##48 祭りが始まる直前に、
だいぶ空が暗くなってきた。
しかし、町は昼と同じくらい明るくにぎわっている。
「悪いですねー、家族で来たかったでしょうに」
「せやなぁ。折角の祭りも仕事なんておもろくないやろ?」
「いえ、仕事は仕事でございます。皆様はお気になさらずお楽しみください」
お昼の時間帯は宿でくつろぎつつみんなと駄弁り、花火大会の開始まで時間をつぶしていた。そして迎えた花火大会本番。
私とコガネさん、葉小紅さんは早速屋台を回っていた。
途中までウイスタリアさんとエスタさんも一緒だったが、焼きそばを求めて人混み突進していった。
ちなみに、ストラスさんとどらごんはなぜかお昼ごろに揃ってどこかへ出かけた。何かを感じ取ったらしいのだが、あのメンツで仲良くやれてるか少し心配だ。
なので、最初は大人数でこの国に来たのに、お祭りの時に限ってもの寂しくなったものだ。
「なんか今日、空気が変や――――」
「はい? どうかしました?」
「……ちょい所用を思い出したさかい、失礼すんで」
「え? あ、はい。いってらっしゃい?」
何かを見たコガネさんがどこかへ行ってしまった。
いつの間に所用なんてできるくらいこの国を巡っていたんだろう?
……ああ、そういえばコガネさんの初期リスがここだから、知り合いを祭りに呼んでくるとかかもなー。
「ねえ、彼女って獣人ではないわよね?」
「そうですね。幻術使いのたぶん妖怪に近い種族かと」
「なら九尾と何かありそうね。さっきあいつの気配感じたもの」
「なるほど。すっかり気を抜いていて気づきませんでした」
以前彼女は九つの尻尾を出したりしてたし、何かしらの因縁でもあるのだろうか。
「と、そろそろ開会式の時間かしら」
「おー! じゃあそろそろ配信……妖精の窓的なやつ始めますね」
あらかじめ言っていた通り、私は配信を開始し――――
「【二撃必殺】、にゃん♪」
メニュー画面に伸ばした右手が宙を舞っていた。
少し上に傾いていたから浴衣の袖が無事だった、なんて呑気に考えていたのも束の間。
「……っああああぁああぅくぅっ!」
痛覚MAXにしてからまともな負傷は初めて受けた。倍の痛みというだけでかなり堪える。
いや、今は私の事なんてどうでもいい。
「ミドリ!」
「先に避難を優先してください! ここは私が対処します!」
「了解。任せたわ!」
そう言って葉小紅さんは周囲にいた祭りのお客さん達をここから遠くへ誘導し始める。
人だかりで難しかったとはいえ、全く気付かずに接近され斬られた。赤い線もなぜか現れなかったし。
その上、私の目でも犯人がどこへいったのか追いきれなかった。これは本格的にまずい。
ひとまず浴衣の帯を斬り、その布で腕を止血する。
「にゃっほー」
「かはっ……」
背中から短剣が生えてきた。
ガッツリ刺されている。
「貴方は――!」
「今日も不幸のおすそ分け、みんなのアイドル“黎明”にゃーん♪」
この国に来て早々私とぶつかり、剣を盗んでいった猫の獣人だ。気配や足音がしないくらいの熟練盗賊か何かと勘違いしていたが、どうやらもっと危険な存在だったようだ。
それに、“黎明”の名には聞き覚えがある。
少し前に我らが皇帝ジェニーさんの昔話の中で出てきた人物だったはず。
死亡してポリゴンになる自身の体を眺めながらそんなことを考える。
「……にゃんか面白くなかったし、戻ってくるまではここにいるみんなに遊んでもらおっかにゃ」
「なっ、待っ――――」
視界が暗転して、目を開けると三本皇国内のリスポーン地点にいた。
最後に放っていた言葉が嘘でなければ、あんな化け物を葉小紅さんに押し付けてしまったことになる。
「急がないと!」
嫌な景色が脳裏を過ぎり、それを振り払うためにもありったけの【走術】スキルを使う。
相手の目的も何もかもが急展開過ぎてさっぱり想像もつかない。それでも、あの人を放っておいたら大変なことになるのはわかる。
あんな場所で攻撃してくる人が、他の人達を傷つけないなんて保証は無い。
――走る。
人々が悲鳴をあげながらこちらになだれ込んで来る中、私はかき分けて進む。
「緊急事態だから失礼します!」
屋根に跳んでルートを変える。
必死に、体力なんて気にせず突っ走ってようやく、もといた場所に辿り着けた。
人が逃げてくる所を辿ればよかったから今回に限っては迷子にならずに済んだ。
しかし、私は目の前の光景を見て迷わなかったことに後悔を少し覚えてしまった。
「……な、んで」
「ざーんねん。ひと足遅かったにゃん♪」
ただ祭りを楽しみにしていただけの何の罪も無い人々の切り刻まれたものが辺り一面に広がっている。
「なんで、こんな……!」
「なんでって、暇つぶしにゃん。あっ、これ君のお友達だったみたいにゃし返すにゃん♪」
「葉小紅さん?」
ポイッと彼女の生首を投げられた。
既に生気を感じられない。当たり前だ、人間が胴と首を切断されて無事な訳がない。
「【
【逆雪】の効果で屋台だけ復元されていく。
肝心の命はどうにもなっていないというのに。
――時間の流れが憎い。こんな不条理が道理だというなら、私は……私は世界すら否定してみせよう。
進んでいく時計の針を反対方向に押し返すかのように、刀を握る力を強める。
「逆雪……さ――」
真っ白だった刀身が無色透明になっていく。
唯一透けずに見えているのは、私の呼びかけに応えてくれた刀の号。その真の形である。
「『我が命こそ時針なりて』【
周囲の時間が一瞬止まり、瞬く間にバラバラになった全ての人間の体が元に戻る。おもむろに、命が再び息を吹き返していく。
同時に私のMPが一気に持っていかれた。
詠唱が必要なのは葉小紅さんのを見て知っていたので、それっぽく言ったが、どうやら最初に放った言葉が詠唱の単語となる、何となくそんな感覚がした。
「にゃ……これは――」
「あれ? 私、斬られたはず、ってミドリいつの間に?」
「葉小紅さん……! よかったです。細かいことは置いておいて、戦えますか?」
MPが枯渇して気だるさが押し寄せてくるが、そんなのを気にしていられる局面ではない。私は考えごとをしている敵を見据えて刀を構える。
「それ、妖刀?」
「え? ああ、そうなんですかね?」
どうしても気になるらしく、葉小紅さんが{
私もよく分からないから曖昧な反応しか返せないけれども。
「妖刀は人の有り余る怨み、憎しみ、渇望に呼応して成る。私も名刀から成った口だからお揃いね」
「それはまた……物騒なお揃いですね」
軽口を叩いていると、何を思ったのか敵がこちらに話しかけてきた。
「ミドリ、プレイヤーの堕天使族――そしてにゃたしと同じ理外の存在。ああ、選ばれなかったくせに、望まれるなんて憎たらしいにゃん」
「何を言って――」
「にゃたしはお前にゃんかのための下地にゃと思うだけで、反吐が出るにゃん」
「……ッ!」
瞬く間に狭まった瞳孔が眼前に迫った。
唐突すぎて対処が間に合わず、私は為す術なく斬られ――
斬られ――?
「【春の霧雨】」
「【竜鱗】【絶羅】!」
雨が私と敵の間に入って斬撃がやわらぎ、小さくも頼もしい
「魔王に続いてまた厄介なのと戦ってるネぇ……」
「エスタ、こいつ強いぞ! それに、死臭がありえないくらいする」
魔女と竜の巫女が珍しく真剣な面持ちで私たちの前に現れた。
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