間章

#ジェニーちゃんのあゆみ 1/5#

 

「おお! 陛下、凛々しい女の子です!」

「そうだな……この子はジェニー、ジェニー・ガーペ・プロフェツァイアだ!」




 太陽が燦々と輝く頃、空より透き通った青の髪を生やした赤子が生まれ落ちた。

 産声はたいそう気高く、生まれて間もないながらもその威圧感は瞬く間に世界へ轟いた。


 誕生の翌日、ジェニーの面倒を見ていた複数の乳母は突然気絶した。そして、どこからともなく黒と金の髪の女が現れる。



「これはすごい。まさか誕生と同時に傲慢を冠するとは」

 〈【てんちゅう】〉



 空の更にその上から光の束が降りかかる。

 が、女の頭上で見えない何かに阻まれた。



「……本当に人間?」

 〈じぇにー〉


「いや、そういうことじゃないんだけど……」

 〈だれ〉



 その幼女は生後1日。身体的な成長は普通の人間なのでまともに話せないが、念話で意思疎通をしてのける超人だった。神の血を引くわけでもない純粋な人間の域を、幼女は遥かに超えている。



「直接君をこの目で見てみたかっただけの、通りすがりのお姉さんさ」

 〈ずがたかい〉


「……そろそろ誰かに見られそうだし、この辺でおいとましようかな」

 〈へーふくして〉


「…………また会おう」



 女はスっと溶けるように消え去った。

 それをつまらなさげに見てから、呟いた。



 〈だれ〉



 己の胸に手を当ててそう尋ねる。

 乳母達が気絶している隙にこと進めておこうという魂胆のようだ。



「悪魔の俺が言うのもあれだけどさ、化け物すぎない?」

 〈……〉



 黒髪のまさに悪魔といった風貌の男が現れた。

 幼女はそんな光景にも表情ひとつ動かさずに沈黙を貫く。



「はいはい、名乗れとね。俺は大悪魔のルシファーだ」

 〈しふ。ずがたかい〉


「いやいや、一応これでも傲慢を司る悪魔で――」

 〈【ぜったいりょーいき】〉



 半透明のドームが部屋を覆う。

 それは彼女が上に立つ存在としての証。

 世界すら歪める最強の領域が展開された。



 〈へーふくして、あとしゃべりかたがふけー〉

「……っ!?」



 触れもせずにルシファーは平服をさせられた。スキルの強制力が大悪魔の格すら圧倒したのだ。



 〈しふはあかるくして、じぇにーはつよいから〉

「あはは! こうもどちらが上か見せつけられては仕方ない。明るく……こうかな☆」


 シフは誰が見てもウザイ笑顔を浮かべた。

 ジェニーは顔を顰めつつ、


 〈……それでいいや〉

「あれ!? 違うのかな☆」



 冷酷で無敵な幼女とおちゃらけた悪魔のタッグは締まらない形で出来上がった。幼女の思惑はただ一つ。とりあえず世界を支配して、ついでにさっき逃げられた女を殺すこと。嫌な予感がするので倒しておこうという腹積もりである。


 ただ、傲慢な彼女といえど彼我の実力差は認識している。しかし、成長すれば勝てるとも確信していた。




 ◇ ◇ ◇ ◇



 ジェニーは帝国の第4皇女である。

 彼女が認めた唯一のお供であるシフは、様々な裏工作によって高給の皇室執事の地に着いていた。


「ふむ、雑魚ばかりじゃな」

「君やわたしにとっては、だよ☆」



 ジェニー・ガーペ・プロフェツァイア3歳、既に言葉を流暢に使いこなし、肉体も少しずつ成長してきた頃。初めての遠征で、当時対立していた聖王国の軍を単騎で殲滅していた。



「父上はなぜこんなのに手を煩わせているのだ?」

「ただの人間は一人で軍を倒すなんて無理たからね☆ 軍事の勉強で習わなかったかな?」



「習ってないのじゃ」

「皮肉なんだけど……☆」


 ボソッと漏らした呟きを無視し、ジェニーは戦場に背を向けた。



「――ねえ、聞きたいんだけどさ☆」

「む?」


ちまたでは天才とか呼ばれてるけど、冷酷な性格は統治者としては不完全だよ☆」

「まだ統治者でもないじゃろ」



「もう少し優しく丸くなった方がお得だと思うんだけどね☆」

「実体験か。まあ妾は妾じゃ。他の者に媚びへつらうつもりは毛頭ない」


「……ま、言っても聞かないよねえ☆」


 分かっていながらも親切心が勝った彼を悪魔と呼ぶ者は誰もいないだろう。それは彼が悪魔である以上にジェニーの従者であるのが大きい。



「シフ、帰るぞ」

「はいはーい☆」



 戦況を圧倒的に有利にした二人は戦場を優雅に歩いて帰還した。




 ◇ ◇ ◇ ◇


 ジェニーは5歳になった。

 挙げた戦功は数しれず、その圧倒的な実力に名はん周辺国家にまで響き渡っていた。



 ――カツカツ。

 大理石を小さな足と軽すぎる足が踏んでいる。

 ジェニーとシフのコンビである。




「そろそろ飽きたのじゃ。強いやつはどこかにいないものかのう……」

「例の彼女はどうなんだい?」


「あやつの居る地までが遠い」

「そっか☆ 地というか天だしね☆」



 シフが高らかに笑っていると、向かいから偉ぶった男の子が数人のお供を引き連れて歩いてきた。

 ジェニーより彩度の低い青髪は、ほんの少しだけ初代皇帝にして初代勇者の血を引いている証。


 血も実力も君主としての才も、全てにおいてジェニーに劣っている兄であった。



 そんな兄をジェニーは完全に無視して通り過ぎる。



「……ジェニー」

「妾の名を気安く呼ぶでないわ、デブ」


「いい加減お兄様と呼べと……!」

「貴様のような凡人と話している時間が無駄じゃ。用がないなら話しかけるでない」



 そう言放ってつかつかとその場を去った。

 シフはその様子を心配そうに眺めながらも何も口出しはしない。


 兄の憎悪がこべりついた視線なんて彼女にとっては路傍の石も同然なのだった。




 ◇ ◇ ◇ ◇



「急げ! 隊列を組み次第制圧にかかれ!」

「伝令! 冒険者ギルド方面制圧されました!」

「帝国六輝は何をしている!」

「何者かに力を縛られてまともに戦えないとの事です!」



 帝都に火の手が回っている。

 帝国で突出して強い帝国六輝と呼ばれている集団は対策されたのか抑えられていた。





「――妾の眠りを覚ますとは死にたいようじゃな」

「徹夜でチェスなんてするからだよ☆ 負けず嫌いにも程があるよ……☆ 結局勝ててないし☆」


「黙れい! ……それで、随分過激な祭りじゃな」

「謀反だってさ☆」



 帝国はその体制上、謀反なんて滅多に起こらない。あったとしてもすぐさま鎮圧されるのが常だった。

 ジェニーが皇帝の座を狙って腰を上げたのならまだしも、ただのテロリストが順調にことを進められるなんて異常なのだ。


 ジェニーはそんな非日常に少し心を躍らせ、鼻歌混じりに寝巻から着替え始めた。





「おや、お客さんかな☆」


 ジェニー含めた皇室はそれぞれの屋敷を持つのだが、彼女の性格上最低限の使用人しかいないため、朝から屋敷に近付く者は皆無。

 客なんて言い方はシフの皮肉なのだが――



「ごめんください」

「はーい☆」



 シフが扉を開けると、そこにはジェニーと同年代くらいの幼女が立っていた。仮面舞踏会でよく見る仮面を付けた怪しげな格好である。髪は茶色でおさげなので不釣り合いさが拭いきれない。



「どちら様かな☆」

「この度、皇女殿下にお仕えすることとなりました、モニアと申します」



「んー? 聞いてないけどなー☆ ま、いっか。じゃあ紹介するからついておいで☆」

「ありがとうございます」



 明らかに怪しい幼女をジェニーのドレスルームまでの案内を始めた。




「でーんか☆ 新しい使用人だってさ☆」

「貴様一応男じゃろ。妾がまだ幼いからと言って着替え中に入るのはどうかと思うぞ」


「悪魔にとって性別なんてあってないようなものだよ☆ 特に君に欲情するほどの自信はないさ☆」

「そうか、まあ何でもいい。それで、貴様は?」

「ジェニー・ガーペ・プロフェツァイア殿下ですね。モニアと申します」



 モニアを名乗るメイドは恭しくお辞儀をする。

 その様をジェニーは冷たく眺めていた。



「主人と会うのに仮面か。不敬極まりないのじゃがな」

「事情がありますゆえ」


「妾を倒しにでも来たのかのう?」

「……ご冗談を」



「貴様、帝国六輝をおさえた者じゃろ。確か……アランメリア家じゃったか? 代々強力な封印の術を受け継いでおるのじゃろう?」

「…………誠に感服でございます。しがない小貴族をご存知だとは。では失礼します【神縛り】」



 モニアが不意打ちでスキルを発動すると、ジェニーの体を金の鎖が巻きつく。それは全身を簀巻きにし、ありとあらゆる概念を束縛した。



「ほう、神すら縛る技か。見事じゃな。まあ妾が神より強かったのは誤算かもしれんがのう。ふんっ!」



 ジェニーが強めに力むと、神をも拘束する鎖は消し飛んでしまった。



「は???」

「いい加減人間を名乗るのはやめるべきだとわたしは思うよ☆」



 モニアは唖然とし、シフは笑いながら軽口を叩く。その気になればモニアを襲ってどうにかできたが、ジェニーの強さには絶対なる信頼を置いていたからこそシフは無視したのだ。



「モニア・アランメリア。言い残すことはあるか?」

「っ! 【破滅の――】」

「【絶対領域】」




 ジェニーが絶対の空間ができあがり、モニアのスキルは使用不可になった。ここではジェニーこそが絶対、相手にだけスキルを使えなくするなぞ容易なのだった。



「くっ……ひとおもいに殺せ!」

「そう言われたら興が冷めるのう。シフ、こやつに妾の偉大さとメイドとしての全てを叩き込んでやれ」


「了解☆ 君はどうするの?」

「着替え終わったら軽く鎮圧してくるのじゃ」



 そう言ってしっしと二人をドレスルームから追い払う。

 殺されるものだと思っていたモニアは、ジェニーの話している内容を理解するのにしばしの時間がかかった。



「な、なぜ私を殺さない!」

「言うておろう。興が冷めたと」


「だが必ず私は――」

「安心しろ。貴様のような幼子を戦の道具にする家族なぞ八つ裂きにしてくるからのう」



「……」

「止めないんじゃな。貴様も薄々家族のクズさには気付いておったか。シフ、首根っこでも引っ張っていけ」


「はいはーい☆ あと幼子云々はブーメランだからしんどくなったら言いなよ☆」



 シフの心配の声を鼻で笑って行かせる。

 これ以上は無粋だと分かっているのでシフも黙ってモニアを連れて立ち去った。




「戦の無い世界になればのう。シフの言うの世界では実現されているようじゃし、不可能ではないはずなんじゃが――」




 愚痴を吐きながらも、ジェニーはいつもの戦装束に身を包んだ。

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