###賢者と黒幕志望と天才少女と勇者と聖女と###

 


 時は少し遡り、ソフィ賢者がアインスこと七草芹栖と別れた後のこと。

 彼女は5つ残った魂の2つを分体にして天空の虚像に送ってから、賢者の塔の前で準備していた面々の前に降り立った。

 冷酷な双眸がその場に集った全員を射抜く。


「ここはいつから不良の溜まり場になったのかしら?」



「……来た」

「思ったより早い到着だな。ビビって痺れ切らしたのか?」


「ふんっ、まさか。真正面から全員消し飛ばして、その後にいい機会だから世界も滅ぼそうと思い立っただけよ」




 ネアとクロが前に躍り出たと同時に、クロと同じ魔神の神核の半分を持つソフィは無詠唱で獄炎の魔術を放った。

 しかし当然のようにクロは魔力を霧散させてかき消した。


「ネア」

「ん」


 クロはネアに交戦に入っていいか確認してから、手を彼の冒険仲間に向けた。

 それを見たマリーはその阿吽の呼吸に頬を膨らませながら戦闘態勢に入った。〘竜の天敵ドラゴンネメシス〙の他の2人も一緒に。



「チッ……【憤怒の獄炎】【憤怒の大剣】」

「「【レゾナンス】!」」


「〖chaotic giants〗、【混沌外装】」



 そして勇者と聖女も万全の準備に入る。



「【聖剣解放】【限界突破】【限界突破】【限界突破】……」

「女神ヘカテーよ、我が祈祷の声に応じ、弱き者を守りたまえ〖フォンドプロテクション〗【聖女の祝福】【破魔の羽衣】」


 痛みと引き換えに人智を超えた力を蓄える勇者ハクと、この場の味方にありったけのバフと一度だけ魔術を無効化する羽衣を纏わせた聖女ミース



「魔術への対策は稚拙とはいえ魔神の半分と、聖女の守りねぇ? 私元来の力には対応できるのかしら? 【神格化】」



 ソフィは魔術を飛び交わせながら、元の種族である半神半人の力、親から受け継いだ混沌の神カオスの力を動かした。

 全てを呑み込む闇が竜巻のように舞った。


「クロ」

「わぁってら! 目には目を歯には歯を、混沌には混沌だよなあ!」



 カオスからミドリ伝いで渡された混沌を内包した指輪が輝き、大剣を這う。


「【グランドスラッシュ】!」



 混沌の嵐を薙ぎ払い、憤怒の炎がソフィを襲う。

 しかし、それらは彼女が展開した光の壁にぶつかって防がれた。


「……神能」

「察しがいいのね。――その感じだと全てを想定していると言った方がいいかしら?」


 光、氷、重力、炉の火、混沌の概念が一斉にネアに向かって放たれた。ソフィの5つある魂――そのうちの2つは分体にし神核だけ取り外していたが――に宿していた神能である。



「ネア!」

「ネアさん!」

「ネアさん! 【聖なる防壁】!」

「……10秒」


 ネアの前に光の壁が出現しほんの少しだけ威力を減衰させた。そして彼女の指示を即座に理解してクロとハクはネアの前に躍り出る。


「【リンク】――【本能覚醒】【光剣の舞】」

「【勇猛果敢】! 【聖破断】!」


 クロはマツの【本能覚醒】を【リンク】という仲間のスキルをランダムで一時的にコピーするユニークスキルで習得して種族の力を引き出して、光の剣を携えながら大剣で薙いだ。

 ハクも対強敵用のバフと聖剣の武器スキルを使って神能による攻撃を捌く。


「潰れてしまえ」


「ネアの回避は俺がやる! 牽制よろ!」

「ええ! 【黄金の剣】!」


 ソフィが発した重力で簡易的なブラックホールが発生したが、そこはクロがネアを抱えて回避する形になった。


「……【二重詠唱】【神魂封じ】【神魂封じ】」



「っ……それをどこで習得したの?」



 ネアが持っていた2枚のお札に刻まれた文字列はソフィの胸に吸い込まれ、2つの神能を封じた。流石のネアもその対象は選べなかったため、炉の神と重力の神が封じられることになった。

 ネアの狙いは魔神と混沌を封じてクロの攻撃を通すのが1番いい形だったのだが、逆に相手の攻撃手段も減るのだから問題は無いと判断する。

 ネアはあらかじめ決めていた合図――合掌をしてから時間稼ぎも含めてソフィの疑問に応じた。



「私達は世界を巡って……ここに辿り着いた…………幻想の魔女、その秘法の痕跡を見つけて解析しただけ」

「あの子がパンドラのを――それだけ私に備えていた、ということね」



 ソフィの亡き友、厄災の魔女パンドラの編み出した術を2人で作った魔女が真似して、それをネアが模倣したという流れ。

 かつての子と目の前の少女の用意周到さに感心しながら、ソフィは力を更に引き出した。



「まあ、それでも私には届かない。無駄な努力ご苦労さま」

「……無駄なのはそっちの半生」



「――――余程死にたいようね? 【混沌の庭】【光の大聖堂】【永遠の氷城】【抹消世界】」



 ソフィは人神クーロに恋をしていた。

 悠久の時をひたすらに待ち続けていたのだ。

 現実世界で彼が死んでいるとはいざ知らず。


 地雷を踏み抜かれたソフィは神能を十全に活かせるフィールドと、自身以外の死に抹消を付与する世界を展開した。

 ――つまり、この場にいるプレイヤーの誰が死んでもアウトになったのである。

 しかし、ネアは用意周到である。それこそどんなパターンも考えて作戦を複数用意するくらいには。


「……パターンC」

「――【神器解放:創世之手オリジンアルカナ】【打消世界】【抗移世界】」

「【対場強化】【グランドクラッシュ】!」

「――〖ディバインストーム〗!」


 クロが開闢神の力を解放して世界スキルの効果を打ち消す世界と、転移を阻害する世界を作り出した。

 そしてハクは“フィールド”への特効を付与してから【混沌の庭】【光の大聖堂】を粉砕し、ミースは強力な聖属性魔術で氷の城を破壊してのけた。



「……『死ははじまりであり、生はおわりである』」


 ネアのチョーカーが光る。


「『生という罪と罰から、今……救済する』【神器解放:閑代救輪ラストスパークル】」



 大量の死神がネアの背後に出現し、彼女の意思で手のひらサイズに縮んだ。

 より厄介になった死神の軍勢が一斉にソフィに向かっていく。

 同時にクロとハクも接敵する。




「鬱陶しい」



 ソフィはその軍勢の半分とクロを凍結させ、残り半分とハクを閃光で飲み込んだ。

 一番先頭にいた死神はその鎌をソフィに突きつけたまま完全に氷像となっている。この場では転移はできないが、特殊な移動方法は残っている。



「……【チェンジ】」



 先頭の凍った死神と自身の位置を入れ替えるネア。彼女は生神の神能を持っている。

 触れた生物を作り替える力、その手がソフィに触れる間際――混沌の牙が噛み砕かんと開かれた。

 そのままでは間違いなく死ぬのでネアも即座に足元に適当な岩でできたハムスターを生み出してその場から退避。

 かろうじて腕が引きちぎられるだけで済んだ。



「ネアさん! 回復を――」

「……自分で生やせる」


 カバーに入ろうとしたミースを制し、地面から浮かんでいるソフィを見やる。そして注意を引きつけるため語りかけた。



「……神能、どこで手に入れた?」

「ん? そんなの神から奪ってきただけよ。クーロが人の時代にしたのだから、あんな時代遅れ共はほとんど私が殺して奪ったの」



「そ」

「興味無さそうね? 時間稼ぎのつも――」



「……なめすぎ」



 ソフィはハッと後ろを振り向く。

 そこには氷を憤怒の炎で溶かしきったクロが大剣を振りかぶっている姿が。



「傲慢を奪ったからか? 油断しすぎだ、【憤怒の終炎】! 【イフリートファング】!」



 全てを燃やし尽くす炎に包まれた大剣によって、ソフィ・アンシルは切り裂かれた。


 しかし――


「【強欲の簒奪】」

「なっ!?」



 残機があと2つあるのだ。

 斬られながら大剣の刀身に触れ、マリーから【憤怒】を抜き取った。

 そして当然【憤怒の大剣】が使えなくなり、それに呼応していた〘竜の天敵ドラゴンネメシス〙の面々も人の姿に戻ってしまう。



「ふぅ、それも想定通りよ。魂のストックは予想していなかったかしら?」



 光の神能によって、宙に投げ出された全員が狙われる。


「……してた」


 ネアは蟻を投げ、途中で大きな鳥に変化させてクロ以外を回収した。そして光線はクロが受けることに。


「【超腹筋】! こんなところで役に立つとはなあ!」


 ネタスキルながらも腹筋で攻撃を弾いて防いだ。

 そして間髪入れず、吹き飛ばされていたハクが戻って背後から斬りかかり、それに合わせてネアも正面に死神を出して倒しに向かわせた。



「【急降下】」


 それも当然のように躱す。

 ハクの攻撃は勢い余ってそのまま死神を斬り殺した。

 一つ、誤算があるとしたら――


「っ!」


 ソフィの着地地点に乱入者がいたことだろう。



「やられっぱなしは癪ですので、お返しです。【鬼神拳】!」



 リスポーンしたマツが【謙譲】を奪われた報復にやってきたのだ。渾身の一撃が、咄嗟に間に入った両腕ごとソフィを吹き飛ばした。



「――【ロストランス】」


「ご主人様、とその他! あれは当たっちゃだめなやつです!」

「あいよ!」

「ん」

「了解!」


 マツとクロ、ネア、ハクを狙った抹消ロスト属性の槍の雨が反撃にばら撒かれた。

 注意深く丁寧に避けているのを目視してから、ソフィはに向けて飛ぶ。



「っ、女神ヘカテーよ!」

「遅い。【ロスト――」


 ヒーラーから潰すのはどんな世界でも常識、ミースの顔を鷲掴みにして抹消の光が輝く。

 ハクがそれに気付いて手を伸ばすが間に合うわけもない。むしろ注意が逸れて抹消の槍がハクに命中――




 その瞬間、どこかで駆け回っている迷子の天使が声を張っていた。


「【原点真世界】!」と。




 一瞬にしてクーシルを包んだその世界によって、ハクとミースを襲った攻撃は掻き消えた。

 ソフィはミースの頭を握りつぶしてから、何度も手をニギニギして抹消が使えないことを確かめる。



「これは……」



「力が漲る――【煉獄世界】【世界圧縮】【開闢の腕】!」

「【加速】【豪斬】!」

「……輪廻ノ外法其の参【自変改じへんかい】」

「――〖リザレクション〗、【聖道波動】」

「【鬼神拳】!」



 ミドリの【原点真世界】で強化された身体能力を活かして一斉攻撃に走る。

 ソフィはそれに動じることなく手を広げて空を仰いだ。



「【憤怒】【寛容】【嫉妬】【慈愛】【強欲】【救恤】【傲慢】【謙譲】【暴食】【節制】【色欲】【純潔】【怠惰】【勤勉】」



 彼女の背に7つの天使の片翼、7つの悪魔の片翼が生じる。



「『七罪七徳、総じて人のさが。我は祖の神、人の神』【原初再臨リ・オリジン】」



 彼女のひたいに紋章が刻まれた。青く輝くそれは超常的な力を感じさせる。

 完成された彼女は、眩い光を伴って攻撃ごと“圧”で吹き飛ばす。



 この瞬間、すべての祖である人神が最強になって帰ってきた――はずだった。



「ッ……!?」


 ソフィの視界が揺らぐ。

 口からは大量の血が流れている。


あのピエロ救恤か……」



 すぐに解析して己の身を侵食している毒の出処を探った。答えは単純明快、つい最近ピエロから【救恤】を簒奪した際に仕組まれた罠だった。

【救恤】を使うと毒は巡り、そのスキルを消すまで身を滅ぼすことになるものである。



「今」



 当然、生じた隙を逃すネアではない。

 即座に指示を出してハクとクロに行かせる。



「久しぶりのお出ましだ、聖剣もどき!」

「【聖剣全解放】!」



 魔神の神能で聖剣を真似た物を作り出し、本物と重ねた。聖剣はかつてないほど光り輝く。

 聖剣史上最高のコンディションのそれを、2人は共に握りソフィ目掛けて突いた。





「――【失楽の楔】!」



 最高の一撃を止めたのは、死んだ目で舞い降りた零落の魔女アディグラ――アディであった。


「……アディグラ? 助けに来てくれたの?」

「お母様、私は反抗期になりました。でも、その毒は消します」



 そう言ってアディは神眼でソフィの中で暴れる毒を消した。抹消とは別の属性だからこの世界内でも使えるのである。


「新手か。めんどくせぇ」

「ご主人様、突撃あるのみです!」


「ストップ……何か変」



 アディごと倒そうと勇むクロとマツだったが、2人は異変に気付いたネアに止められる。


 ネアの視線を追う面々も、ようやく異常事態を察知した。


「空が――」



 割れている。


 思い当たる人物はこの場には一人しかいない。全員の視線がソフィに向かった。しかし、そんな彼女も困惑していた。


 ――不意に、世界全体に響き渡る声が発せられた。



『おめでとー、終わりの時間だよ! 世界のね』



 空の亀裂から光が降り、ソフィを呑み込んだ。


「お母様!」

「誰だか知らんがやめとけって! 【スリップ】!」




 駆け出そうとしたアディを優しさで転ばせて止めるクロ。

 次第に光は収束し、ソフィの肉体が縮み、夜空を内包したような髪は純粋な星の色のみになった。



『んー! 良い空気、でももう終わらせちゃううんだけどねー』


「……」

「こいつ確か運営んとこのガキじゃなか――」



世界掌握ワールドドミネーション、項目チェック――名前及びプレイヤーネーム、種族、レベル、状態、特性、HP、MP、称号、神能、スキル、マスクパラメータ――全凍結、強制ログアウト』


 世界から人の時間が止まった。

 現地人もプレイヤーも関係なく強制的に。

 項目チェックでいちいち当てはめねばならないが、人の完全凍結と強制ログアウトは内部的な方法だとこれ以外無いのだ。


 こんなことをした張本人、反逆者の管理AI――ハクサイは続けて他の管理AIをも凍結させた。

 それだけの権限を、彼女は盗み出しているのである。


 そして少しずつ崩壊していく世界を眺めながら、彼女は盛大に笑った。淀んで曇った瞳にはもはや何も写っていない。




「――【降臨】! ってあれ? ミドリちゃんまだ来てないの?」



 そこに項目チェックから逃れた“職業”の神がやってきた。


「……誰? 何で動けるの?」


「お、聞いてくれちゃう?」



 その女神は、この世の全てをイラつかせるドヤ顔を浮かべて名乗った。



「私はフェアイニグ! 世界を救う終末兵器、職業神よ!」


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