#家族アイ#

 


 “クリス・リオート”――そう名付けたのは、半分お父さんトゥリではない。


 私は元々、お父さんとは違う国の貴族階級出身だったそうだ。しかし、親は魔眼持ちの私を捨てた。魔眼を生まれつき持っているのなんて魔族しかいなかったからだ。


 独りぼっちだった私を拾ってくれたお父さんは、新しくクリスという名前をくれて、大切に育ててくれた。

 戸籍上は元のファミリーネームがそのまま記録されていてリオートとなっているのだけど。



「はぁ……」


「どうしたのぉ?」



 ある日、ため息をつくお父さんに私は遠慮なくそう尋ねた。子供の私には当時の世界情勢なんて知る由もないからこそできたことだと今なら思う。



「何でも無い。心配することはない」


「そっかぁ〜」



 当時の私は呑気にそう答えた。連合国ができた頃の話だ。


 それから表面上は平穏が続いた。おそらく私が呑気に剣の稽古をしている間も、お父さんは休まず国のために働いてたのだろう。



 八鏡という連合国議会の監査員のようなものができて、推薦をされているという話になっていた頃、私は実地訓練であるスライムと出会った。


 その子はとても温厚で、まだ生まれて間もないと見受けられる大きさであった。


 危険な場所に放置するのは可哀想で、こっそり持ち帰ったのは良かったものの、魔物の飼い方なんて知らなかった。そもそも魔物を飼うこと自体聞いた事がなく、世間体的に考えても良くないのはそれなりの歳になっていたから分かっていた。


 しかし、うるうると見つめるスライムを見て、私の境遇と重ねてしまい、捨てるなんてことはできなかった。


 ひっそりと誰にもバレないように自分の部屋で飼っていたが、お父さんは一日もせず看破した。



「連れて来なさい」



 怒られると思ってビクビクしながら連れてきた私に、お父さんはポンと頭に手を乗せて撫でてくれた。



「新しい家族ができたなら、教えてくれ。名前は皆で決めるべきだろう?」



 そうして、その子は“スイ”と名付けられた。名前が決まって、スイが突然人の姿になって喋ったのには驚かされた。

 お父さんも驚いていて、その様子は今でも鮮明に記憶に残っている。


 それから色んな手続きを踏み、属国の八鏡としてスイを置いた。


 いつかスイの正体を明かして、種族による壁の無い国を目指すと誓って。



 もちろんそれまでは、スイは正体を隠すために分裂して、二人になることで周囲の目を誤魔化していた。




「何故こうも争いが生まれるんだ……」



 その頃、表沙汰にはならないが、頻繁に紛争が起きていた。お父さんが書斎で一人苦悩しているのを見て、何とか力になれないかと私は声を掛けた。



「一緒に平和のために頑張るよぉ!」


「……ありがとう」



 お父さんは優しく微笑んだ。


 ――もしかしたら、それ以降笑っていないかもしれない。




「これだ」


「何かあったのぉ!?」

「のー?」

「おー?」



 休日、議会にある文献を漁っていると、お父さんが何かを見つけてきた。


「白の魔力ぅ?」

「しー?」

「ろー?」



 文献の記載では、純粋で濃い魔力と神の残滓、白月花という珍しい植物によって生み出すことができるとあった。全て私達は聞いたことも無い物だったが、そもそも白の魔力がどういうものなのかがいまいち理解できていなかった。


 よく分からないまま賛成して、それらを探すことになったのだ。




「帝国に行ってきてほしい」



 白月花の琥珀と、神の残滓や魔力を抽出する遺物アーティファクトは揃い、神の残滓の目処も立つと、唐突にそう告げられた。


 理由を聞くと、どうやら帝国付近にいるとされる、植物の災獣が純粋で濃い魔力を持っているかもしれないという推測かららしかった。


 そうして何とか災獣を見つけたは良いものの、魔力を使う兆しが一向に現れず、彼女達が割り込んできた。



 一度帰還しようかと思ったが、スイの小さな分裂体から帝国の使節団と接触するように言伝ことづてを受けた。山脈にいる雷の災獣も外れだったらしく、他国の噂で近いものは無いか確認するためだ。



 警戒心の薄いマナちゃんと、何でも知ってそうなシフさんにそれとなく聞いてみたが、収穫は無かった。




「明日、いよいよ実行する」



 お父さんはいつも唐突だ。

 昨日の深夜、私達は地下に集められて作戦を伝えられた。マナちゃんが純粋で濃い魔力を持っているのは、スイが引き寄せられたという点からアタリをつけたらしい。


 接触しにくい状況だったとはいえ、少しムッとしてしまったのは仕方の無いことだろう。



 急進派が仕掛けてくるのは読めていたので、この隙に乗じてさらうことに決定した。


 作戦は順調に進んだ。それこそ私が敗れるまでは。




 ◆◆◆◆




「大切に想う人の義務……」



 クリスはミドリの言葉を反芻はんすうし、天井を仰ぐ。




「私は、どうしたいんだろぉ?」



 クリスの脳裏に過ぎるのは、楽しい記憶。

 家族三人で笑い合った、愉快な記憶。


 ミドリ達の楽しげなやり取りを見て、羨ましく思ったことも。




「――行かないとぉ」



 クリスは特段頭のいい部類ではない。

 しかし、彼女は自分の賢さを把握していた。だからこそ、考えても無駄だと分かっていたのだ。



 剣を取って、立ち上がる。




「クリス・リオート……いえ、違う。あなたの娘、クリス、今から命令に背きますぅ!」




 そう高らかに宣言して、細剣で壁を殴り――へし折った。




 騎士としての忠義を捨て、家族としての愛を選んだのだ。



 その選択がどのような結果になろうと決して後悔しないと、決意を固めて駆け出す。

 もはやクリスを縛るものは何も無くなった。騎士の矜持きょうじも、余計な雑念も、美しい目を隠す眼帯も。


 先程まで居た場所が消し飛んだのにも目をくれず、階段を駆け下りる。




 ただひたすらに、大切な人のために走っている。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 小さくも恐ろしい破壊の力がトゥリの胸を貫く。あまりの突然のことに誰も反応できずにいた。




「……ッ」


「え? え!?」

「わー!」



 崩れ落ちそうになってようやく二人が駆け寄る。ボロボロのトゥリを二人で受け止めた。



「お父さん!」

「親!」



 目をつむってくしゃっと笑う父親を心配している。その様子に気付いたトゥリは、二人の頭を撫でて笑った。



「心配はいらない。見てくれ」


 朗らかに指し示すのは、貫かれたはずの胸。そこにはポッカリと穴が――


「傷が、無いぃ?」

「??」



 鎧はミドリの本気の蹴りで砕けているが、大きな怪我は無かった。



「どうやら心臓の横にあった白の魔力を消していったらしい」



 快活に言い放った言葉に目を丸くした二人は、少しずつ笑みをこぼしていく。



「また、やり直そうか」

「え!? また白の魔力を?」

「またー?」



「まさか。どうやら神も天使も、私を死なせてくれないみたいだから――」



 血の繋がっていない自分の娘達を抱き締める。

 しかし、その手は微かに震えていた。



「父親として、家族として、またやり直したい……こんな傍迷惑な親を軽蔑したか?」


「……しましたぁ!」

「よくわかんないー!」



「そうか…………それでいい。私みたいなやつになるなよ」



 ゆっくりと、抱き締めていた手を離していく。もう繋ぎ合わせることなんてできないと悟ったのだ。自分が壊した家族は、もう戻ってこないとも。




「でも!」

「けどー!」



 しかし、良い意味で親の心子知らずというべきか、その手は二人から離れることはなかった。否、二人が離すはずがなかった。



「あなたは私のお父さんですぅ! どんなに頭がおかしくなっても、どんな人間でも、私のお父さんはあなたしかいません」


「親は親。難しいことは分かんないけど、みんなで頑張れば何とかなるー」



「クリス……スイ……」



「私達もお父さんに妄信的でしたぁ。これからは、自分でも考えてダメだと思ったらさっきみたいに叩いて止めますぅ。幸せのためなら、お父さんのほっぺなんて安いものですぅ!」



 しばらくの間、三人で抱き合う。そこにはお互いを想い合う、美しい家族の形があった。




 ◇ ◇ ◇ ◇



「ねー、さっきなんで倒れそうになったのー?」

「確かに、怪我は無かったのでは?」




「……あれは別件だ。白月花と遺物アーティファクトとの交換で、スキルを渡す条件だったんだ」



 マナとタラッタの回収のため地下に向かう途中、そんな会話が行われる。何か無茶をしたのではと心配になる子供二人だが、



「慈愛のスキルを後払いであげただけだから問題無い。これで一介の騎士、ただの父親になれたと清々しているくらいだ」




 世界のための真っ白な“慈愛”はこの日、あたたかい“家族愛”となったのであった――


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