#ジェニーちゃんのあゆみ 3/5#

 

「――我は太陽神ヘリオスだ」



「なるほど。この山火事の元凶…………ああ、順序が違うかのう。火の手で襲われたから貴様のような神が守っておったようじゃな」


「――」



 無言でジェニーの周囲を炎が包み込み、押し潰さんとするが、【絶対領域】はその程度で破れるようなものではない。



「神能の練度が甘いのではないかのう?」



 神能、それはこの世界から授かった概念を操る神の特権。簡単に言うと、スキル名無しで自由に発動できるスキルの上位互換である。


 とはいえ自由さが上位互換なだけで、ジェニーの【絶対領域】を上回る火力は出せていない。




「……その髪色にその目元、初代勇者の末裔か。道理で強いわけだ」



 ヘリオスは納得しつつ、陽炎かげろうによる光の屈折で数多の分身を映し出す。その数は火の山を埋め尽くすほどであった。



「そんなことは関係ない。わらわは最強ゆえに妾なのじゃ」


 ジェニーの首飾りが爛々と輝く。



「『我が前にひれ伏せ 我が後に続け 我が歩みに喝采せよ』【神器解放:覇者特権アドミン・ポゼッション】」



 親からの最初で最後の誕生日プレゼントの、誰にも使えなかった神器を解放した。とある神が遺した代物は、何も無い空間から主の意思に沿った武器を喚び出す。



「【全鑑定】殺神魔剣δデルタぁ? こんなのがあっのじゃな。作ったやつの気が知れんが、まあよいか」



 軽く製作者に対して引くような発言を吐きながら、一振り。

 たった一度の薙ぎ払いで陽炎は消滅し、本体のヘリオスにも浅めの傷が走った。



「勝負ありじゃな」


「なんの……! これは――」




 優雅に歩いて近づいたジェニーは、切っ先をヘリオスに向けて言い放つ。



「ここは妾の領域じゃ。神能じゃろうと使うことは妾が許さぬ」



【絶対領域】の範囲内に入っているのだ。

 反撃しようとしてもジェニーの許しを得ないと動くことすら不可能である。



「それで、貴様の守っておったものはどこにある?」


「……山の中腹、目印に祠もある。そのまま奥へ行くと見つかるだろう」



 それを聞くと、ジェニーは容赦なく首をはねた。



「どうせならその神能も貰っておこう【傲慢の掌握】」



 消滅する前に太陽の神能だけを支配し、自分のものとした。

 彼女はいつまでもどこまでも傲慢。神能を支配するなぞ児戯にも等しいのだ。



「【神速飛翔】」



 太陽神ヘリオスが守っていた代物を手に入れるため、ジェニーは火が消え始めた山の中腹へ向かう。



「ここじゃな」


 迷うことなく見つけ、何の躊躇いもなく足を踏みれていく。祠を見つけ、その先へ入ると白く光る水晶のようなものがポツンと台座に置かれていた。




「眉唾物ではなかったのじゃな……続望結晶ぞくぼうけっしょうなぞシフでも見たことないのではないかのう?」





 続望結晶。

 それはの世界における最初の神が遺した希望の塊。“人”の成長限界を超えさせる補強材エンドコンテンツ

 ありきたりに言うなれば、レベル上限の突破アイテムである。



「どれ」



 ジェニーがおそるおそるなんてこともなく、いきなりガシッと続望結晶を掴んだ。

 眩い光が溢れ、ジェニーを包み――


 続望結晶は彼女に溶けるように消えていった。




「おーおー、レベルアップが止まらなくなってしもうた。レベル100から止まっていた経験値は貯蓄されておったのじゃなー」




 ステータスを確認し、用は済んだと火の山を出ようとする。じきに山の火は消えるだろうが、ジェニーに渡った太陽が消えることは無い。




 飛んでいる最中、視界の端に死体が映った。



「――――」


 木々で危うく見逃すところだったが、幸いにも、あるいは不幸にも発見することができた。死体には刺傷や魔法の跡、リンチにでもあったような惨状の証拠が残っていた。



「ランティル……」



 それは彼女にとって唯一の友のものであった。

 ランティルを嵌めようと火の山に向かわせた者たちの仕業で間違いない。



「事故を装うつもりなのじゃな――であればそちらも事故になるじゃろう?」



 時間も経っておらず、まだ周辺にいるのはパッシブスキルで確認している。



「――苦しんで、死ね」



 手のひらを嵌めた者達に向けると、少し離れた所で炎と悲鳴が上がった。あっさりと仕留めて死体の傍へ歩み寄る。




「シフなら何かできるはずじゃ」



 自分より知識だけは上のシフに希望を見いだし、死体を抱きかかえる。死体の発見は死の発覚。もし蘇生の術があっても厄介事になるのは想像に容易いのだ。短期間なら道に迷ったといえば何とでもなる。


 帰ってシフに非常用の連絡魔道具で一報を入れるため、行きよりも急いで飛ぶ。





 ◇ ◇ ◇ ◇



 シフに緊急連絡を入れ、死体を冷凍保存してから三日が経過した。


 待ちに待ったシフの返答は対価次第とのこと。

 対価次第では蘇生薬を、エルフの王が寄越してくれるそうだ。




わらわの首飾りでどうじゃ」

 〈……本当にいいのかな☆〉



「国宝がなんじゃ妾の物をどう扱おうが文句を言われる筋合いなどないぞ?」

 〈それが技神の最高傑作の一つというのは教えたよね?〉


「こんなものが無くとも妾は最強じゃ。さっさとするのじゃ」

 〈そっかー☆ 分かった、それで交渉してくるよ☆〉



 通信が切れると、モニアが心配そうに尋ねる。



「よいのですか?」

「構わん構わん。少し世界の摂理をねじ曲げる程度の、蘇生もできん物なぞ必要ないのじゃ」




 ◇ ◇ ◇ ◇



 一週間後、シフが蘇生薬を持って帰ってきた。首飾りは後日渡しに行くようだ。それだけシフが信頼されているのだろう。



「三つとはケチじゃな」

「そこは許してあげて☆ もう世界樹は枯れてるんだから素材である実も無いんだよ☆ だから、この三つが最後なのさ☆」



「まあよい。振りかければ蘇るのじゃな?」

「そそ☆」



 シフから蘇生薬を受け取り、保存していたランティルの死体に振りかける。



 瞬間、この世のものとは思えない光が強く輝く。

 あっという間に傷だらけの死体が修復され、ついには目を開けた。




「ランティル……貴様の寝起きを妾が見るとは珍しいものじゃな。モニア、水を持ってきてやれ」

「は!」


「…………じゃあ、わたしはこれを渡しに行くよ☆」


 モニアは水を取りに、シフは首飾りをエルフの王へ渡しに退出した。



「――――」


 ランティルが不思議そうに自分の体を眺める。



「どうじゃ? 妾も蘇生の感覚は知らぬが、まぁ気持ちの良いものではなさそうじゃな」

「――――――で」




「ん?」

「なんで」



 ムクっとベットから起き上がりながら、責め立てるような目でジェニーを見る。





「なんで生き返ってるの? なんで楽にしてくれないの? なんでまた苦しまなきゃいけないの? 怖いの。みんなが私を見てない。私が貴族だったから殺されたの? 私がみんなの邪魔だったから?」



「……ランティル」




「ねぇ、ジェニーちゃんも、私の事嫌いなんでしょ。擦り寄る薄汚い貴族だと思ってたんでしょ」



「ランティル」





「痛いの。苦しいの。こんな世界、私は嫌なの。はやく楽になりたいの」



「ランティル!」




 ジェニーが珍しく怒りながら肩を掴む。



「妾はランティルをランティルとしてしか見ておらん! 貴様は妾の友なのじゃ!」


「ごめんね。私はもう何も信じれない。あ、でも友達ならさ――」



 ジェニーは、いつもの天真爛漫な彼女しか知らない。倒錯して淀みきった瞳に宿る鈍い光が、ジェニーの心を揺さぶる。



「――私を、殺して? できるだけ楽に殺してくれると嬉しいな」



「な、ん……ぇ」



 優しい笑みは以前のそれとは大きく異なり、諦めと恐怖が張り付いていた。



「できるでしょ? ね?」


「断る! 貴様を狙う輩なぞに屈するでない!」




「それはジェニーちゃんが強いから言えるの。私は普通の人間で、弱っちいから我慢も立ち向かうのもできないの」


「それは……」




 ジェニーは生まれながらにして圧倒的強者。世の理不尽程度、簡単に跳ね除けてきた。

 ゆえに、ジェニーには劣等感も恐怖も分からない。友の苦しみに共感を示して現実的な対処法を提示することができないのだ。





「ね、サクッとお願い」

「いや、じゃが……妾は…………」




「最期にジェニーちゃんに会えてよかった。ジェニーちゃんと友達になれて、本当によかった」



 そう言ってジェニーに抱きついた。

 その手はいつもとは違って震えていて、怖くて怖くて仕方がないのがジェニーにも伝わった。



「……妾も会えてよかったのじゃ。もう休むが良い。友よ、おやすみじゃ」




 ジェニーもこれ以上友を追い詰めることになるのは心苦しく、休ませることにした。折角蘇生したが、本人がそれを望まないのならあるべき形にすべきなのだ。


 せめて、最後にジェニーも抱き返す。



「ふふ、ええ。おやすみなさい。ジェニーちゃんは立派で最強の皇帝になるのよ」



「当然じゃ。ついでに貴様の分も長生きしてやろう」



 抱き合ったまま、ジェニーはランティルを消し炭にした。

 痛みを全く感じさせない一瞬の超火力。



 ランティルの最期は、友の腕の中であった。幸せな表情でこの世からリタイアしたのはせめてもの救いなのだろうか。




「殿下、水はいかが致しましょう?」

「妾が飲む」



 やけになって水を一気飲みし、口を拭いながら残りの蘇生薬をモニアに渡す。



「仕舞っておいてくれ」

「かしこまりました」



 ジェニーはこの日、ランティルに悪意を向けた貴族を一族郎党根絶やしにして更に畏怖されるようになった。

 謹慎程度で済んだのはその矛先が自分に向くのが怖いのだ。それがたとえ実の親だとしても。否、親だからなのかもしれない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る