###15 昼夜館

 


 外にいた冥界の兵をあらかた聖水で片付け、私たちは遂に敵の根城にやってきた。ダークで質素な廊下を迫り来る敵を蹴散らしながら突き進む。


 しばらく道なりに進むと、螺旋階段に突き当たった。みんな(寝ているキャシーさんを除いて)と目配せをして、螺旋階段に――


 歪みを感じた。



「……っ!」



 しかし、攻撃判定ではなかったからか【天眼】による警告もなく強引にしまった。


「みんな……いますね、よかった」

「罠も見当たらなかったから何者かが直接手出ししてきたのだろうね」

「すぴー」


「気を付けて、神の気配がする。この感覚だとあの姉妹かしら」


 転移させられた先は先程のお城とはうってかわって古びた内装の廊下。目の前には埃が被った扉があった。



「武器を構えたまま入るわよ」

「了解だ」

「了解わよ」

「くかぁ……」


「なんか1人ふざけてなかった? ミドリちゃん」

「気のせいですよ。ほら、開けますよ」



「もう、私がちょっと真面目になったら茶化すんだから。もしかしてこれがツンデレってやつ?」


 別にツンデレではない。

 ただ少し、シリアス顔で仕切るフェアさんが気に入らなかっただけだ。


 私は反論待ちのフェアさんを無視して扉を開けた。



「ようこそ生者の希望達、私達の家へようこそ。ここは昼夜館。ゆっくりしていってちょうだい――その生身は捨ててね」



 紺色の髪、それが綺麗にパッツンと切りそろえられている少女が私たちを出迎えた。どうやら味方ではないらしい。



「ママ……じゃなくてお母さんが挨拶もせずに申し訳ございません。わたしは昼の女神ヘーメラーと申します。こっちは母である夜の女神ニュクスです」

「ちょっと! ヘーメラー! なんでわたしが挨拶なんか――」



 ヘーメラーと名乗った色々と発達している少女は、ニュクスさんの頭を下げさせながら挨拶してくれた。髪型は同じだが、髪色はオレンジっぽいそれで対称的である。


「私は大天使のミドリです。背中で眠ってる方は“怠惰”のキャシーさんです」

「すぴー」


「私は特にこれといった名乗りは無いが、パナセアだ」

「え、敵なんだよね? 名乗る必要あるの?」



 順に名乗っていった流れを断ち切ったのはKYでお馴染みのフェアさん。私は呆れながらやれやれと無作法な彼女を咎めた。


「名乗られたら名乗る、これ社会の常識ですよ。これだからニートは」

「誰がニートよ! あーもう分かった、名乗ればいいんでしょ? 私は――」



「ごちゃごちゃと騒がしいヤツらね! 退屈が紛れるか、確かめさせてもらおうかしら!」



 若干口調がフェアさんと被ってるニュクスさんが、どこからか黒い剣を取り出して斬りかかってきた。狙いは名乗り中のフェアさん。私はさっと間に入って真剣白刃取りをかましてやる。



「キャッチ! アーンド、リリース!」



 剣を受け止め、カウンターに蹴りを入れる。

 躱されたが距離はとれたので改めて剣を握る。


 移動する時に邪魔だったキャシーさんを空中に放り投げていたので、そっちもキャッチ。この人はリリースしない。



「ヘーメラー、久しぶりにやるわよ!」

「ママ、わたしあれあんまり好きじゃない……あ、お母さんだった」



 ママ呼びを改めたいヘーメラーさんは少し渋っていたが、2人の神はおもむろに手を繋いで上に掲げた。




「「――【昼夜混在世界】」」




 太陽が高く昇り、周囲を鮮明に映し出す昼。

 月明かりしか頼りにならない真っ暗な夜。

 決して共存することのできない二つがここには同時に存在した。


 視界に移る不可思議な光景はあまりにも異質で吐き気すら促される。


 だが、問題はそこではないのは明らかだ。

 彼女らは司るものを自由自在にことができる。それ即ち、今私たちを覆っている“世界”そのものが彼女らの手足であり、武器なのだ。

 普通であれば完全に詰みの状態である。

 ――普通なら。



「ふん! レインボー……結界!」



 私は自身に備わっている神能を使って色を押し広げてこの危険な世界に安全地帯を作り出した。

 ネーミングに関しては、結界の英語訳が咄嗟に出てこなかったので仕方ない。



「ちょっとこの結界モドキを持たせるのに精一杯なので、あとは何とかしてください!」


「仕方ない、ここで爆ぜておくか」

「自爆するつもりなの!? 馬鹿じゃないの!? 私たちも巻き込まれるでしょ!?」


「冗談だったんだが……」

「顔がマジだったんだけど!?」




「んぅ……うるさいなー」




 私の背中にいる眠り姫が不機嫌そうに動き出した。私が外からの2人分の神能を必死に食い止めていると、背中の彼女を支えていた片手は空を切った。



「【怠惰の誘惑】」



「あ……れ」

「なんだか眠たく……それに神能が…………」



 女神姉妹が作り出した“世界”は消え、安定した後の空間には広間で横たわっている姉妹の姿が。

 あれ、もしかして瞬殺ですか?

 助っ人が最強すぎる件。



「すぐに効果、切れるー。その後も含めて……10分。あさえてあげるー」

「神二柱相手にひとりでですか。ありがたいです」

「グッジョブだ。ここで喋っている時間はなさそうだ。先を急ごう」


「ちょっと待って。一つだけこの子達に質問があるの。ねぇニュクスちゃんにヘーメラーちゃん。貴方達ハデスの部下とかになるタマでもないと思うんだけど、なんで手を貸してるの?」



 先行する私たちを差し止めて、フェアさんは女神姉妹にそう質問を投げかけた。



「退屈だから、神の在り方なんてたいていそんなものでしょう?」

「私はママに付き合ってるだけですけどね……」


 彼女らが実際にどれほど人類に被害をもたらしたかは不明だが、私としてはそんな理由で肩を持つのかと腹立たしく感じる。

 フェアさんも同じ感情なのか少し顔をしかめながら苦言を呈した。



「退屈なんて今までもずっとそうだったのにどうして急に――」



「外、楽しそうじゃない。だから余計退屈が気に入らないのよ、ただそれだけ。ほら、行った行った。わたし達の相手はそのあぐらかいてる子がしてくれるんでしょ?」


 なんとか立ち上がろうとしながら、ニュクスさんは目障りだと私たちを追い返すようにしっしと手を振った。



「フェアさん、行きましょう。あまり時間はありませんから」

「……そうね。待たせてしまってごめんなさいね」




 私たちは入ってきた扉から再度出る。

 そこしか出入口は無く、何となく冥界に入ったときのような空間の歪みがあったからあそこを通ればもといた螺旋階段の前に戻れるはずだ。



「キャシーさん、死なない程度に頑張ってください! さっさと終わらせて迎えに来ますから!」


「よろー」



 私たちはこの場を怠惰ながらも頼りになる彼女に任せ、広間をあとにした。



「――ハデスのやつは本気よ。奈落にもに行ってたみたいだし精々足掻くといいわ」

「マ……お母さん。意味深なこと言うなら手を貸せばいいのに」



「嫌よ。素のハデスなら兎も角、あんなのを相手にするのは退屈しのぎには割に合わないじゃない」



 扉が閉まる直前、そんな不穏な会話が聞こえたような気がした――

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