##15 因縁の傍ら時報が鳴る

 

「陛下!」

「ジェニーさん!?」


 ジェニーさんが不意打ちで膝をついた。

 見たところ外傷はないみたいだけど、相手が相手だから何があるか分からない。


 突如現れた横やりの主は、私やコガネさんの怨敵――つい最近公国で戦った人である。

 マナさんを封じ込めた張本人。

 確か名前は……ソフィとかマナさんが言ってたっけ。





「【適応】!」

「【黒爪】」



 反射で息を揃えて攻撃に出る。

 しかし、すんでのところで躱されてしまう。



「暴食の処理、ご苦労さま。それに七罪と七徳を集めてくれたことにも感謝しておこうかしら。【強欲の簒奪】」



 そう言ってまた突然モニアさんの背後をとって何かをした。モニアさんもジェニーさんと同じように崩れ落ちる。



「どうしてっ――!?」


「どうしてスキルではない転移ができるかって? それはこれが無詠唱の転移魔術だからよ。空間神の力は、誰かさんのせいであるべき所へ戻ってしまったからね。【強欲の簒奪】」


「きゃっ!?」


 今度はソルさんの背後に。

 為す術なく何かを奪われていく。



「ミドリはん、あかんわ。幻術効かへん」

「マジですか……」



 膝をついて意識不明な面々にはトドメを刺そうとしないので、私たちはとりあえず敵の排除を優先することに。背後をとられないために二人で背中を合わせて攻撃の姿勢で待つ。



「【強欲の簒奪】っと。これで全部かしら……あ、まだあったわね」



 暴食の胃袋があったところでスキルを発動している。これまでの言動からすると、奪われているのはジェニーさんの【傲慢】、モニアさんの【節制】、ソルさんの【純潔】、そして【暴食】を奪っている可能性が高そうだ。


 そしてまだあるというのは――



「…………ソフィ・アンシルぅ!」


「うわ、まだ生きてはったんか」

「あれは……あぁ今回のゴタゴタの主犯格であるサキュバスでしたね」



 かなりボロボロで見る影もないが、辛うじて生きているようで血走った目を私たちの敵に向けている。


 ソフィとかいうのは、フルネームがソフィ・アンシルというらしい。まあ心底どうでもいいけど。




「おや、色欲がわざわざ見つかりに来てくれるなんて優しいのね。というか誰? どうしてフルネームを知っているのかしら?」


「――お前ッ! お前が全てを壊したクセに! お前が全部奪って台無しにしたクセに! ピリスよ! お前に初代魔王の籠絡を邪魔された、ピリス・スィフスよ!」



「ピリス…………あぁ、そんなのもいたかしらね、あんまり記憶に無いけど」


「こいつッ!」



 何やらあっちはあっちで因縁があったようなので、今のうちに皆の容態を確認して回る。



「コガネさん、二人は気絶してるだけです」

「ソルはんもやな。息はしてはる」



 ひとまず安全な場所まで運搬し、再び戻るとソフィがサキュバスさんの体を引き裂いている場面だった。サキュバスさんの方も敵とはいえ少し可哀想である。




「よし、これでここにあるのは全部ね。折角だし前奪い損ねた分もここで頂いておこうかしら」


「ミドリはん、気ぃ付け。狙いはそっちみたいや」

「平気です。今度こそ倒します」



 私もコガネさんもかなり消耗している。対して相手は特にかすり傷一つなく余裕の表情だ。かなりキツイけどやれるとこまで抗うしか道は無い。



「【虚実混同】」


「う゛!?」



 転移で消えたと思ったらコガネさんが吹き飛んだ。振り終わりからして蹴りを入れられたようだ。



「鬱陶しい方を先に処理してっと、さあ覚悟はいい?」

「……ふっ、私には最終兵器があるんですけど、そんなに油断していいんですか?」



 もちろんブラフだ。

 時間を稼いで、あわよくばジェニーさんが起きて助けて欲しいのだ。



「嘘ね、あの可愛らしい皇帝さんに期待しているようだけど今のあの子じゃ私には勝てないわよ」

「……」



 ブラフはやはり通じないか。

 それに、ジェニーさんでもあの損耗具合からしてキツイのもその通りだろう。自殺して逃げるのも手だけど死ぬ前に回収されるのがオチ。


 私の【不退転の覚悟】とかいうチートスキルもここで奪われてしまうのか……。



「というかそんなに【不退転の覚悟】が欲しいんですか? これ、気合いで会得できると思いますよ」

「何の話? そんなの別に要らないわよ?」



「え? じゃあ私から何を奪おうって言うんですか!」


「そんなの――――」




 言い切る前にどこかから鐘の音が響いた。




「ア゛、ア〜、あいウ゛えぉ……ア、あー、おっ、いい感じになってきた」




 いつの間にか、私とソフィの間に人が立っていた。最初からいた気もするし、突然現れた気もする。不思議な感覚だ。


 目の前の人は、怪しい白の外套で身を包み、流暢な機械音声で話していた。




「午後18時のお知らせでーす、なんてね。やっほー紳士淑女……じゃないか。淑女の諸君、怪しい美少女がハートを配りにやってきたよ! さぁさぁポケットテッシュよりも素晴らしいハートだよー!」


「……うーわ」

「……」



 私はドン引き、ソフィは様子見をしている。謎の人物の顔はフルフェイスっぽいヘルメットで隠されていて見えないが、ふざけた人物なのはよく伝わった。



「あれ、もしかしてすべってる? いやー、久しぶりに顔を合わせて人と話すから興奮しちゃってズレちゃったかな。でもおっかしいなー。そこな堕天使的には史上最大のピンチに現れた救世主、みたいな場面だし縋り付いてもいいんだよ?」


「あ、私の味方側なんですね。てっきり通りすがりの不審者かと思いましたよ」



「酷い! というか前も一回手助けしたのに! ほら、そこへら辺の神の伝言越しだけど」


「あー」



 おそらくフェアなんとかさんの言っていた協力者だろう。公国で襲われるのを予言していた手紙の伝言主だ。



「ねえ、もうおふざけは終わりでいいかしら?」


「っ! 気を付けて下さい、転移で強襲してきます!」



「わー、こわいこわい。ところでソフィちゃん、おたくの塔なかなか眺めがよかったから頂上に神殿を作ったんだけど、地代とかかかったりしちゃう?」




 ――ん?

 怪しい人がかなりやばいことを言っている気がする。



「…………なるほどね。完全にしてやられたわ」


「つまりタダでいいの?」



「今すぐ撤去するから」


「それは難しいと思うけどねー。ま、せいぜい頑張って」



 ソフィは軽く目の前の怪しい人物を睨んでから、転移で消えていった。何がなにやら全く分からない。



「何かしたんです?」


「例えるとするなら、高級マンションの中だけをぶち抜いて中に神社を建てた感じ」



「いや意味分かりませんって」


「真面目に答えるなら、ソフィちゃんの拠点に私の神殿を無理やり建てただけ。神殿がある限り私が自由にやってけるからそれを壊しに戻った、って流れかなー」



 神殿がある限りって――


「もしかしてですけど、何かの神様だったり?」


「さっすが、天才だね! 私は時間を司る神でねー、こことは違う未来からはるばるやって来たん……だよ」



 何か言い淀んたのは置いといて、時間の神ねぇ……



「もしかしてあいつより強かったりします?」


「うーん、まあ今のソフィちゃんなら勝てるかな。私がフルスペックで本気を出せるのならね。だからそれを警戒して今回はソフィちゃんも帰ったんだよ、たぶん」



 いまいち事情が読み取れないけど、まあ助かったしいっか。急いで皆の様子を見に行くべきだろう。



「じゃ、温存したいしここらで一旦私も去ろうかな。また次は――そうだね、天使に戻れたら会おうかな。バイバーイ」



 私の心配事を察してか、いや絶対察してないけど――ともかく、何もいなかったかのように消えていった。嵐のような人だったけど、名前聞きそびれたなー。




「ミドリはん、今のは?」


「コガネさん! 無事でしたか、良かったです。今のは……頭のどうかしてる助っ人です」




「……ほぉ〜ん? まあええわ。さっきモニアはんの後ろを追ってきてはった帝国ん人らが気絶しとるみんなを連れてったさかい、終わった感半端ないなぁ」


「パナセアさんたちはまだ来てない感じですか?」




「もちろん居るとも。何やら予定以上に大変だったようだね」

 〈どらごん!〉


「お、そっちは余裕そうですね」



 頭にどらごんを乗せたパナセアさんが歩いてきた。正直この人が負けるところなんて想像するのも難しいしそこまで心配はしていなかった。



「ストラス君含め、他の面々も無事だ。軽く喧嘩……じゃれていたから後で合流するはずだよ」


「ストラスさんはともかく、あの仲良し二人組が無事なら何よりです」




 そんな現状のすり合わせも終わり、私たちは帝国側が用意した拠点へ向かうことになった。戦いはひとまず幕を下ろす形である。


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