##46 約束の決闘
「はじめるのだ!」
〈どらごん!〉
開始の合図が耳に響いた。
しかし、お互いに動かない。否、私の場合は“動けない”の方が正しいだろう。
下手にこちらから動いたら真っ二つだ。
あくまでも、私の戦い方はカウンター戦法である。
「来ないのか?」
「――――」
【不退転の覚悟】も【
「では、参る!」
「ッ!」
ナチュラルにスキル無しで縮地を使ってきた。
目では追えたが体が追いつかず、距離が詰まってしまった。
「それ――」
「ぅくっ」
赤い線のおかげで先読みして避けることができた。髪を少し掠ったが、ここは攻めどき!
「はああああ!」
「甘い」
渾身のカウンターは、返しの刀で受け流されてしまった。あまりにも速すぎる。予備動作がほとんどないから、目で追ってからでは体が間に合わない。結局赤い線頼りになってしまっている。
今はいいけど、いつか限界が来そうだ。この際、もっといい感じのやり方を見つけたい。
「ふぅぅぅ……」
感覚を研ぎ澄ませる。
私の優秀な感覚能力は、動体視力と空間認識能力。このふたつを同時に使うんだ……!
目を瞑って空間認識能力だけ、目を開けて動体視力だけで戦っていては勝てない相手もいるだろう。
「空気が変わった、か。若さとはいいな。対応力が段違いじゃ」
「っく――」
雑談混じりの斬撃が頬を掠める。
まだ足りない。もっと読むには……そうか。痛覚設定の問題があった。
私は今、最低値の50%にしているが、そのせいで肌から感じる空間が薄くなっている可能性がある。
急いで設定をいじって、痛覚をMAX――現実と同じ痛みを味わうようにした。これで破壊神の力とか絶対浴びたくない。単純計算で前絶叫したレベルの2倍なのだから。
それでも、痛みを超えてこそ強さがあると思う。
「さぁ、反撃と洒落こみましょうか」
「ケケッ……それでこそ戦士じゃ」
再び見合う。
私はより鮮明に周囲全ての情報を取り込みながら、僅かな揺らぎを見逃さないように集中する。
「
幾千、幾万の斬撃が同時に私へ牙を剥く。
そこに回避できる逃げ場などない。
そういう攻撃は――こう。
「【
瞬間、ごった返していた斬撃が逆再生して仙老さんの刀に収まった。この感じだと生物には聞かないけど、他には巻き戻しを押し付けられるようだ。
そして、斬撃だけを戻したから相手には僅かな隙が生じていることになる。このまま距離を詰めないとまた同じ技を撃たれるだけなので接敵する。
「【縮地】」
一気に懐に潜り込み、刀を振るう構えに入る。
相手の爪先が微かに揺れる。
――動く。
「ここ!!」
私が接近したことで相手は上へ回転しながら跳んだ。前までの私だったら空振りで避けられていた。
でも、今の私には読めてしまう動きだ。
あとは攻撃を置いておくだけ。
「――っと、危ないわい」
「今のを防ぐんですか」
私の攻撃範囲が拡張された斬撃を、刀で受け止めて衝撃も身のこなしだけで逃がしてくるとは。
おそらく、私のいる境地なんてとうの昔に通り過ぎているのだろう。
「剣術はともかく、感覚器官は達人の域か。どうじゃ? 儂の流派に入らないか?」
「貴方ほどの方からの勧誘、きっととても光栄なことなんでしょうけど、お断りします。私にはただ剣だけに時間を費やす理由も覚悟もありませんので」
「残念じゃよ。なら、終わらせるとしようか」
「どこからでも、どうぞ」
相手が刀を上段で構えた。
「神薙流奥義・
極太の斬撃をあらかじめ読んで躱し、お返しに遠距離から斬撃を飛ばす。
先日【
「――しっ」
「はああああああ!!」
相手がとんでもない速さで絶え間なく斬ってくるので、私もそれに合わせて加速させる。
傍から見たらお互いの腕から先が全く見えなくなっているくらいの速度だろう。
……目は余裕だけど、体が慣れない動かし方をしているせいで悲鳴をあげている。
激しい攻防の最中、相手の左脇腹に攻撃が入りそうな隙が窺えた。
「せぇえいい!」
「罠を見抜けぬとは――」
罠にかかったと反射的に勘違いした仙老さんが攻撃してくるが、
「あまり私をなめないことです!」
左手で浮いた刀をキャッチして向こうの攻撃を受け止める。少し力を弱めて重心をこちらに寄らせてから、私は回し蹴りで返す。
――が、あっさり避けられてしまった。
一度仙老さんは距離を確保してから、再び縮地法で距離を詰めてきた。
「神薙流奥義・
まっすぐ縦に斬ってきた。
これは避けるより受け止めて反撃の膝蹴りがベストだ。受け止めている方がこちらの攻撃が当たりやすいし。
「――ッ!?」
受け止めようと攻撃の先に刀を構えていた。
完全に捉えていたし、赤い線にも不自然なところはなかった。
だというのに、私の防御が透けた。防いだはずなのに、通り抜けたのだ。刀の先が私の眼前に迫る――
「そこまでだぞ!」
〈どらごーん!〉
眼前で刀が静止した。
立会人らの完璧な判断で決闘は終了した。
負けた〜。勝ち筋としてはいくつかあったし、それこそ全力全開で戦ったらまた話は違ったかもしれないけど、負けは負け。
「……ふっつーに悔しいです」
「ケケケッ! ならまだまだ強くなる証じゃ。助言としては、予備動作や攻撃中の他の動きだけでなく、攻撃している対象すべてに気を配るべきじゃな」
「あー、まっすぐに振り下ろす中で手首だけを動かしてずらした感じですか」
「その通り。タイミングのズラしはよく使われるからのぉ」
勉強になる。負けたのは超悔しいけど。
たぶん仙老さんも本気を出していないんだろうけどねー。
「ありがとうございました。今度戦う機会があったら負けませんから」
「ほう、面白い。儂も研鑽を重ねて次も勝ちを頂くとしよう」
最後はちゃんと握手を交わした。
約束通り決闘もしたし、今日は帰ろう。
◇ ◇ ◇ ◇
あれからおやつを食べながら帰り、夕食前に食べさせたことで軽くエスタさんに怒られながらも何とかいなして自室に帰還。
今日も充実した一日だった。
…………何か忘れているような?
「ま、いっか。とりあえず温泉へレッツラゴー♪」
更衣室に来たが、まだ少し早い時間だから誰もいない。私だけの貸し切りなんて最高だ。
「ふんふんふーん……ん?」
視界の端で何かが動いた。
そちらを見ると、配信用カメラがふわふわと浮いていた。
「…………ッスー」
ギリギリ着物の帯を外した段階で気付けたことに安堵すべきか、労働の最中に鬱陶しいからという理由でカメラを引き気味かつサイズも小さくしたことを責めるべきか。
他に人が居なくて本当によかった。
とりあえずコメントを表示してみる。
[愛してる::tskr]
[芋けんぴ::やっと気づいた]
[あ::やっぱり配信忘れてる説であってたか]
[死体蹴りされたい::うおおおおお]
[カレン::セーフ!]
[チーデュ::beautiful]
[階段::惜しい]
[バッハ::危なっ]
「うーん、とりあえず後でアーカイブ見てマズイのが映ってたら消します。編集とかでカットするのは面ど――――やり方がよく分からないので」
調べながらやればいいけど、別にアーカイブ消しても私的には何のデメリットもないからそっちの方が楽なのだ。リアルタイムできなかった人はドンマイとしか言いようがない。
「じゃあ今日は明日に備えて早めに寝るのでこの辺で。明日は花火大会の様子をお届けします。開始時間は未定です。おやすみなさーい」
すぐに配信を切って、アーカイブの確認をする。
最後の方までスキップしてっと。
「これなら平気かなー? これでアウトなら運営は鎖骨フェチだって喧伝しよう」
アーカイブは消さないという旨だけ発信しておいて、私は改めてお風呂へ向かった。
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