#4 やっと戦闘できます

 


 門も特に手続き無く通り、平原に到着。帰りは冒険者カードを見せるらしい。受付嬢さんから預かってたと先程渡された。



「名前とランクしか書いてないんですね」


「他にいらないだろ? 俺らはいつ死んでもおかしくないやつらだから、無駄に飾る必要なんて無いんだぜ」



 あっさりとしてるというか、清々しいというか、少し憧れる生き方だ。

 何にも縛られないのは、心地良さと同時に責任という重圧が着いて回る。


 こういう人こそ自由を本当の意味で謳歌おうかできるのだろう。



「居ねぇな。少し森の方行くか」



 指を差しているのは方角だと南。木々が生い茂っていて、大剣をぶん回すのには向いてなさそう。



「分かりました」



 この人が居るから問題無い。危なくなった時のために教官が居るのだから。



 森の中に入って少し歩くと、前方に小さな狼が一匹いる。膝ぐらいの高さだ。




[壁::かわ、いくないね]

[隠された靴下::うわ]




 コメントでもあったように、あの狼、目が血走っていて、よだれもダラダラで、いかにも凶暴って感じだ。



「行ってこい」



 背中を押してくれるが、ハッキリ言うと怖い。木の隙間はそこまで広くなく、思い切り振り回すと普通に木に当たりそう。


 でもここに来てやめるという選択肢は無い。



「すぅ、ふぅーー」



 深呼吸をしながら背中から大剣を抜く。




[あ::がんばえー]

[階段::頑張れ!]

[ゴリッラ::パワーでいける!]

[枝豆::慎重に]

[芋けんぴ::がんばえー]

[蜂蜜過激派切り込み隊長::いけるいける]

[カレン::落ち着いてー]




 チャット欄が応援一色になったのを見て、少し勇気が湧く。


 狼はまだ気づいていない。ある程度距離を取って大剣の先の方で斬りつければ木には当たらないだろう。



 剣を振り上げ、忍び足で接近。


「だりゃっ!!!」



 体重全乗せの振り下ろし。木にも遮られず、狼に――


 鈍い音がした。



「キャオー!!」


「っ!?」



 狼は生きていて、声を張り上げられる。



「嬢ちゃん、そいつはもういける。他は任せとけ」



 他? いや、他が何かは後でいい。今は目の前のうなっている狼を倒さねば。



 狼に切り傷がついていないのは、この初心者の大剣がゴミ性能だからだろう。もう剣ではなく鈍器として扱おう。



「せいっ!」



 今度は振り上げるが、すばしっこくて当たらない。



「ギャヮ!!」



 狼がジャンプして噛みつこうとしている。チャンス。


 大剣で狼の口を塞ぎ、少し引き寄せてがら空きの腹を膝で蹴る。




「いまああぁっ!!」




 噛みついていたあごの力が弱まったから、そのまま大剣を横に振り、吹き飛ばす。



「――ッギェ」



 木に当たり、地面に落下。



 走って大剣を狼に思いっきり突き刺す。



『レベルが上がりました』『レベルが上がりました』



 倒せたようだ。足下に転がっている狼は、既に息が絶え果て、ピクリともせず、血だけが流れ出ている。


 小さな生き物、蚊とかは抜きに、生き物を殺すのはもちろん初めてだった。



「……気持ち悪いですね」



 死へ追いやった罪悪感が酷い。嬉々として生き物を傷つけた自分にも吐き気がする。



「……苦手な方は設定からグロのモザイク設定ができるので、そちらをどうぞ」



 ひとまず視聴者に言っておく。他の事を頭に入れると大分マシになる。



「うっ……」


 本当に吐きそう。




[紅の園::大丈夫!?]

[唐揚げ::自分の心配をしてもろて]

[ベルルル::スキル無し縛りですか?]

[死体蹴りされたい::確かに最初はそんなもんよ。少しずつ慣れるしかないね]




 そういえばスキルを忘れていた。これからちゃんと使おう。



「おいおい、大丈夫か?」



 何かの返り血のついた教官さんが駆け寄ってくれ、水の入った袋を出した。飲めということか。


 有難く頂こう。



「ありがとうござい――」



 硬いものが切れる音がした。




 パシャ……



 水の入った袋が地面に落ち、中の水がこぼれる。



「ヒッ」



 自分の声とは思えない、引きつった声が出る。さっきまで元気に心配してくれていた教官が、八つ裂きにされていた。



「いったい何が……?」



 教官の死体は綺麗に切断されている。肉も、骨も、スッパリと。



 辺りを見渡し、そのおぞましい生き物を見つける。



「crplrwd」



 言うなれば、キメラ、またはキマイラ。ライオンの頭、山羊の胴体、蛇の尻尾の生き物だ。



 見下すように岩の上に立っている。


 遠目に見た感じだが、雑な縫い目が見える。自然発生した生き物ではないのだろう。



 現実感が湧かない。人はこうも簡単に死ぬのか。いや、私もあの時下手したら死んでいたのかもしれない。人間の弱さを忘れていた。




 頭が冴える。怒りと恐怖と色んな感情がごちゃ混ぜになっているからだろう。


「確か、余裕があれば、死亡を確認した方の冒険者カードを回収してギルドに提出するように冒険者登録の紙に書いてありましたね」




[カレン::いいから逃げて!]

[枝豆::なにあいつ?]

[スクープ::はじめて見ました。安全マージンを十分に取って逃げてください]

[芋けんぴ::教官ェ……]

[隠された靴下::うそやろ]




 人の死ぬ瞬間を見るのは初めてだけど、おかげで吐き気は消えて、冷静さを取り戻せた。


 冒険者カードはズボンのポケットに入っていてすぐに見つけられた。ストレージに仕舞う。


 そして、転がっている大剣を拾い上げる。



「ちゃんとした大剣は重いですね」



 一度地面に置いてから、初心者の大剣を振り上げる。



 キメラが動く様子は未だに無い。




 睨み合う静寂な時間が流れる。




「はあ゛ああぁ!!」




 大剣を投擲とうてき。ブンブンと空を切りながら回転して、キメラに向かう。



「【lgnkgj】」



 キメラが跳び、難なく躱す。そして鋭利な爪を振るう。


 間にあった木を切り倒して、見えない斬撃が近づいている。



「【飛翔】」



 意味があるかは分からないが、一応発動と同時に翼を出す。地面に突き刺した教官の大剣を抜いて真横に全速力で飛ぶ。



「序盤で出る威力ではないのでは?」



 地面がえぐり取られている。教官を攻撃したのも今のだろう。


 モーションを見ていないと瞬殺されるから、背中を見せて逃げるのはできない。かといって正面からでは勝てそうもない。



「困りました」



 一度地面に立ち、シミュレートする。


【飛翔】、【走術】、【体捌き】は補助的な役割で決め手にはならない。【神聖魔術】は回復しか使えない。【天運】は今日の運勢が影響するから、こんなに運の悪い日では役に立たないだろう。



「無理ですね」



 大剣は教官の親族の方に渡すかもしれないからストレージに仕舞う。遺体を回収できればいいんだけど、さっきやってみた感じ無理だった。


 解体とかが必要なのかもしれない。



 さて、特攻しようかねー。


 一日一回のスキル、どうせ死ぬなら使っておこう。



「【天運】」


 何も起こらない。


 まあいいや。



 走って突っ込む。



「え」



 草が結ばれている所でつまずいてしまった。



「【ogxcmf】」



 キメラの口から火が放たれる。こういう時ってなぜかゆっくりハッキリ見えるんだよねー。



「ぇぶっ」



 地面に衝突。



「アッツッッッ!!!」




 焼かれる。いくら痛覚半分でも痛いし熱い。


 熱い熱い苦しい。息ができない。体が、動かない。




「は、はー、ハッ、フフフフフッ!!」



 何か笑えてきた。ここまで全部上手くいかないと、自分でも滑稽に思えてくる。



「絶対倒す」


 もう一周回って熱くない、痛くない。



 ただひたすらに、キメラへの殺意が湧くだけ。



 口がただれ、もう何も言えない。目も見えないし、皮膚なんて剥がれ始めている。




 この借りは絶対返す!!




 この雪辱を忘れないために、心の中でそう叫んだ。





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