##14 炎を繋げて

 


 弱めに弾いた分必要な時間は短いが、それでも数秒間コインを死守しなければならない。


「……っ!」



 野性的な本能でも働いたのか、コイン目掛けて触手が伸びる。ジェニーさんは敵の体を削るのに手一杯だから仕方ない。

 私は落ちゆくコインを背に、剣を振った。



【天眼】は堕天使になった影響で使えないにもかかわらず、相変わらず私を支えてくれる赤い線を頼りに無作法に振るう。蜘蛛の巣のように張り巡らされていく攻撃に、私は一つの取りこぼしもなく、淡々と炎の斬撃で斬り払っていく。


 コインが床に当たる音が聞こえた。あとは止まるまで耐えればいい。



「――下じゃぁ! くっ……」


「っ!」



 ジェニーさんの指摘で、床を貫通してコインを喰らおうとしていた触手に気付いた。そのせいでジェニーさんも被弾してしまったので、そちらに回復の炎を回しながら、急いで斬るため振り返る。



「え?」




 間に合わなかった。既に触手は口を閉ざしていた。

 でも、コインは未だ床で回っていた。



「案外、バケモンでも幻術効くもんなんやなぁ」



 陰で身を潜めていたコガネさんが援護してくれたようだ。コインの位置をズラして見せたのだろうか。何はともあれ、これでもう安心だ。


 ジェニーさんの方は――



「な!?」



 私の方に意識が向いたせいで細かい攻撃を食らったようで、体の各所に小さな傷を負っている。そして、追撃とばかりに全てを喰らい尽くす大蛇がジェニーさんに牙を剥いていた。それを前に、当の本人は何かを待つように動かない。



「【純潔の聖盾】!」



 コガネさんと同じく息を潜めていたソルさんがスキルを発動した。

 真っ白な盾が漆黒の大蛇を阻む。しばらくの拮抗の後、浄化されるように大蛇は消えていった。



「『紅く輝け』」



 ジェニーさんがそう唱えると同時に、禍々しい臓物が地面に落ちた。どうやら賭けに勝ったらしい。私も彼女の隣に向かいながら唱えた。



「『翡翠よ照らせ』」



 宙にフワフワと浮かんで深紅の炎を掲げるジェニーさん。

 その横に跳躍して並んだ私は、爽やかな緑の炎を生み出す。


 二つの炎が少しずつ触れて、少しずつその勢いは増す。炎の端から結びつくように繋がっていく。


 赤と緑は混ざるのではなく、共存してそれぞれの輝きを放つ。



 ――小さかった灯火は太陽を超えた。

 私達の魂がこもった炎が轟々と天に昇る。

 ジェニーさんと共に構えているため隙だらけだが、そこはコガネさんとソルさんの支援に任せて私たちは炎をより強めるのに専念する。

 こちらへの攻撃も胃の回収も防いでくれていてとても助かる。


 と、完全に用意ができたところで怪物は危険を感じ取ったのか逃げ出そうと試みている。


 しかし、


「【節制の枷鎖かさ】!!」



 そこそこ離れた所から鎖が飛んできて怪物に巻きついた。

 逃げられなくなったのを見計らい、私たちは声を揃えて炎を向ける。



「【命の灯火ソルス・ノヴァ】」

「【命の灯火ティエラ・ノヴァ】!」



 息を揃えて腕をふりかざした。


 熱で大気が震える。

 世界が揺らぐ。

 その火は、私とジェニーさんだけが世界に取り残されたかのような錯覚を覚えさせる。



「【ボーショクノバンサン】!」



 悲劇の少女はそのまばゆい炎に目をしかめながら、大きな口を開けた。口内には果てしのない闇が広がっている。


 だが、そんな闇をも晴らすのがこの炎。



「眠れぇえ!」

「はあああああ!!」



 二人の怒号ともとれる叫びに応じて炎が視界を埋め尽くす。

 一瞬の間隙。


 ――無の時間が過ぎてから、全てを吹き飛ばす炎の柱が天へ伸びた。




 ◇ ◇ ◇ ◇


 気が付くと、私は地面に横たわっていた。

 足場となっていたジェニーさんの神殿も崩壊している。



 魔王城だった場所も見る影もなくボロボロになっている。



「ミドリ、立って剣を取るのじゃ」

「ジェニーさん? まだ倒せてないんですか?」



 私を見下ろすようにジェニーさんが立っていた。傷だらけでも確かに強い目で立っている。



「……というか私、気絶してた感じですか?」

「いや、生命力を注ぎ込んだせいで起こった目眩のようなものじゃな。本当に数秒程度じゃ」




 差し出された手を借りて私も立ち上がる。

 ずっとどこかを見ているジェニーさんの視線の先を辿ると、そこには脈動する胃があった。



「あれって」

「うむ、生きておるな。貴様のそれが終わっていないのが何よりの証拠じゃろう」



 確かに【不退転の覚悟】がまだ継続している。戦いはまだ終わっていないのか。


 気を引き締め直して剣を取る。




「身体は完全に消滅しておる。あれが何かをできるわけでもないのじゃが、警戒はしておくのじゃ」

「了解です」



 言われた通り警戒を解かずに剣を構えておく。ジェニーさんは何かを待っている様子なので、しばらく沈黙の時間が続く。




 ……2、3分経過しただろうか。

 そんな長いようで短い時間の後に、複数人の足音が聞こえた。



「――ほら、おったおった」



 コガネさんが、魔王の娘のソルさんと皇帝ジェニんの直属メイドのモニアさんを連れて合流した。重役に囲まれて大層なご身分である。




「陛下」

「うむ。これはモニアがやるべきかと思ってのう。それに餌になるかと思っておったんじゃが……」



 ジェニーさんとモニアさんが何か話し合っているのを尻目に、私たちは私たちで色々と話をする。




「魔王さんはちゃんと生きてます?」

「お父様はちゃんと生きております。今は回復のために安全な場所で眠っている形です」


「わぁ、ミドリはん何かボワボワしてはるなぁ〜」


 真面目な会話に混じるコガネさんの呑気な感想。確かに【不退転の覚悟】の効果が残っているので炎のボワボワはあるけど、面白いものではないと思う。ツンツンと触ろうとしてくる狐娘を無視して、私は剣を納め――



「警戒は解くなと言うておるじゃろう!」

「あ、すみません」



 もういいものかと思っていたがまだらしい。

 モニアさんが何かを唱えているが、それが終わるまでだろうか?




「――【節制の修了】」

 


 モニアさんのスキルで、暴食の胃に光輝く札が巻き付く。そして胃袋は燃え尽きた煤のように崩れていく。



 同時に、私の【不退転の覚悟】はその役目を終えた。どうやらきちんと倒せたようだ。






「ッ! 【絶対りょ――」



「【強欲の簒奪】」



 ジェニーさんが何かに気付いた時には既に遅い。

 突然現れた存在が彼女の背中を撫でた。




 不躾な横やりが、弛緩した空気を引き裂くようにめり込んだ。


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