#47 別に怒ってませんよ?
医務室での治療を受け、サイレンさんと合流するためにベッドから起き上がる。
ベッドを囲うカーテンが閉まってるのは一つだけなので、すぐに分かった。
「サ――」
「悔しいなぁ……」
「…………」
話しかけながらカーテンを開けようとして、やめた。小さな呟きが聞こえたからだ。
恐らく私が近くに来てるのに気づけいていないのだろう。
どうしたものか……。
「ん? あ、ミドっさん、いつから居たのさ?」
「今この瞬間に来ました。……何も聞いてませんよ?」
「聞いてるやんけ。…………恥ずかしいところをお見せしました」
カーテン越しに人影で気づかれたようで、焦ってバレバレなことを喋ってしまった。言わなければバレなかったかもしれないのに。
「医者の人は?」
「仕事仕事〜とか言いながら退出していきましたよ」
「そっか。どうする? ここで待つ?」
カーテンが開けられた。
中からサイレンさんが伸びをしながら出てくる。
「そうですね。来てくれるでしょうし、待ちましょう」
「あいよー」
「……一つ頼みたいことがあるんですけど」
「うん? 全然いいよ?」
「私を殴ってください」
「…………」
あ、端折り過ぎたかもしれない。これではただの変人だ。訂正訂正。
「少し試したいことがありまして、本気で殴る気持ちでお願いします」
「お、おーけーおーけー」
サイレンさんの正面に、仁王立ちする。
赤い線を見逃さないように集中。
「いくよ」
「はい」
「そいっ!」
赤い線が表示され、それに沿ってパンチが来た。もちろん当たるつもりはハナからないので、難なく回避する。
「次は殴る構えで殴ろうとしないで殴らないでください」
「え? どゆこと?」
「ただ構えて動かないでくださいってことです」
「う、うん、了解?」
サイレンさんが構えるも、赤い線は現れない。
つまり、攻撃意思のない予備動作には反応しないのかな。
「そのまま、私が動かなそうだったら殴ってください。動いたら止めてください」
「はいよ」
赤い線が視える。
動いてみる。……消えた。
「次はパンチの軌道を途中で変えて私に当てようとしてください」
「はいはーい」
明後日の方向に赤い線が伸び、折れ曲がって私に向かってくる。パンチを眼前で避ける。まだ追ってきてくれるが、これで十分だ。
「もう大丈夫です。ありがとうございました」
「いいよー」
これで分かったのは、攻撃の意思がある場合に限り表示され、軌道が変わる時は随時更新されていくということ。
要するに、【天眼】で引っかかるのは、攻撃前のフェイントだけ。攻撃が出されたのを見てから行動の判断をすれば確実に避けることが可能って感じかなー。
「二人とも、お疲れっすー!」
「お疲れ」
〈どらごん〉
「あ、どうもです」
「ありがとー」
実験が終わったところで、全員揃った。
流れでそのまま医務室を後にする。
「配信返す……よいしょ」
「ありがとうございます。皆さんお久しぶりです」
配信権限を受け取り、コメントを表示。
[壁::おひさ〜]
[紅の園::見ってる〜?]
[天変地異::やっほ〜]
[唐揚げ::あげぽよ〜]
[串カツ::あせあせ]
[あ::チョリーッス]
[セナ::ナウでヤングな配信ぢゃん]
????
「コメント、若者が置いてけぼりにされそうな死語だらけなんですけど」
ネットに触れていればある程度分かるけど、人によっては分からないのも多そうだ。
「いやー、はっはっはっ」
パナセアさんが誤魔化すようにわざとらしい笑い声を上げ始めた。
「マナさんは何か知ってます?」
「…………し、知らないっすよー。ひゅ〜ふぅ〜」
マナさんは露骨に目が泳いでていて、掠れた口笛で私と目を合わせようとしない。
これはあれだ。小さな子供に変な言葉を教えた上の兄弟の子供を問い詰める親の気持ちだ。まだJKなのにそうそうない状況を経験しているなー。
「で、パナセアさん?」
もちろん誤魔化されるはずもなく、追及する。
闘技場からはもうすぐ出るけど、人混みだし少しぐらい騒いでも問題は無いはず。
「いやー、はっはっはっ、ちょっと……その……マナくんに私や視聴者の知る限りの……若者言葉を指南して……はっはっはっ…………」
「へー」
そっちかー。マナさんにねー。
「ミドっさん! 笑顔を失ってはいけない! 堪えろー!」
サイレンさんが闇堕ちしそうになるのを食い止めるかのように私を背後から揺さぶる。別に怒ってないのに。怒ってない。うん、怒ってない。
「別に怒ってませんよ?」
「そそそそそ、そうか、よよよ、よかった…………」
「ミドっさん! 笑顔笑顔!」
「ふふふっ」
「ひぃ……」
「ごめん、笑顔も無しで。逆に怖いわ」
どうしろと言うのか。当事者のマナさんは我関せずと私たちより先に早足で進んでいた。まあマナさんに罪は無い。
「パナセアさん」
「な、な、何かな?」
「貸し、一つで」
「ひゃい……」
とりあえずはこれでいいや。今のところマナさんが日常生活で使うような事態には至っていないし。
それにしても、終始優しい笑顔を心がけてたのだからあんなに怯えなくてもいいのに。
「――ミドリくんって怒らせたらいけない感じの人なんだね」
「――そうそう。ぼくも前あれやられてビビり散らかしたし、特にマナちゃん関係だとヤバいから注意」
「――ああ、もう絶対忘れないよ」
何か後ろでこそこそ話しているが、無視してマナさんを追う。
その前に、ちょっと補足しておこうかな。
「私はマナさんの一時的な保護者みたいなスタンスですから言っただけで、悪ふざけをするなとは言いませんよ」
「覚えておこう」
「あ、うん」
[階段::はーい!]
[芋けんぴ::保護者目線だったんか]
[カレン::承知!]
[テキーラうまうま::把握]
[枝豆::切り替えは大事よな]
フォローも済んだことだし、マナさんに走って追いつく。
「お昼ご飯何にします?」
「――ひゅー、え? あ、終わったんすね。お昼ご飯は……う〜ん」
〈どらごん!〉
「あー、そうっすねー」
マナさんの答えを待ってるうちに外に出た。本戦というのもあってか、この辺り一帯は混雑していて屋台で食べるのは困難だろう。
「決めたっす! お肉がいいっす!」
「お肉ですか……有識者の方〜」
帝都の店に詳しいわけでもないので、いつも通り視聴者さんを頼る。こういう時に配信やってよかったって思える。
「帝都、肉料理、穴場、でお願いします」
[燻製肉::ワイの出番やな]
[隠された靴下::俺らは検索エンジンだった……?!]
[蜂蜜過激派切り込み隊長::そこを左に行って道沿いを歩いて、途中の靴屋の所で右折、少しするとある『ソティル』って所がオヌヌメ。外観は普通だけどマナーが求められて静かで人も少なめ]
[唐揚げ::それで調べても出てこなかった]
[カレン::分からない……]
「ほうほう、ソティルですか。行ってみましょう。いつもありがとうございます、切り込み隊長さん」
マナーが求められるという箇所が面白そうだ。どんなお店なんだろう?
「マナさん、あったみたいですよ」
「やったっす! お肉♪ お肉お肉〜♪」
「選択権が無かった件」
「肉はいいが、ミドリくんは試合前だから食べ過ぎないように」
「そうですね。控えめにしておきます。サイレンさんは今日の夜ご飯決めていいですよ」
「いや、そこはミドっさんが決めるべきでは? 決勝進出者として」
確かに、最もな言い分なんだけど……。
「私、食べたいものもないですし」
「そこを何とか頑張って捻り出すんよ」
「お肉〜♪」
「……ふむ、食用の部位を開発するのも今後のために――」
〈どらごん〉
[ピコピコさん::めちゃくちゃで草]
[壁::あー! いっぺんに喋るな!]
[らびゅー::ここが混沌ですか]
[ホタテ::なんか一人謎の方向に思考がいってるけど大丈夫か?]
[セナ::情報量過多]
[時計::会話のバトンがあちこち飛び交ってて草]
コメントの指摘通り、人数も処理する情報も多くて頭が爆発しそう。騒がしいのは好きだけどね。
「まあ、あとのことはその時考えましょう。今は昼食のために進むだけです」
「後回しかい」
「おにっ、く〜♪」
〈どらごん♪〉
「――しかしそうすると腐食防止加工や耐衝撃の設計も――――」
お肉が私たちを呼んでいる!
「あ、パナセアさん……」
一人考え込んでいたせいで人混みに揉まれてはぐれてしまった。二人と一匹は気付いていない。一匹? どらごんは匹でいいのかな?
植物だし、一株? どう数えるんだろう?
いや、もしかしたらこの世界には植物差別とかもあるかもしれない。匹と数えた方が全方面にも良いかも。
「……じゃなくて、パナセアさんでした。追った方がいいですかね?」
[紅の園::パナさんなら大丈夫]
[あ::パナさんは方向音痴じゃないから平気]
[洗濯バサミ::パナさんは多分大丈夫でしょ]
[階段::平気平気]
「謎の統一感は置いときますが、パナさんと呼んでるんですね」
何かパナセアさんと視聴者さんがふざけ合う面白い大人達って感じの関係になってる気がする。やっぱり
……真剣にどうでもいいや。
[味噌煮込みうどん::そう呼べって]
[あ::パナセアおばさんって呼んだら怒られた]
[壁::パナセアおばさん→パナセアお姉さん(自称)→姉御→パナさん]
割とバチバチに煽られてる。
パナセアさんもまだ若いだろうに。
……たぶん30はいってないはずだし。
「まあ平気ならいいです。このままでは私がはぐれてしまうので急ぎます」
少しずつ人混みに押されて二人と一匹と離れ始めてしまった。急げ急げ〜。
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