##87 これは、囚われのお姫様と結ばれないだけの物語
世界樹騒動の翌日、旅立ちの前日。今日は昼からのログインだ。
私はログイン早々に、重い腰を上げて新生世界樹のもとへ向かっていた。その道中、ストロアさんと遭遇する。
「こんにちは。お昼どきとはいえ里長が復興現場から離れるのはどうかと思いますよ」
「断わりは入れてある。昨日は落ち着いて話せなかったから、改めてと思ってね」
昨日の騒動の後、みんなで状況の共有をしたり、行方不明者の捜索やらでてんてこ舞いだった。ろくな会話はできなかったが、わざわざ何か言いに来たらしい。
私としては以前の結婚式で聞きたいことも聞けたから、特段話したい話題なんてないんだけど。
「ミドリ――吾輩は君のことが好きだ」
「……そうですか」
意外だった、と言えば嘘になる。彼の気持ちは気付いていたし、正直ふっ切れているとも思えなかった。私は少し考えた後、返事を告げようとしたが阻まれる。
「分かっているとも。吾輩とていつまでも馬鹿でいるわけにはいかない。君は間違いなく吾輩のことは受け入れない。いや、そもそも誰かを受け入れることなんて起こりえない」
「何を根拠にそこまで?」
「短い旅路、されど苦楽を共にしたのだ。ある程度知っているさ」
「……」
「たとえ君のもとに白馬に乗った王子が現れようと、君は蹴飛ばして白馬を強奪していくだろう」
「ちょっと意味が分かりません」
私は盗賊か何かだと思われているのだろうか。
思わずジト目を向けてしまった。
「吾輩はそういう君が好きだ。吾輩をフる君だからこそ、愛おしいと思っている。だから――」
彼は拳を突き出した。
「吾輩とは無関係な冒険の果てに、無関係な幸せを掴んで欲しい。ただそれだけである」
「……まったく、厄介なこじらせファンも居たものですねー」
私は少しかがんで、木製の車椅子に座った彼と拳を合わせた。
彼は昔、ヤンチャして魔物に片足を持っていかれ、宝物であった世界樹の枝を義足としていた。
それを此度の戦いで武器として使い果たしたらしい。冒険をしない証として、長としての戒めとして、そして何より――“ストラス”を捨てるために、新たに義足を作ることはしなかったのだ。
「またいつかが――」
「ああ、無ければ良いな」
それぞれの道を選んだのだ。
私
◇ ◇ ◇ ◇
ストロアさんとの別れも済ませ、私は今度こそ世界樹のもとまでやって来た。
それにもたれかかるようにして、私は座った。
遠くでエルフ達の復興に励む声が聞こえる。
再建された世界樹は、周囲に恵みをもたらした。
特に世界樹直下は豊かな花畑が爛々と踊っている。太陽は直接浴びれないが、世界樹からその分の栄養をもらっているようだ。
私はそんな美しい花々を眺めながら
「見晴らし、よさそうですね」
〈どらごん(訳:地上よりかはね)〉
念話が頭に響く。
どらごんは世界樹と合体し、善き支柱として世界を支えることを決めた。イノルモノの例もあるから分かりやすいが、“世界の機構”になったのだ。だから当然会話することだってできる。
「改めて考えると乱気流に耐えてるのすごいですよね」
〈どらごん(訳:こんなのそよ風だよ)〉
世界樹はそれはもう大きい。
上空にある侵入者を真下に叩き落とす、乱気流の空域にも届いているが、流石そこは世界樹。ビクともしていない。
どらごんの言う通り、そよ風程度にしか感じないくらいタフになったのだろう。
〈どらごん……(訳:ねぇミドリ……)〉
「なんですか?」
〈どらごん〉
「……!」
〈どらごん〉
「どういたしまして。私もですよ」
まったく、小っ恥ずかしいことを言ってのける。
でも、そう言ってくれるだけで救われる。ま
――今の言葉は私かマナさんくらいしか聞いちゃいけない言葉だ。私たちの努力に贈られた、私たちだけのものだ。
「……それにそういうのはマナさんにも聞かせませんと」
〈どらごん(訳:じゃあ、いつかちゃんと連れて来てよ)〉
「ええ、必ず会わせますよ。気長に待っててください。木、長、ってね」
〈どらごん?(訳:は?)〉
ふざけすぎたか。
でも妙に湿っぽいのは私たちの関係性とは似合わないから丁度良い。
「その無駄に大きな図体で見守っててくださいね」
〈どらごーん(訳:やーいチビー)〉
ああ言えばこう言う……いや、こういう状況には適さないか? 返しが上手い、の方が正しいか。
……なんでもいいや。
「私は怒りませんよ。貴方に比べたら竜でもチビになるでしょうし。さて、出発前にのんびりしたかったので枕にさせてもらいますねー」
〈――どらごん(訳:――おやすみ、今だけは何からも守ってあげるから安心して眠っていいよ)〉
昼の木漏れ日を浴びながら、優しい木々の匂いに包まれて、私は眠りについた。
◆ ◆ ◆ ◆
これは遥か昔の話。
「いつか
純白の髪の少女はその新芽に自身の魔力の一部と、【魔神の寵愛】をあげた。
それによって、本来起こりえない世界樹の芽への進化と、自我の微かな覚醒については気付いていない。
「おーい、マナ! そろそろ行くぞー!」
「はい、お父様。只今行きますよー」
マナと呼ばれた少女は声のする方へ向かおうとしたところで、ふと新芽の方に向き直る。
「でも、どうせなら誰かとは言わずに……私と、私の大切な人たちを守ってくださいね?」
それだけ言って、少女はまだ見ぬ冒険の続きへ戻っていった。
新芽は風に揺られる。
ゆっくりと時間をかけて育っていく。
いつか吹きはじめる、希望の風を――
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