#5 初めて死にました

 


 気がつくと最初の教会に居た。


 もう安全なはずなのに、熱い気がする。それに体が重くなっている。


 ふと教官の死に際がフラッシュバックする。


「うっ」



 これはまずい。修羅場で引いていた吐き気が戻ってきた。



 口元を押さえながら走って外に出る。適当な路地裏入る。できるだけ表通りから遠い場所で吐こう。



 丁度マンホールのようなものがある。片手で頑張って開け、吐く。




「オロロロロロロロ……」



 カメラが回ってるはずなので、マンホールに覆い被さるように見えなくする。



 しばらく吐いて、落ち着いてきた。蓋を戻して口元を袖で拭って立ち上がる。ハンカチかティッシュが欲しい。



「お見苦しいところをお見せしてしまいました」




[死体蹴りされたい::たすかる]

[カレン::大丈夫??]

[ちゃぶ台::フォローした]

[芋けんぴ::色々お疲れ様]

[ぽんちゃん::休んで!]

[親子丼のご飯役::神よ、いったい彼女が何をしたというのか…]




「休みたいところですが、冒険者ギルドで報告しなければいけませんから」



 路地裏を来た道を戻る。


 戻る、戻、…………ここどこ?



 一心不乱に走って道を覚えてなかったから、背中側に歩いているが、一向に表通りに出れる気配がしない。




[唐揚げ::ん?]

[枝豆::お?]

[隠された靴下::迷子?]

[ベルルル::ん?]

[天麩羅::おっと?]

[病み病み病み病み::あれ?]




「違います。迷子じゃないです。ただの寄り道です」



 道を教えてくれる優しい人がいないか見てみたら、なんとも酷いことを言われていた。まったくー。



「にゃー」



 黒猫が歩いてる私を見ながら威嚇している。


「不吉ですね」



[あ::話逸らした]

[ゴリッラ::逸らすな]

[味噌煮込みうどん::迷子から逃げるな]

[燻製肉:¥7777:不吉打ち消しアタック!]

[セナ::迷子かわいい]



「面倒ですね。【飛翔】」




 高度を上げる。中々広い町だけど、人の密集度はかなり偏っているように見える。



「冒険者ギルドの建物ってどんな感じでした?」




[芋けんぴ::迷子しないのたすからない]

[カツ丼::ずっる]

[階段::迷子して]

[スクープ::大きめの看板に書いてますよ。建物は直方体、灰色の大きめのやつです]

[ヲタクの友::迷子卒業たすからない]

[蜂蜜穏健派下っ端::めっちゃ目立ちそう]




「スクープさん、ありがとうございます」



 見つけれた。ただ、すごく注目を浴びてしまっている。そりゃあ、羽を生やして浮いてるのが町中で出たら誰でも見るだろう。


 ま、まあ、顔は見えないだろうし、セーフセーフ。



「行きますか」



 このまま直接行くのはアホだから、道を覚えてから路地裏に降りる。羽を仕舞ってから走る。




「待てや、ゴラ」



 は?


 ……危ない。キレるところだった。調子良く走っていたら、不良というか、ヤのつきそうな人に絡まれる。



「何ですか?」


「合言葉を言ってから通れや」



 この人のシマとかいうやつかな? こういう人への対処法は、目を合わせずに逃げることだ。



「失礼しました。【ダッシュ】」



【走術】のアーツを使って逃げる。アーツは一つのスキルからいくつか能動的に使えるものだったはず。


 上手く逃げおおせたが、今日はとことんツイていないなー。



「ふぅ……あれ? ここどこですか?」



 逃げるために走ったから、完全に道を見失ってしまった。視聴者さーん、たすけてー!




[落ち葉::迷子再び]

[カレン::あらら]

[あ::一生迷子で草]

[塩コショウ::初見です]

[蜂蜜過激派切り込み隊長:¥1000:迷子たすかる]

[味噌煮込みうどん::迷子きちゃ!]



 喜ぶな。どうしたものかねー。また飛んでもいいけど、何か二回目だと恥ずかしい。


 これ以上彷徨うろついてても着くとは思えないし、仕方ないか。



「【飛翔】」



 飛んでまた冒険者ギルドを探すと、反対側にあった。今度はまっすぐ下に降りるのではなく、進行方向に降りながら飛んでいこう。それなら目立たないだろうし。





 表通りが近づいてきたので、路地裏に降りて羽を仕舞う。



「よし」



 冒険者ギルドの正面に出れた。私がギルドに入っていくと喧騒が止む。私に着いて行った教官が居ないのを見て、察したのかな。



 受付まで行き、呼び鈴を鳴らす。




「はーい、あれ? オックスさんはどこへ?」



 彼はオックスというのか。自己紹介すらしていない仲だったから知らなかった。

 名前も知らない小娘に最期を見届けられたのはさぞかし無念だったろうに。



「目の前でやられました」


「っ!?」


「これ、彼の冒険者カードです」



 ストレージから取り出して渡す。



「何があったんですか?」



 受け取った受付嬢は少し緊張しているように見える。こんな平和そうな町の近くにあんな化け物がいるんだし、ビビるのも最もだ。


 いや、平和な町ではないかも。さっきの人とか、麻薬とか、治安が若干悪い。




「依頼の獲物は討伐できたんですが、途中でとてつもなく強いキメラが襲ってきまして、二人揃ってやられました」


「きめら?」


「頭はライオン、胴体は山羊、尻尾は蛇の不可思議な生き物です」



「どこで遭遇したんですか?」



 地図を出してくれる。やはりこういう職場だと人が死ぬのは慣れているのだろうか。冷静に対応してくれるのは有難ありがたい。



「おそらくこの辺りですね」


「分かりました。ありがとうございます」



 そう言って地図を急いで仕舞ってどこかへ行こうとする。



「依頼の噛みちぎり狼の回収が出来てないのですが、どうすればいいでしょうか?」



「えーと、緊急事態ですし、色々やらなきゃいけないので、また後で来てくれませんか?」


「夕方頃なら来れます」


「お願いしまーす」



 奥に引っ込んでしまった。オックスさんはランクが高かったとかで、そんな彼が倒された敵という感じで封鎖とかするのだろうか。


 じゃなきゃあんな反応はしないだろう。



「あ、武器渡し損ねました」


 後で渡そう。とりあえず、今は宿が先か。配信終わらせよう。人目の無い路地裏に行く。




「とまあ、トラブルだらけの初配信でしたが、ご視聴ありがとうございました。夕方頃からまたやるのでよろしくお願いします」




[壁::お疲れ様でした!]

[隠された靴下::お疲れ様]

[芋けんぴ:¥10000:全裸待機してる]

[紅の園::ゆっくり休んで〜]

[ゴリッラ::乙]

[唐揚げ::濃密な時間でした!]

[枝豆::乙]

[病み病み病み病み::楽しかったです]

[階段::推します]

[カレン::無理しないでねー]

[ヲタクの友:¥50000:]




「あ、ハイパーチャットは夕方の配信の最後の方で読みますね」



 配信終了のボタンを押す。フワフワ浮いてたカメラは消え、路地裏の静寂だけが残る。音は出ていないはずなのに、寂しく感じる。





 迷わないように表通りを歩いて宿を探す。お腹も空いてきたので何か買い食いしようかな。


 このゲーム、空腹も再現されていて、ログインしている時間に合わせてお腹が空くらしい。つまり朝から昼まで居た私は、まあまあお腹空いてることになる。



「お嬢ちゃん、兎肉はどうだい?」



 屋台のおばちゃんが勧めてくれたのは、兎の肉の丸焼き。こうばしい香りが鼻腔びくうをくすぐる。



「一つください」


「まいど! 2000Gゴールドだよ!」



 うっ、意外とお高めだ。大きいし腹持ちは良さそうだから丁度いい気もするけど、毎日食べれる余裕は無いかな。今日だけにしとこ。


 でも、現実だったもっとするだろうなー。兎だし。



 そんな事を考えながら、ストレージからピッタリ2000Gを取り出して渡す。


 現実に寄せてるのか、銅貨が10G、銀貨が100G、小金貨が1000G、金貨が10000G、だ。ストレージには、いい感じに全種類入って50000Gだ。きっとまだ上があるんだろうけど、まだ知らない。お金関連は調べていなかった。




 おばちゃんと別れて、肉にかぶりつきながら宿探しに戻る。




「あっ! 天使のお姉ちゃん!」



「え?」




 呼び止められたから振り向くと、ログインしてすぐに助けた子供が手を振っていた。あの時はちゃんと見てなかったが、女の子だったようだ。



 骨も無く、食べやすい串に刺さった兎肉を半分ぐらい残してストレージに仕舞う。汚れないから便利な機能。




「あわわゎ、天使様に失礼よ!」



「構いませんよ。貴方達はあの時の――」



「妹を助けてくださり、本当にありがとうございました!」



 親ではなくお姉さんだったのか。大人びていらっしゃる。



「お元気そうでよかったです」


「それで……何かお礼ができたらと思ってるんですが…………」



「でしたらこの辺りで良い宿を知りませんか?」


「宿を探しているんですか?」



「そうです」


「でしたらうちに来てください! 好きなだけ泊まっていってもいいので!」



「いえ、宿がいいので」


「うち、宿屋をやってるんです!」



 民泊は申し訳ないと思ったが、宿屋ならいっか。でもこの勢いだと宿代もいらないとか言いそうだ。



「ちなみにおいくらですか?」


「本当なら一日5000Gですが、天使様はもちろんタダですよ!」



 ほら、言わんこっちゃない。



「全額払います。一応案内してくれませんか? 良さそなら泊まりたいので」


「案内はしますが、払わせませんよ!」



 なら、どちらが先に根気負けするか勝負だ!






「もうそれでいいですよ」


「本当は無料でもいいですけどね。天使様がそこまで仰るなら妥協しますとも」



 引き分け。交渉の末、半額になった。客が値上げ、店側が値下げの交渉するなんて妙なことになるのは珍しい気がする。



「ご飯はどの時間に要りますか?」


「朝食でお願いします」



「分かりました! では2500G頂きます」


「はい」



 2500G渡すが、違和感を感じる。何だろう?


 あっ!



「食事代はいくらですか?」


 危ない。またタダで食わせられるところだった。


「込みですよ」


「いや、ですから……」



「何かあった時に助けてください。それだけでいいです」



 そう言い残して厨房らしき部屋に入っていった。


 ご飯だけはご好意に甘えるとしよう。



 貰った鍵の番号の部屋に入り、鍵を閉めてベッドに寝転がる。



「つかれたー」



 メニューからログアウトを選択する。



 視界が暗転する――――




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