#79 招かれざる客

 


 夕方。

 昼までキャシーさんと女子トークならぬ戦闘トークを弾ませて、昼から授業をざっと見て本日二度目のログイン。



「あれ?」



 いつも隣のベットで寝ながら出迎えてくれていたのに、なぜかもぬけの殻だった。



「おーい、キャシーさーん?」




 虚空に呼び掛けながら、記憶を頼りに今朝武器をいただいた場所へ向かう。生き物の気配が全くしない。


 この辺の巨人はキャシーさんが狩り尽くしたのもあるかもしれない。



「キャシーさんは何気に優しいから、何も言わずにいなくなるなんてナイナイ」


 心細い気持ちを誤魔化すようにおちゃらけた感じで進む。


 一人でも怖くなんかないもん。




「キャッ!? ……ト」



 突然光の線が現れて変な声が出てしまった。

 誰に聞かれてもいいように悲鳴から英単語に変えたけど、よく考えなくても意味が分からない。


 閑話休題。

 光の線は黄色だから、こっち来いっていう意味のやつだ。

 キャシーさんの居る場所まで案内してくれるのかな。



「ごーやへっど!」


 IQが孤独デバフで低下しているのを肌で感じながら、足を速めた。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 歩き続けること一時間弱。

 微かに物音が聞こえた。



「キャシーさーん!」



 赤い線が私の全身を覆う。



「っあ……」



 完全に油断していた。

 回避が間に合わず、見えない何かが体の内側で暴れ――

「ゴボッァ!!」






「はぁ、はぁ……うっ…………」



 死んだ?

 死んだ、死んだ。


 内側から体が弾け飛んだ。



「気持ち悪っ」


 嫌な死に方で吐き気が止まらない。



 しかし、あんな攻撃は初めて見た。

 キャシーさんは眠るような死を与えるし、巨人は普通に物理的に潰してくる。


 ――なら、今のは?



「バカ。どうやって見つけた?」

「キャシーさん! 今のは――」


「おやおや、お久しぶりですな」



 崩れ落ちた私を片手で抱えてキャシーさんが跳躍する。その向かいには、一人の大男が立っていた。


 どこかで会ったことがあっただろうか。



「あー! あの時の怪しい人ですか!」



 結構前、王都に初めて着いた時に路地裏か何かでぶつかった人だ。相変わらずコートを羽織っていてその全貌は明らかになっていない。



「一体どういう……ってキャシーさん、その腕!」


「んー? あー、ね」



 キャシーさんの左腕がしぼんだ風船のようにぶら下がっていた。大して気にしていない様子だが、痛いのは火を見るより明らかだ。



「よく分かりませんが助太刀します」

「あーい」



 気の抜ける返事。

 しかし、キャシーさんの目は至って真剣なものだった。



「天使が、その悪魔に肩入れするというのですな?」


「キャシーさんは悪魔なんかではありません。ただの優しい――」



 ストレージから二本の剣を取り出す。




「未亡人です!」

「……」



 空気が冷えていくのを肌で感じ取る。


 おかしいな、ギャグでも貶しでもないんだけど。

 やはり未亡人は良くなかったかな。

 言い直そう。



「ん゛ん! ただの優しい人間です!」

「てきとーだね」


「くだらないですな、下っ端天使風情が」



 Take2もウケは良くないみたい。

 そして下っ端とか言うんじゃない! 

 天使見習いよりかは上なんでーす。



「とりあえずそれ貸して」

「あ、どうぞ」



 スルーして寄越せと差し出された手に、吸魔剣きゅうまのつるぎ2号を置く。


 ふざけた名前の割に有用なそれを色んな角度から眺めているのは、きっと職業病だろう。せめて私だけでもと、油断せずに剣を構える。



「【勤勉の鳳仙】ですな」

「【飛翔】!」



 見えない攻撃に、今度はちゃんと反応できた。

 私と一緒にキャシーさんも避けれているのを確認してから、突撃する。



「【スラスト】!」

「遅い、ですな」



 渾身の突きを、腰から抜いた剣で防がれた。

 何とか押し込めれないか、力をぐっと入れる。

 手を使わせているからキャシーさんが攻めてくれればいいのに、なぜか一定の距離を保って近づいてこない。



「おわっ!?」


 首を傾げていると、再び赤い線……というよりかは空間が私の方に向けられる。

 込めていた力を抜いて、一気に離脱。


 入れ替わるようにキャシーさんが、相手の背後を襲った。



「この墓場泥棒、【怠惰の永眠】」

「【勤勉の労働】」



 キャシーさんの斬撃を、振り向いて難なく防いでいる。不可視の即死スキルもどういう理屈か効いていない。


 そして、墓場泥棒ってなんのことかと思ったけど、相手が持ってる剣、見たことがある。

 キャシーさんが過去に作り、旦那さんに贈った剣だ。


 何にせよ、キャシーさんにかかりきりになっている今がチャンス。



「【スラ――うわっ!?」



【天眼】でギリギリ踏みとどまって、見えない攻撃を回避した。例の体が破裂する攻撃だろう。


 スキルを言っていないことから、かなり長い効果時間展開できるのが分かる。先程までは一度目の発動の場所が赤かった。

 つまり――


「半パッシブで防御不可の攻撃ってところですか。最近の流行りはぶっ壊れスキルなんですかね。火よ小さく爆ぜろ、【プチファイヤボム】!」



 しかし、攻撃範囲を移動させるのには先程のを見るにそれなりの時間を要する。

 今が畳み掛けるべき瞬間。


 キャシーさんを巻き込まないように貫通力の低い魔法で牽制しつつ、再び突っ込む。


「邪魔ですな!」


 キャシーさんと剣を交わしながら、後ろの魔法を斬り裂く。キャシーさん作の剣なだけあって、刃こぼれ一つしていない。



「【スラッシュ】! 火の玉よ【ファイヤボール】!」

「【パリィ】、【勤勉の歯車】」



 寸前のところでキャシーさんが蹴撃によって吹き飛ばされ、私の攻撃も全て防がれた。

 火球を防いだ巨大な光の歯車が、軋む音を鳴らしながら動き出す。



「まず――」

「【スラッシュ】」


【パリィ】で仰け反った体を【飛翔】で強引に動かすが、急に相手の速度が数段上がっている。


 その剣は、私の胴を斬り払った。


「これで、終わりですな」


 大きな歯車を後ろに従えた大男が、高速でキャシーさんの方へ走っていく。

 対するキャシーさんも吸魔剣を構えて待っている。



 だめだ。

 キャシーさんでは勝てない。


 向こうは例の即死級のスキルも使える時間だろうし、キャシーさんのスキルも効かない。純粋な剣術、フィジカルでも上を行かれている。


 二人で、全力でやらなければ勝てない。


「【不退転の……」



 体が震える。

 あの死ぬよりも痛く、辛い感覚が、そこから先の言葉を遮る。口の中に綿を詰められたような錯覚を覚える。




 でも、やらないと。

 やらないと、キャシーさんが死んじゃう。


 短い間柄かもしれないけど、この暗闇の中で一人だった私を見つけてくれた。

 お互いの過去をさらけ出して、意図していないにしろよく考える機会を与えてくれた、怖くて行動が読めなくていつもだるそうで――優しい人。

 おんぶにだっこのまま、彼女を喪う?




「覚悟おぉ】!」


 だくだくと溢れる血を無視して、吠えながら立ち上がる。


『「可能性」をステータスに反映します』

『「ガンコモノ」の可能性の反映に成功しました』



「【縮地】!」

「まったく、無駄なことを」



 赤い空間に自分から入っていく。

 内側から圧力を感じるが、気にせず走り抜ける。


「ばかな……っ!?」

「だらぁあぁああ!!」


 その勢いのまま相手の顔面を、飛び蹴りで吹き飛ばした。



「誰ー?」

「?」


「ムキムキになってるー」

「え、うわ、本当ですね」



 一体どんな道を歩んだらこうなるのか分からないが、女性ボディビルダーになれそうな体格になっていた。



「これは置いときまして、早く倒して旦那さんの剣を取り返しましょうか」

「だねー」



 砂埃の中から立ち上がる大男が見えたので、二人で肩を並べて剣を向ける。


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