#52 明確な目的ができました

 



「こんな所、通っていいんですか?」

「平気平気☆」



 お城の中へ、ベランダのような場所から入る。

 泥棒してるみたいで少し気が引けるけど、この人が良いと言うなら良いんだろう。



「こっちだよ☆」


 シフさんの後ろをついて歩く。

 廊下に置いてある高そうな物と、あのどこか抜けてそうな皇帝陛下さんが結びつかない。



「ここだよ☆ お待たせー☆」


 迷いなく執務室と書かれた部屋に入っていく。

 私もおずおずと入室し、ドアを閉める。


「失礼します」


 部屋の中は大きな机と椅子があるだけで、他の家具は何も置いていない。それだけなら綺麗だったのだが、書類が机や床に山積みになっているせいで散らかっているように見えてしまう。


 皇帝陛下さんは、一つしかない椅子に鎮座し、大きな窓の外を眺めている。椅子の背しか見えないので、何を考えて眺めているのかはうかがえない。

 そして、その横にはコスプレ染みたマツさんとは違って、いかにも正統派と言わんばかりのメイドさんが居た。


「遅かったのう」


 椅子を回転させて、皇帝陛下さんがこちらを向く。その表情は、温かみの消え失せた真剣なものだった。


「人前でわたしが飛ぶのはね☆ それに天使に持ち運ばれるというのも良い経験だと思ってね」


「うわぁ……」


 思わず声を漏らしてしまったが、ドン引きしたのは私だけではないようで、この場にいる全員の冷たい視線がシフさんに注がれていた。


「まあよい。そんなことより、本題じゃ」



 このまま立ち話ということは、それほど時間は掛からなそうだ。次の言葉を待つ。



「まずは効果の方じゃが……これを見よ」


 古い本を手渡され、開かれたページを読んでみる。



 ========



 新・蘇生薬



 ながらく蘇生には世界樹の実が一部の界隈では使用されていたが、魔女ポーンによる研究の結果、果実の約十分の一を抽出した液体をゼオイン溶液(←P.78)に混ぜることでより多くの蘇生薬が生成できる事が判明した。


 ただ、それでも尚世界樹の実の数は限られているため、世間一般的に普及するほどの量は確保できない。



 ========




「これは……?」


「薬学大全じゃ。かなり古いものじゃがのう。蘇生薬を扱う本自体の数がもうそう多くないのでな」


「なるほど……」



 概要を読んだけど、「へー」ぐらいしか感想が出てこない。これだけで信じろって言ってもね。



「モニア、実物を」

「かしこまりました…………こちらです」


「どうも」



 モニアと呼ばれたメイドさんから、小さな瓶に入った金色の液体を受け取る。これが蘇生薬……。



「どうやって使って、どの状態まで使えるんですか?」



 私が使いたいミャンさんやミュンちゃんのように、焼死体になっていては意味が無いとかでは困る。


「それを丸ごと死体にかければ、灰燼と化していても、白骨になっていても蘇生が可能じゃ」


「でも、効果の保証はできませんよね?」


「この場で実証するのは無理じゃな。それが世界で最後の一つじゃからのう」



「ッ!?」



 そんな貴重な物を、という気持ちもあるが、一つだけではミャンさんかミュンちゃんのどちらかにしか使えないという事実の方がショックだ。

 何か、方法は無いのかな…………?



「何にせよ、貰って損はしないじゃろう?」

「それは…………そうなんですけど」



「心当たりはあるよ☆」


「本当ですかっ!」



 なんやかんや頼りになる人だ。

 別の手段があるなら、この手にある蘇生薬と、そのやつで二人分可能になる。

 どんなレアな物でも、絶対に集めきる!



「方法はまだ内緒にしとこうかな☆」

「……こっちは真剣なんですけど」

「わたしも至って真面目さ☆ この場で言ってしまっては、取り引きではなくなってしまうからね☆」


 確かにそうなんだけど、こうも焦らされるとね。

 特にシフさんは飄々としていてるのもあって言動がいちいち鼻につくから余計に。


「分かりました。とりあえずそちらの要求を聞きます」


「うむ、では話そうかのう。まずは前提として――――」






 それからかなり複雑なこの国周辺の情勢について説明された。


 今、帝国の西側にある王国と、北側にある連合国がヒリついているそうだ。

 原因は連合国で急進派と穏健派に内部分裂が起きていて、急進派が侵攻による発展を図っているとのこと。それぞれの筆頭は軍の幹部的存在、『八鏡』と言うらしい。



 要約するとこんなところかな。



「最終的にわらわ達は魔大陸へ行くのじゃ。そこでお主には連合国に行き、こやつの交渉の手伝いをした後、魔大陸までついて来てもらいたいのじゃ」


 シフさんの交渉の手伝い、とは言ったものの、頼み事の量が多い気がする。


 そもそも、

「魔大陸って確かここの大陸とは別の、魔族が多く住んでいる場所ですよね? 行き先の詳細は教えてくれないのですか?」


「うむ。魔大陸の解釈はおおむね合っておる。細かい位置までは言う必要は無いのじゃ」

「?」



「お主には、周辺の露払いしか頼まんのでのう」




「どういう――」

「余計な情報を一気に言っても二度手間になるじゃろうし、その時になったら言うのじゃ」


 そんなに複雑ならそうかもしれない。


 ともかく、その目算通りに行動した場合、これから連合国で交渉の手伝い、魔大陸で何かしらの露払いをすることになる。


 報酬は蘇生薬と他の蘇生の方法だ。



 悩む必要は無い。



「受けましょう」


「うむ」



 軽く微笑んで手を差し出すと、皇帝陛下さんも悪そうに笑ってから私の手を握った。



「仲間も一緒でいいよ☆」

「流石に私のわがままにそんな付き合わせられませんよ。一生の別れでもないんですし、別行動です」

「どうだかねー☆」



 ねちっこい笑みがよく似合う人だと思いながら、執務室をあとにする。




「あれ?」


 いつの間にか蘇生薬が無くなっていた。

 振り返ると、机にポンと置いてある。蘇生薬もすぐに貰える訳ではないのね。



「【飛翔】」



 適当に空いた大きな窓から飛び去る。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「というわけで、一度別行動させていただきます」



 宿屋で夕食を口にしながら、皆に掻い摘んで説明した。



「ついて行くっす!」

「ぼくも特に目的があるわけじゃないから」

「まさか私を置いていくなんて言わないだろうね? あんな誘い文句を言っておいて」



 私の都合なのに、こんなに即答されるとは思っていなかった。



「有難いんですけど、完全に私の都合ですし、何があるかもわかりませんよ?」



「マナはミドリさんとどこまでも一緒に行きたいっす」

「クラン名忘れたの?」

「何も無くては私的にはつまらないから大歓迎さ」



 三者三様について来るという主張をしてくる。

 全部が全部、納得のいく理由なのが断りにくい。



「…………分かりました。一緒に行きましょうか」


「やったっすー!」

「いぇーい」

「ほ……よかったよかった」



 そういえば、今更だけどパナセアさんに私の職業関連のことを話していなかった。もしかしたらライブ前にアイドルとか引けるかもしれないので、話してみよ。


「パナセアさん、実は私、職業というのを――」


「ああ、知っている。マナくんに聞いたからね。私もお願いするよ」



 あら、話が早い。


「そいっ!」

「ほう、発明家になった」


 適職過ぎる。

 これではサイレンさんだけ浮くねー。


「いいっすね」

「解釈一致」


「部屋で色々試してくるよ」



 パナセアさんを見送って、夕食に意識を戻す。

 明日はライブ練習、その次の日がライブで、更に次の日はプレイヤーイベント。連絡が着き次第連合国へ行く予定。


「それにしても、このステーキ美味しいですね」

「っすねー」

「ほんそれ」


 のんびりとした夕食を過ごしていく――

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