未来は任せたぞー! それと、楽しく生きろよー」
「また未来で会いましょう!」
「またねーっす!」
「ふふっ、慕われているのね。名も無き堕天使さん、貴方ならきっとどんな困難も乗り越えられる――」
病室で最期に話した零さんの姿が重なる。
ああ、あの時もこうやって未来へ進む私を見送ってくれたんだ。本当に優しい人、私の憧れの人。
いつの日かきっと、私は貴方に負けない強い人間になります。
「「――“良い冒険を”」」
あの日贈ってくれた激励の言葉を、私は重ねて言った。ここにいるレイさんは私のよく知る零さんからシミュレーションしてできた偽物だとしても、私は彼女を応援する。
どんな零さんも強くかっこよくいてほしい。
それが、憧れってものなのだから。
視界が光の奔流に呑まれ――私は元居た活気の無い天界に戻ってきた。
◆ ◆ ◆ ◆
ミドリが消えた後の過去では、このような会話のログが残っていた。
「
「え!? あいつって、あの目が死んでる生意気なちっこいのの未来の姿かよ……分かんねぇもんだなぁ」
「今のうちに結婚の約束とかしたら変な男に触られないとかないかしら?」
「事案になるからやめとけ」
ミドリの必死の画策もよそに、シンプルに褒め倒すレイであった。
◆ ◆ ◆ ◆
「クチュッ……! うぅ、物理的な時差ボケで風邪ひいたのかな……」
〈どらごん!〉
〈わん!〉
「おー、二匹とも元気ですね。もしかして心配してたんですかー? かわいいとこもあるじゃ――あっ! 痛い痛い! 噛むな! 刺すな!」
どらごんと虹の犬が調子に乗るなと噛みついたり、棘で刺したりしてくる。このツンデレどもめ。
「そういえばイッヌには名前をつけていませんでしたね。前の飼い主は……レイさんでしたか。じゃあ名前付け直した方が良さそうですね。以前は何て呼ばれてました?」
〈わん〉
〈どらごん〉
どらごんが間に入って通訳してくれた。
どらごん語をマスターした私にとってはとてもありがたい。
「しかし……“ンボー
ンボーって……ああ、そういうことか。
色神の能力としてよく虹を使うから、そこからレインボー、レイさんの“レイ”をとって残った部分を眷属の名前にあてたということか。
あの人、昔からネーミングセンス終わってるからね。リンさんや
「というか、何故ツーなんです?」
〈わぉん〉
〈どらごん〉
「眷属仲間が他にも2匹いたから? ということは他の子はワンとスリーなんですか」
〈わん〉
〈どらごん〉
「ロバとサルがそれぞれワンとスリーときましたか。雑すぎますね。数字も可哀想ですし……仕方ありません。私が新たな名前を考えてあげましょう」
〈わん!〉
嬉しそうにしっぽを振っている。それなりに不服なところがあったらしい。
それにしてもこの狼もどきのワンコの名前か――そもそもこいつはオスなのかメスなのかも分からないや。
〈どらごん〉
「え? こいつはメスだからなって……もちろん私も分かってましたとも」
私の思考は安直なのか、どらごんに先回りされて教わってしまった。しかしメスねぇ。ワンちゃん、わんぬー、狼として考えれば色神に仕えていた狼、フェンリル、リルとか? なんかありきたりな気がするなー。
「――――よし、決めました。お前は今日から“ンボ子”です。覚えやすいし呼びやすい、完璧な名前でしょう?」
〈わん!!〉
「んぎゃあ!!」
盛大に脛を噛まれてしまった。
甘噛みに見せかけたガチ噛みである。
「うぅ……成り行きにはなりましたが、これからよろしくです」
〈わん〉
「――ンボ子! あいたっ」
今度は手を噛まれた。
いつになったら懐いてくれるかなー。
そうこうペット達と戯れていると、マイケルさんが部屋に入ってきた。
「遅かったな……楽しめたか?」
「おや、マイケルさん。なんか……やつれました?」
「お前んとこの生き物はヤンチャの極みだったぞ。3日間も付き合ってやった身にもなってくれ…………」
おいたわしや。
ナムナムと手を合わせていると、マイケルさんは不意に咳払いをして真面目な話を始めた。
「まあそんなこたぁ、どうでもいいよな。結果としては全ての試練を乗り越えたんだ。あの神さんも待ちくたびれてるぜ?」
「ちょっとくらい遅刻してなんぼですよ。ヒーローと重役は遅れてなんぼって言いますし」
「へいへい強い強い。さ、行くぞ」
「ほーい」
軽いノリで応じ、私たちはマイケルさん先導のもと目的の場所へ向かった。
「……ふぁわ〜、眠いです」
〈どらごん……〉
〈わ、ん……〉
「行きだけだ。帰りはパッと帰れるから我慢しろよー」
まさか半日も扉を開けて入ったら無機質部屋、ってのを繰り返し続けるとは。
あまりにも退屈すぎて、メニュー画面からSNSを開いてエゴサしてしまった。私にしては珍しく、関連のイラストやらに反応して拡散しておいた。そういえばいつの間にかフォロワーも増えてるし、これからは日常の投稿も気を遣った方が良いのだろうか。
……面倒だしいいや。これからも「メシウマー」とか「○ルス!!」とかガンガン投稿していこう。
「おい、この先だからシャキッとしてくれ。こっから先はお前らだけしか入れんからな」
「この先に引きこもり無職神が……」
「少なくとも無職ではないんだけど!? なんなら職業の神様なんだけど!?」
引きこもりのくせに騒がしい。
扉越しにフェアさんからのツッコミを無視し、私は両肩にペット達を乗せて最後の扉に入った。
お出迎えしてくれたのは、毎度恒例の黒髪の邪神じみたフェアイニグさん。
「まったく、減らず口に文句を言いたいとこだけど、とりあえずお疲れ様」
「まったくです。全盛期の破壊神なんて存在と戦わなきゃなんて、無茶ぶりにも程があるでしょうに」
試練の難易度の高さにクレームを入れる私だったが、フェアさんは何故かドン引きの表情を浮かべている。
「戦ったの……? アレと?」
「え? まあ、みんなで協力して倒しましたけど」
「うそん……」
「…………じゃあ最後の試練ってどうしたらクリアだったんですか」
「な、なんか怒ってる? 最後の試練は普通に自身の迷いが無くなったら終わりだった、よ?」
私の迷いは世界トップクラスの神を倒すのと同等ということなのか。無駄に手間をかけさせおってからに……。
「別にいいですけどね。いい経験値になってくれましたし!」
「わ、わわ私は至極善良な神だからね! 経験値は美味しくないよ!」
「なんで神が堕天使なんかにビビってるんですか。ってそんなことより、早く天使に戻してくださいよ。あと前言ってた{適応魔剣}の修繕も」
そう言ってストレージから半分くらい溶け落ちた剣の亡骸を差し出した。
「そうだったわね。じゃあ借りるわねー」
フェアさんは剣を受け取って真っ白な床に突き刺した。刃はもう機能していないので、何らかの儀式的なものなのだろう。
そして――フェアさんは自身の髪の毛を1本だけ抜き、軽く指を噛んで血を髪の毛に垂らした。
それを剣に巻き付けた。
「ヤンデレヒロインが料理とかでやってそう……」
〈どらごん……〉
〈わん……〉
今まで黙っていたペット達も「うへぇ」と引いている。フェアさん、黒髪なだけあって見た目的にヤンデレ適正が高そうだから絵面が完全にマズイのだ。
「仕方ないでしょ! ミドリちゃんだって唾液とか涙が付くよりかはマシでしょう!?」
「まあ、確かにおっしゃる通りですが……まさかずっと髪の毛ついてきます?」
「そんなわけないじゃない。ちゃんと修復し終わったら消えるからあんまり変な心配はしなくていいの! ――ふぅ、よし。集中するから一回静かにしててね」
「はいほーい」
フェアさんが血の滴る髪の毛を剣に巻き付けると、無色透明な謎言語のエフェクトが溢れ出した。
「本物の神様みたい……」
思わず漏れた、あまり聞かれたくないつぶやきすらも、剣から放出される言語と風に呑まれていく。
「――【神器作成】」
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