##13 モヤスモノ

 

 ――ジェニーさんが死んだ。

 にわかには信じがたいが、目の前のそれ死体は私の見間違いでもコガネさんの幻術でもないだろう。



 しばらく硬直していると、彼女が墜落してきた場所から何かが降ってきた。瞬間、私は恐怖を覚えた。全身が強ばって息が止まりそうだ。



「アッタ」



 人の形をしたそれは、おそらくジェニーさんを殺した敵で間違いない。圧倒的な力の差を、そこにいるだけで感じさせられる。

 ジェニーさんが倒すと言っていた相手なので、目の前のやつは食に関する化け物――ジェニーさんが傲慢を司るのであれば、目の前のそれは暴食の権化だろう。



 ゆっくりと、その怪物はジェニーさんへ足を進める。その目はただ美味しそうな物を見るような無垢なものであった。



 ……何とかしないとマズイ。怪物を前にコガネさんやソルさんも動けないでいる。このままいけば全滅、それどころか世界中であれが暴れてしまう。

 でも、私では勝てない。たとえ全てを投げ打って立ち向かったとしても、私では届かない。



「くっ……」



 そこに存在するだけで威圧感を押しつけられ、自分の体が乗っ取られたように動かなくなる。


 ――私が物語の勇者だったら。

 湧き出る勇気で限界を超えて立ち向かえたかもしれない。でも、私は勇者じゃない。ご都合展開で覚醒して自分一人で圧勝、なんてこともできない。



 私はそこら辺にいるちっぽけな高校生だから。

 だから、



「マナさんが守った世界を守るって、誓ったんです」



 不安定な感情に従って愚かな選択をしても、その中でできるだけの最適解を辿る。目の前のそれは世界を終わらせる力を持っているのだから、今全てを使わなければ手遅れになる。全力で、死ぬ気で戦う。



「ビビるな私! 交通事故の方が理不尽なんだから負けないで私! よし!」



 突然自分の頬を叩いた私の方に化け物の注意が移る。チビりそうな恐ろしい眼光だが、受け流してストレージからアイテムを取り出した。



「ソイッ!」


 蘇生薬を瓶ごとジェニーさんに投げつける。

 見事命中してジェニーさんの身体が再生していく。



「ガア゛ァア!」



 慌ててジェニーさんへ向かう怪物。

 蘇生に少し時間がかかるようなので何としても距離を離させる必要がある。


 奈落でキャシーさんから貰った{破約のイヤリング}に触れ、



「【破約】【不退転の覚悟】!」



 イヤリングが砕けて【不退転の覚悟】のクールタイムがリセットされる。本日二度目の【不退転の覚悟】を発動しながら接敵した。




『「可能性」をステータスに反映します』

『「モヤスモノ」の可能性の反映に成功しました』



 ――憧憬があった。希望があった。太陽があった。

 私は必死に追いかけた。同じ色にはなれないのを知った上で私は真似た。その果てに緑色の炎を手にした。



 そんな、ありえたかもしれない未来を噛み締めながら私は剣を抜く。



「【適応】!」



 片手剣サイズの刀身になって、緑色の炎が渦巻く。そのまま斬りつける。

 しかし相手も難なく躱してきた。


 距離はとれたから、後はジェニーさんの復帰まで損害なく耐え忍ぶのみ。ステータスをチラ見して新しいスキルを確認。増えているのは三つだけだ。




 ########



 スキル

【緑焔】ランク:ユニーク

 緑色の焔を自在に作り、操る。太陽には及ばずとも、その火は多くの者に希望をもたらすだろう。




 スキル

【炎獄世界】ランク:ユニーク

 敵を焼き尽くす炎の地獄。範囲内の炎系の出力が倍増する。味方を癒す炎で回復し、敵は癒しを拒む炎で回復できない。世界内の炎は使用者が自在に操れる。




 スキル

命の灯火ティエラ・ノヴァ】ランク:ユニーク

 生命を火に変える。小さな火ではあるが、欠片程度でもあらゆるものを消し炭にするほどの火力を持つ。

 また、同系統のスキルと合わせると相乗効果が生まれる。

 詠唱:『翡翠よ照らせ』



 ########




「【炎獄世界】」



 周囲に炎が沸き立つ。

 回復効果もあるからか、ジェニーさんの蘇生速度も速くなっているように見える。できるだけ時間を稼ぎたい。



「はあぁぁぁ!!」



 緑の炎を纏わせた剣を振るった。

 しかし当然のように素手で受け止められ、炎が相手の手に吸い込まれていく。



「オイシソウ」



 突然足場が砕ける。

 足下から無数の大地の杭が突き出てきた。

 それを緑の炎でなんとか防ぐ。



 攻撃自体は何とかなるが、ここは魔王城の最上階なので下の階はボロボロ――つまり足場が崩れてしまう。

 そんな心配をしていると、不意に足場が生じた。



「【太陽の神殿】」


「ジェニーさん!」




 蘇生が無事完了した様子のジェニーさんが、赤い羽衣一枚だけを身に纏って現れた。

 はだけているにもかかわらず、神秘的で幻想的な光景に、美術品を鑑賞しているような錯覚を覚えさせられる。


 ――おっと、見とれている場合ではない。




「私も加勢してもいいですよね?」


「はっ、ついてこられるのなら好きにするがよい」



「ガアアァア!!」



 黒い触手が迫るが各々斬って対処する。

 ある程度数が減ったところで、ジェニーさんは敵との距離を詰める。それを見計らって相手も包囲するように触手を張り巡らしてくるが、彼女の背中は私が守る。



「はああ!」

「【英斬】!」



 ジェニーさんは防御を私に任せて一太刀決めた。無事彼女を守り切った私も残心して警戒を解かないまま敵に注視する。


 そんな気はしていたが、怪物は自身の肉片を食べて再生していく。口でもないところでも食べているのもあって、ジェニーさんの攻撃よりも再生速度の方が速い。


 私があそこに加勢できればいいのだが、流石に剣術のレベルが足りない。邪魔になるだけだろう。



「ミドリ! こやつは胃袋のせいで無限に再生するのじゃ! 何とかせい!」


「そんな無茶な……まあやってみます」



 一瞬ふざけているのかと思ったけど、よく考えたら私ならできる。

 ――むしろ私にしかできない。



 急いでストレージから硬貨を取り出した。




「【ギャンブル】、胃袋、表!」



 運命を決めるコインを弾いた。

 表が出ればあの怪物の胃袋が、裏なら何の変哲もない私の胃袋が出てくる。使い所は限られてくるが、それ故に理不尽を押し付け強力なスキルである。


 賭けの成否が決まるまで――残り数秒。

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