##80 怨念がおんねん、なんて言える状況ではないみたい
気絶状態が終了したので現実で夕食をとってからログインした。
「見知らぬ天井さん、ハローハロー」
木製の天井、木製の壁、木製の床、そして木製の檻。どうやら最近は投獄が流行りのようだ。
いい加減このパターンも飽きてきたというもの。
「やっと起きたか」
「おはようございます。全員同じ檻なんて予算が足りてないんですかね」
さぁな、と私の呑気な感想に呆れた様子の不公平さん。ウイスタリアさんもどらごんも拘束はされているが、イビキをかいて眠っている。タフな子たちだこと。
どうしたものかとのんびり相談していると、窓とは名ばかりの小さな隙間越しに人の視線を感じた。
「ごきげんよう、外の方々。突然だけど脱獄に興味はない?」
あまりにもド直球な提案の投げかけに一瞬思考がフリーズしてしまったが、気を取り直して私は声の主の素性を探ることにした。
「興味は当然ありますが……そんなこと貴方に関係あります?」
「おいおいミドリの嬢ちゃん、んな言い方しなくたって――」
ゴツイ見た目の割に優しい心の持ち主である不公平さんを睨んで黙らせる。
壁の向こう側にいる人は、少し考え込んだ後に話し始めた。
「これは取引よ。出して欲しかったらこちらの言うことに従ってもらう、どうかしら?」
「逆に聞きますが、自力で出られると言ったらどうします?」
ぶっちゃけこんな拘束と檻ごときなんてことなく突破できる。如何せんこちらはフィジカル猛者の集いなのだ。
相手の目的と敵味方の把握をするために試すようなことを尋ね返した。
「そんなことしたらセヌスがまたやってくることよ?」
「2回目は負けませんよ」
啖呵を切った私を笑う女性。
嘲笑うようなそれではなく、シンプルに嬉しそうな笑いだ。
「とっても頼もしいわ。それなら
「なるほど……分かりました。何をさせたいのか、聞かせてください」
彼女なりの譲歩を受け取って、私はとりあえず話だけ聞くことにした。しかし、場所がよくないらしく移動することにした。
女性が正面から鍵を拝借して檻と拘束を解いてくれる。脱出中に気付いたが、見張りはぐうすか眠っている。突然眠らされたかのように無造作な状態で。
その犯人であろう脱獄を出引きした女性は、丈の長いコートで身を覆い、顔も暗くて見えないようになっている。
しばらく眠ったままのウイスタリアさんとどらごんを抱っこした状態で人気のない場所まで移動していく。
森の中まで案内され、かれこれ十数分。
いかにも秘密基地っぽい掘っ建て小屋の中に通された。
「ガキん頃の秘密基地ってか? いいねぇ」
「ロマンですよねー」
「ここはアタシとお兄様しか知らない場所なの。改めて挨拶をしようかしら。アタシはスノア・アリシス・スティファノス。このエルフの里の長、その娘よ」
コートを脱いだ彼女は、金髪ショートで可愛らしいアホ毛があり、丸いメガネをかけていた。
そして当然のように耳が長い。
「私はミドリで、この寝てる子がウイスタリアさんです」
「俺ァ、不公平だ。まあてきとうに呼んでくれ。んでこっちの根っこはどらごんだとよ」
一通り自己紹介を済ませた私たちは、ようやく腰を据えて話すことにした。
「今回頼みたいのはふたつ。ひとつはアタシの兄、ストロア兄様の結婚をやめされること」
「ストロア? どこかで聞いたことがあるような……」
「竜のガキが言ってたのが正しいならお前さんらのお目当てのヤツがその兄なんじゃねぇの?」
あ、そういえばそうか。目の前にいるスノアさんがエルフの長の娘、つまり王女的な立ち位置なら、その兄は王子ということになる。そしてウイスタリアさんやあの盲目の執事剣士の発言からしてストラスさんが王子。
ということは、ストラスさんがそのストロアなる人物なのだろうか。
「そのストロアという人物って、最近帰ってきた、一人称が吾輩の人ですか?」
「ええ。もしかしてお兄様と行動を共にしていたの?」
「まあ、はい」
なるほどなるほど。
ストラスは偽名で、ストロアが本名だったか。エルフの王族が家出とかしていたらそりゃもちろん本名を隠しているはずだ。
それにクランの登録は本名じゃなくても通ってしまうから不思議でもない。マナさんの本名がマナンティアだった例もある。
「それなら話は早いわね。頼んでもいいかしら?」
「……その前に聞かせてください。結婚をやめさせるのはなぜですか」
「はあ、ヤニ切れだ。俺ァ外で吸ってくるわ」
めんどくさい話になりそうなのを察して不公平さんは外に出た。あのヤニ中め、大変な役目に決定させてやろうか。
「お兄様の結婚は…………良くないのよ!」
「兄離れした方がいいんじゃないですかね」
「そういうのでは――いえ、確かに個人的な感情もある。それは認めるわ。でもそれ以上にお兄様の命が危ないの」
単純な嫉妬だけではないということか。
口調からしてきな臭い話のようだ。
「エルフの歴史はご存知?」
「いえ、欠片も知りません」
「そう。それなら一から話す必要があるわ」
簡潔にお願いしますと頼んでエルフの長ーい歴史のあらすじを聞いた。中盤は大したことは起きていなさそうなので、序盤と終盤だけ頭の中で整理する。
精霊を司る神によってハイエルフが生み出され、その後に人神がエルフを生み出したという説と順番が逆の説があるらしい。
まあそれは正味どちらでもいい。
問題は、初代里長の座をめぐってハイエルフの兄弟は争っていたということ。兄は理知的で寡黙で平和主義者だったそうだ。しかし、その兄すら弟だけには長の座を渡してはいけないと戦ったそうな。
争いの中で、弟は創世の時からあったとされる世界樹を変質させた。世界に恵みをもたらすそれを、世界からあらゆる栄養を搾り取り、凶暴に成長していく忌々しい大木に。
それを見かねた技神が自身のいくつかの権能と引き換えに世界樹だったものを破壊したのだ。
そして遂には兄が弟を打ち倒し、平和なエルフの里になった――らしい。
そしてそのハイエルフの兄の血を継いでいるのが、今の里長とストラス改めストロアそん、そして目の前にいるスノアさんだ。
さらに、争いの中で跡取りはつくっていた弟。その血を継ぐのが今回ストロアさんと結婚する人らしい。
「関係性は何となく分かりました」
「それで、ここからが問題なの。初代里長の争いをしていた兄弟は兄弟なのよ」
「それは当たり前なのでは?」
「そうなのだけれど、弟の血も兄の血も結局は母である精霊の神という点で共通しているのよ」
何となく言いたいことが分かってきた。
「要するに実質近親婚だから良くないってことですね」
「違う違う。とりあえず話の続きを聞いてから判断してちょうだいな」
そして、スノアさんは目を閉ざして衝撃の事実を語り始めた。
「――お父様がその初代の弟に取り憑かれたのよ」
「…………だから血が共通だとかの話をしたんですか」
自身に近い血の持ち主に乗り移るタイプの悪霊というわけだ。現実ならともかく、このファンタジーな世界においては幽霊や怨霊なんて居ても不思議ではない。
「そう、そしてお兄様の結婚相手も弟の血が通っている。もしそちらにも憑かれたら危険なのはお兄様なのよ」
だから命の危機とか言ってたのか。
思っていたより壮大な厄介事だ。
ん? 待てよ?
「ストラス……ストロアさんとスノアさんは平気なんですか?」
血で言えば2人も憑かれる可能性はあるはずだ。
さも自分達は安全圏にいるというスタンスだが……
「私達はお父様とお母様から産まれた時に{陽光の雫}という、悪いものを寄せ付けない物を貰っているからそこは心配ご無用なの」
「そんなものもあるんですね……それならもうひとつの頼みごとって――――」
「その通りよ。初代の弟、シリカス・スース・スレイブを完全に倒してほしいの。……たとえお父様を犠牲にしてでも、この怨嗟は終わらせなければいけないから」
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