###16 冥神

 


「さ、行きましょう! 【飛翔】!」

「そうね! いちいち階段をのぼってる暇なんて無いもんね!」

「ああ。【機能活性】」



 私は大天使としての4つの翼と光輪を出して飛び、フェアさんも何らかの方法で飛び、パナセアさんも自身の足にあるジェットで飛ぶ。

 螺旋階段の空いた空間である中央を私を先頭にものすごい勢いで飛び抜ける。

 少しすると吹き抜けに出た。

 目の前には地獄の門とでも表現できそうな剛健な扉と、その前に陣取る3つの頭を持った犬が。



「そい!」

「漆黒のごっとふぁいやー!」

「【速射】」




 私の斬撃とフェアさんの謎の炎とパナセアさんの銃弾で、ケルベロスのような門番は一瞬で頭が吹き飛んだ。

 不意打ちということなかれ、これは戦争なのだ。



「おっ邪魔しまーす!」

「礼節があるのかないのか……」

「ハッハッハ!!」


 すぐに扉を蹴破り、私は中にいた敵に問答無用で斬りかかった。そんな私に呆れるフェアさんと面白そうにコロコロと笑うパナセアさん。

 フェアさんはテンション次第ではこっち側でしょうに。


「随分と元気な挨拶をしてくれる」



 漆黒の髪色の男が、私の剣を素手で受け止めたままこちらを睨む。そして剣を私ごと放り投げた。

 私は難なく空中で身を捻って臨戦態勢のまま着地する。



「さあ、観念してください! 貴方が首魁ですね!」


「ふむ……最後の抵抗かと思ったが存外手強いな。窮鼠猫を噛むとはよく言ったものだ。まあいい。貴様の言う通り、我こそが冥界の主――冥神ハデスである」



「そうですか。――では、その首もらいます。【縮地】」

「援護するわよ! 『聖なる神の加護を』【神器解放:聖神素石ホーリーティアーズ】!」

「【装填】【支援射撃】」


 私は一瞬で距離を詰めて{順応神臓剣フェアイニグン・キャス}を構える。

 フェアさんはイヤリングに触れて私に何かしらのバフを、パナセアさんは私に当たらないように牽制をしてくれた。


「……本来、我はこのような直接戦闘は得意ではない。死者を呼び起こし、軍を率いるのが我の武器だからな。だが――」


  「ふっ!!」




 私が放った渾身の斬撃は、彼の黒く染まった手の平で受け止められた。ある程度温存するために強力なスキルは温存しているが、それでも闘力を纏わせて速度によって重みも乗っている。

 手の平で正面から受け止められるような威力ではないはずだ。


 それに、手応えがあまりにも無い。

 まるで空振ったような感触だった。



「安心するがいい。我は手を出さないでやろう。来い」



 ハデスさんが空いた手で指を地面に向けると、そこからドロッと何かが蠢き、3つの人の形を作った。



 〈おやおや、中々物騒な場所でございますなー〉

 〈まさかまた蘇るとは儂も思わなんだ。しかし……かの皇帝が相手ではないようだな〉

 〈…………〉


 現れたのは、中華風の豪華な服を着た老師、そして私も面識のある冥界で出会った年のくった侍さん、最後に両目を金属っぽい拘束具で覆っている無口なおばあちゃん。



「――! 2人とも、そのおばあちゃんは私が相手するから! あとこの場で魔術だけは使わないで!」

 〈……〉


 フェアさんが光の剣で老女に斬りかかりながら、私たちから距離を強引にとらせた。それほど危険な人なのだろう。



「了解、私はお侍さんを相手しましょうか。パナセアさんとは相性が悪いでしょうし」


 〈ほう、肝っ玉の据わった武者は嫌いではないぞ〉



 私は2本の剣を携え、こっちの世界線の彼は記憶にないらしいリベンジに燃える。以前は冥界から脱出する前に軽く剣を交えたが、彼は私に【間斬りの太刀】のコツを教えてくれた人物だ。油断はしない。



「妥当な人員配置だね。君はそれで構わないだろう? 古き時代の軍師殿?」

 〈おや、このわかりやすい見た目でバレてしまいましたか。……しかしお嬢さんはこちらを軽視した様子は無い。若いのに素晴らしい経験をなされたようだ〉



 懐からシャクを取り出してパナセアさんに向けている。

 まあ彼女の心配は不要だろう。今は目の前の相手に集中。


 〈【雷鳴脈動】【紫電一閃】〉



 周囲にピリピリとした電気が散り、その直後にそれをなぞるように無数の斬撃が私を襲う――



「【超過負荷オーバードライブ】」



 それをHPから変換した高濃度の膜で凌いだ。

 同時に千を遥に超える短剣を生み出してお侍さん目掛けて射出。



 お侍さんは迫り来るエネルギーの短剣をとてつもない剣速で撃ち落としていく。ときには背後から回り込ませたり空中に誘導したりとしてみたが、私と同じように体捌き系のスキルでも持っているのかサクサクと処理されていく。



 〈甘いぞ! 【間斬りの太刀】〉


 操作に集中していた私の横から、一瞬で回り込まれて首へ刃が振られる。

 私はそれを目視し――



 口元が緩んだ。



「【残花一閃】」


 エネルギーの弾丸で自身の体を強引に回転させ、そのままかつて【祀りの花弁】に登録された葉小紅さんのスキルを発動した。

【間斬りの太刀】は他の斬撃スキルと比べて少し隙が生じる。その分防御なんて意味をなさない攻撃なのだが、それも分かっていては無問題。

 そのために、エネルギーの盾で防ぐのではなく弾で補助したのカウンターを選択したのだ。



「隙なんて、つくるものですよ。まだまだ修行が足りませんね」



 私は納刀姿勢で彼の遥か後方で残心していた。

 直後、泥が花のように咲き、彼の体は崩れてしまった。


「リベンジ達成。他は……」


「お、終わったか。【装填】」



 パナセアさんは既に勝負をつけてハデスさんにガトリングガンで動きを封じていた。

 だが、彼女の片腕は――



「ん? ああ、これは気にしなくていいさ。今は在庫が無いがまた作れば種族的に問題ない。あの軍師もなかなか猪口才だったんだよ」

「そういう話ではないと思いますけどね……」



 そして今度はこの部屋をぶち抜いて外で激しい戦闘を行っていたフェアさんを見る。



「本当に残念。【衰退の神呪】だけじゃなくてあんなハデスなんかに強引に呼ばれた貴方じゃ私に勝てないんだもの」

 〈……〉


 満身創痍の老女が、光の天秤に乗ってギロチンが降るのを待っていた。

 フェアさん、本当に何の神なのさ。


「さようなら。願わくばせめて会話のできる状態で会いましょう」

 〈……〉


 ギロチンが降り、泥が消えた。

 フェアさんはしばし顔を伏せ、すぐに不機嫌な顔でこちらに戻ってきた。


「フェアさんがドベですねー。カラオケ奢りでヨロです」

「なにそのギャルみたいなノリ!?」


 ふふっと茶化して宥めておく。戦闘において冷静さは大切なんだ。私は【不撓不屈】のおかげでブチ切れていてもそれなりに的確な判断が行えるが、普通は違うからね。



「さあ、いい加減観念してください! 使いっ走りしか芸のない弱虫さん!」

「そうよそうよ!」


 フェアさんが腰巾着みたいな賛同を示しているが、可哀想な目で見るのはやめておく。私はそろそろ倒さないと、キャシーさんが抑えてくれてる女神姉妹が気まぐれでこっちに来ないとも限らない。


「ミドリくん、気を付けてくれ。君の攻撃が防がれたのと同じように私の弾も防がれている。……というより消滅している」




 消滅?

 確かに私の攻撃も手応えはなかったが、武器を失ったりはしていない。




「ふう、やっと調整が終わったな。本当は最後に使うつもりだったが……どうせ貴様らを屠れば終わりだろう」


 彼の全身に黒いモヤがかかる。

 それは全てを内包していながら何も無いような錯覚を覚えさせる。


 この感覚、私は身に覚えがあった。



「【神格融合】」



 瞬間、この世界を覆うほど強大な力がすべてを侵食した。



「最後まで抗った世界に、混沌の神の力を手に入れた我が健闘を讃えよう。そしてさらばだ、退屈で無為な世界よ」


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