##16 戦いを終えて

 

 長いようで短いようで過酷な戦いも終わりを迎え、癒しの食事も済ませた頃。

 私はどこかへ向かうジェニーさんとモニアさんを見つけて、コッソリ後を追ってみることにした。



 ジェニーさんには気付かれていそうだが温情なのか無視してくれている。しばらく何も無い荒野を歩いていると、半壊した小さな井戸の前で二人は立ち止まった。



「終わったのう」


「はい。陛下のお力添えの賜物でございます」




「うむ、まあ今回はわらわの奮闘だけではないがのう」


「……そうかもしれませんね」



 しばらくの間、お互いに笑みを浮かべて和やかな空気が流れている。これは完全にデキてるでしょ。




「赤きアザレアに誓って」


「リアトリスを添えようぞ」




「これも今日で最後になりますね」


「そうじゃな。誓いは果たされたゆえ、もはやこの言葉に意味は無くなるはずじゃ」



 アザレアもリアトリスも、花の名前だったから何か花言葉から読み取れることもあるかもしれないけれど、生憎そこは詳しくないから専門家に任せたいところだ。知らないけど。



「しかし陛下、なぜわざわざここに?」


「その井戸は何となく縁起が悪いからのう。モニアが撤去すべきものじゃし」


「確かに仰る通りです。承知しました」



 そう言ってモニアさんは井戸と向き合った。

 ――その間にジェニーさんがこちらに近付いてくる。



「さて、また盗み聞きしてる貴様には褒美をくれやろう」


「やっぱりバレてますよねー。……って褒美ですか?」



 もしかしたら、モニアさんが四六時中一緒に居るからわざわざ引き離せる場所まで来たのかもしれない。公にできないようかご褒美なのかな?



「妾に職業とやらを寄越すが良い」


「…………ん? はい?」



「パナセアじゃったか? あやつから聞いたのじゃ。貴様にはそういった類の強化ができると」


「いや、あれは強化か弱体化か紙一重でして。外れを引いたらスキルが使えなくなったりするのでおすすめはしませんよ」



 最近使う機会が無かったのですっかり忘れていたが、フェアなんとかさんから職業を他者へ付与できる能力を貰っていたんだった。自分で変更はするけど、他の人にあげるのはなかなかリスクが伴うから忘れていても仕方ない。




「遠慮するでない。妾が妾に相応しいもの以外を引くわけがなかろうて」


「えー……そこまで自信あるなら私は別にいいですけど。というかそれって私の褒美なんですか?」



「分かっておらぬなー。それで強くなった妾が、いつか危機に陥った貴様の味方になるという完璧な作戦なのじゃ」


「はぁ、いつでもどこでも助けに来てくれるわけではないでしょうに。もう好きにしてください」



 後ろ盾があるというだけで心強い。そんな情けは不要だと断るが、当然私の意見など聞いていないようだ。



「相当まずい状況になれば妾の勘が教えてくれる。太陽でもぶん投げて援護すれば十分じゃろう?」


「分かりましたよ。じゃあ付与しますから。――ふん! よいしょ!」



 正直何の職業を引いてもこの人なら上手く使いこなせそうだし、面倒くさくなったのもあり、なげやりで職業を付与する。

 責任は絶対に負わない。



「ふむ」


「どうでした?」




「皇帝、だそうじゃよ」


「なるほど? 戦闘系のスキルが使えなくなったりは……」



「ないのう。やはり君主となると制限なぞ無いのではないか?」


「確かにありそうですねー」



 ジェニーさんって運命力と言うのか主人公力と言うのか、そんな感じのやつが凄い恵まれていると思う。チート過ぎてインチキお姉さんと呼びたいくらいである。




「じきにモニアも戻ってくるか」



 モニアさんの方から光が天に向かって走っている。井戸の撤去作業が終わるのだろう。



「ミドリ、貴様はあの横取りクソ女を追い、あやつは貴様を狙っておる。そうじゃな?」



「そうですね」



 横取りクソ女というのはおそらくソフィのことを言っている。というか彼女がそこまで心の底から苦虫を噛み潰したような表情で罵倒する相手は他に居ない。



「そうか、ならば敢えて言うのじゃが……あやつの元まで辿り着くのもかなり険しいじゃろうし、あやつを越えた先にも貴様らの厳しい冒険は続くじゃろう」


「……今日の戦いよりも、ですか?」



「さてのう。ただ、並の道のりではないことは妾の勘が告げておる」


「マナさんがその道の先にいるのですから、死ぬより辛い道のりも覚悟の上です」



「はっ、それならよい。話は終わりじゃ。これからはお互いの道を励むとしよう」


「ですね。…………ジェニーさん、少しこっち寄ってください」


「なんじゃなんじゃ?」



 ふと思い立って近くへ呼び寄せる。

 これは私がやっておくべきことだから。怒られてもやらなければいけない。他にできる人はいないのだ。



「――よく、頑張りましたね」



 正面から抱きしめてから頭を撫でる。

 あまりにも唐突だったからか私の腕の中の人は珍しく呆然としていて、そんな姿が見れただけで勝った気分になってきた。



「……なんの真似じゃ」


「貴方をこうやって抱きしめられる人が居ないから、私が勝手にやってるだけです。共に戦った者として、そして何より……シフさんに貴方のことを任された身として」



「ふん、余計なお世話じゃ」


「あだだだ……痛い! 痛いです! ストーップ!!」



 引き剥がされてアイアンクローをされてしまった。悶え苦しんでいるというのになかなか離してくれない。



「いててて」


「まったく、シフなんてのもおったな。完全に忘れていたのじゃ!」



「……なら目元が妙にカサカサなのは気のせいですかね。てっきり思い出して泣いたのを拭ってそうなったのかと思いましたよ」


「そんなわけないじゃろ」



 アイアンクローの意趣返しに揶揄からかったが、ガチトーンでこちらを睨んできた。怖いのでおちょくるのはここまでにしておく。



「それにしても、白いちっこいのがいなくなってずっとメソメソしてた貴様がよく言えたものじゃな」


「な、でも今は頑張って持ち直してるからいいじゃないですか! そっちこそ平気そうに強がってくるクセに、絶対一人になったら部屋で泣くタイプの人でしょ!」



「そんなわけないわい! 妾は誰かのために涙をくれてやることなどないのじゃ!」


「またまたー。私、分かってますから。貴方が本当は心優しい人だってことを。君主とは人の痛みを理解できるからこそ良き君主たりえるのですから」



「ええい! いっぺん黙らんか貴様!」



「お断りしまーす! 口から生まれた私を黙らせたければ口の中に綿菓子でも詰めてみたらどうです?」



 やいのやいのと取っ組み合い、モニアさんが止めに入るまでちょっと過激なキャットファイトを繰り広げた。戦いが終わったからこそできる平和な時間である。



 当分ジェニーさん達とはお別れになるから、少しでも寂しさを紛らわすのだ。


 傲慢で上から目線で常に見下してくる人ではあるが、人一倍苦しみを味わって誰よりも耐え忍んで強く在ったジェニーさん。私は彼女と共に戦えてとても光栄に思う。


 今度は背中を預けて戦えるくらいに成長して、また共闘したい。そう決意して、私は夢の世界に旅立った。



 ゆっくり休んで次の戦いに備える。

 私が進む限り、戦いは常についてくるのだから。




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