##29 遊び疲れたら寝ましょうね

 


 水遊びをしていると、突然水が引いていった。

 ずぶ濡れの服も次第に乾いていく。


 そして、一番高い場所にあった太陽がすこし下がってきた。




「あらら、もう終わりみたいですね」


「楽しかったねー!」



 アリシアちゃんが満足いったのならよし、と後方腕組みお姉ちゃんをしてると、ついさっきまで海だった場所がみるみるうちに変わっていく。

 足場が砂から大理石になり――



「おー、お城とはまた豪勢な」



 空間が作り変わって大きなホールになった。

 中央には螺旋階段、他にも通路が沢山ある。これはまた迷子になりそうだ。




「すんすん……何かいい匂いしない?」


「匂い? すぅー…………確かに甘い香りがしますね」



 クリームのいい香りがどこかから漂っている。

 私たちは目を輝かせながら、鼻でその出処を探し始めた。




「たぶんこっち!」


「了解です!」



 いい匂いがするから見に行くだけ。別に盗み食いしようとか考えていない。精神まで幼女と化しているとかそんなんじゃない。


 コソコソと通路を走る。

 先導してくれるアリシアちゃんの定期的に私がついてく来れているか振り返っている姿を楽しみながら、私は必死に彼女を追いかけた。



「ここみたい」


「入りますか」



 鉄の扉をゆっくり開ける。

 少しずつ中が見えてきた。部屋の真ん中に何かがある。大きな箱だ。

 見渡したところ、人も居ないのでソッと侵入する。



「行きましょう」


「うん!」



 先に元気よくアリシアちゃんが入っていき、私もそれに続いて部屋に入った。


「……?」



 ふと背後から視線を感じたが、誰もいない。気のせいだろうか。



「見てミドリちゃん! ケーキだよ!」


「わぁー! すごいおっきいですね!」



 今の私がケーキの中にすっぽり入ってしまえるくらいの大きさだ。しかも私の大好きなショートケーキ。これはもう、たんまり食べろと言っているようなものである。




「ゴクリッ……」


「た、食べちゃう?」




「…………きっとこのお城のお偉いさんが食べるものでしょうし、やっぱり毒味は必要ですよね。一口だけ試しに食べてみましょうか」


「うん。一口、一口だけ……」



 指でつまんで口に運ぶ。


 美味しい。

 生地がふわっふわっで、クリームも適度な甘さ、これは星五のケーキに違いない。ついでに苺も頂こう。



「なかなか美味しいですね……でもどこに毒があるか分かりません。もう少し毒を探してみます」


「もぐっ、わたしもわたしも!」



 美味い美味いとケーキを賛美しながら毒味を進める。




 ◇ ◇ ◇ ◇



「うっぷ、毒は無かったようですね。よかったよかった」


「だね! 安全安全!」



 二人でケーキを平らげ、少し膨らんだお腹を撫でている。大変満足。ドカ食いしたし今すぐ眠りたいくらいだ。




「あっ、アリシアちゃんほっぺたにクリームが」


「んぅ!?」



 ついていたクリームを指ですくって舐めた。こんな少しの量でもやはり美味しい。



「もう、ミドリちゃんのバカ! 急に王子様みたいなことしないでよ! 恥ずかしいんだから……!」



「あハイ、ごめんなさい」



 まさかまさかの、そこは恥ずかしいらしい。

 一緒にずぶ濡れになって服も透け透けで遊んだのに、今のはアウトなのか……かわいいなぁ!



「ってミドリちゃんもほっぺたに――」



「何者だ!!」




「「あっ」」




 私たちが入ってきた扉から、トランプの人が現れた。なぜハートの3なのかは少し気になる。



「女王様、侵入者です!」


「ケーキが無いぞ?」



「それはおそらく侵入者が食べたのかと!」


「何だと……?」




 後ろからぞろぞろとトランプの人達が表れる。

 ひときわ目立ったハートの1の人が女王様と呼ばれているようだ。周りより大きく、綺麗なティアラをつけているからすぐに分かった。



「貴様らがケーキを食べたのか?」


「いえ、私たちが来た時にはもう無かったですよ。なんなら私たちはその盗み食い犯を捕まえるために侵入したんです」


「ミドリちゃん……口元…………」



「女王様! 侵入者の嘘でございます!」



 私に口論で挑むとはなかなか度胸のあるトランプさんだ。幼くなっているとはいえ、私は口先から生まれた生粋のおしゃべりさんなのだ。

 嘘と誤魔化しと言い訳を言わせれば世界一よ!




「じゃあ証拠を出してくださいよ! えぇ? 私たちが食べたっていう証拠はどこにあるんですか! もうこうなったら裁判ですよ裁判!」



「そうか。では裁判を開こう」


「女王様!?」



「そうですよ。裁判で公平にお願いしますよー」


「ミドリちゃん口元――」



 小さな部屋から、大きな裁判の部屋に空間が移り変わった。私とアリシアちゃんは被告人として真ん中の立つ場所に居る。

 女王さんは裁判長っぽい席で、名前は知らないけど、何かハンマーみたいなやつを持っている。




「女王様! 被告人の口元にクリームがあります。それが動かぬ証拠かと!」


「ふむ」



「異議あり! れろっ……証拠は今無くなりました!」



 気付かなかった。なんとか誤魔化せたらいいのだけど――


「確かに無くなった。よって証拠とは認めない」



「わーい。無罪放免ですね!」



「――あははっ! もう無茶苦茶だよ! ミドリちゃんったらおかしいんだから!」



 空間が歪んでいく。

 裁判の部屋も、トランプの人達も、私とアリシアちゃん以外の全てが消え去った。

 どうやら夢から醒めなければいけないようだ。



「ミドリちゃん、わたし達、お友達かな?」


「もちろんですよ」



「ホントはね、ミドリちゃんをあの女王に捕まえさせてずっと一緒に居るつもりだったの」


「も、もちろん気付いていましたとも」



 やはりこの夢のような世界は彼女のものだったようだ。途中から最後辺りまで、すっかり忘れて普通に年相応の遊びではしゃいでしまった。



「でもね、ミドリちゃんはきっといっぱいお友達がいると思うの。だからわたしが独占したらダメかなって」



「アリシアちゃん……」




「わたしは亡霊、もうずっと昔に死んじゃった。お友達をいつまでも閉じ込めるのは悪い子になっちゃうし、いっぱい遊んでくれたから……」



 少し涙ぐみながら、寂しそうな笑みを浮かべている。



「ぐすっ……付き合ってくれてありがとね」


「いえいえ、私こそとても楽しい時間を過ごせました。ありがとうございます」




 ここは彼女が生み出した夢幻想に過ぎない。かなりハードだけど、逃してはくれない現実があるのだ。




「兄様のこともありがとう! ミドリちゃんが来てくれてきっと喜んでたと思う!」



「ふふっ、それならよかったです」




 私はアリシアちゃんを抱きしめた。

 彼女に温もりを届けるために、優しく体全体で包み込む。



「アリシアちゃんも、いっぱい遊んで疲れたでしょう。今日はゆっくりしてください」



「うん……」




「次に目が覚めたら、また一緒に遊べますから」


「ホント? 約束してくれる?」



「ええ、あの美味しかったケーキに誓って約束しますとも」




 彼女の体温が消えていく。呼吸の音が聞こえなくなってくる。

 私はその分だけ強く抱きしめた。寂しい思いをしないように、私がここに居ることを伝えるために。



「おやすみ、ミドリちゃん」


「おやすみなさい、アリシアちゃん。また今度」




 彼女が瞼を閉ざしたと同時に、世界が崩れていく。彼女の眠りと反して、私の目覚めが来る。


 楽しい楽しい夢の時間はもう十分堪能できた。

 前に進まなければいけない。


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