##86 ンボ!

 


 サイレンさんから、全員でこっちに向かってる途中で急にンボ子が空を駆けて行ってしまったとのメッセージが届いてから5分ほど経った頃。


 割れた窓から1匹のワンコが入ってきた。

 当然ンボ子である。


 〈わん!〉



 元気な声を出すと、霧の腕は少しビビったように震えた。

 怯んでらっしゃる。



「やれますね?」


 〈【わん本能解放】!〉


 ンボ子が輝く。

 次第に光が収まると、ひと回り大きくなった狼のような姿になっていた。



「あれ?」


 今更ながらその姿を見て思い出した。

 ンボ子ってイベントで私の足に入った狼だったはずだ。しかも普通に念話で話せたし、なんならオスだったし。面倒ごとだからと忘れようとしていたから本当に忘れていた。


「ンボ子って本当にメスなんですか? どらごんはメスって言ってましたけど、最初に会ったときはオスでしたよね?」



[枝豆::え? アーカイブにも残ってるよ?]

[あ::今更すぎるやろ]

[壁::え、逆にメスだったの?]

[ところてん::イッヌはイッヌやで]

[隠された靴下::わざとメスっぽい名前にしてる思ってたわ]



 そういえばガッツリ配信で電波に乗せてたなー。

 そしてわざわざGMコールまでしてお風呂の覗き見できないようにしたんだっけ。


 〈本気で戦うときは俺様が出てきてやる。基本的にはあっちの人格だがな〉


「なるほど二重人格ですか。あ、人じゃないから二重獣格とかになるのでは?」



 〈細かいのはどうだっていい。まずはこの邪神を殺す! 【虹纏】!〉


「いけ、ンボ太! たいあたりです!」



[天麩羅::ん? 聞き覚えのあるセリフだな…]

[風船パル〜ん::おいおい]

[天井裏::楽しそうやな]

[セナ::色々とマズイ気が]

[唐揚げ::アウト!]



 言うて暇なのだ。

 私はンボ子改めンボ太の最強の肉壁になるくらいしかやることが無い。暇を持て余して危ない橋を渡りながら紐なしバンジーもしたくなるものだ。


 私が遊んでるうちに、ンボ太は強烈なタックルを腕に食らわせ、私を解放した。

 反撃とばかりに腕がパーでンボ太をはたいて吹き飛ばそうとしていたので、私は間に入って代わりに受けてやった。


「効かないねぇ! ……おっとこれ以上はやめておきましょう」


 思わず流れでゴムだからとか言いそうになったけど何かまずそうなのでやめておいた。危うく橋からの紐なしバンジーをしているのがサメの生息地だったりするところだった。


「よし、ンボ太! かみつく!」


 〈さっきから命令すんな小娘が! 【神砕き】!〉


 こっちの獣格は可愛げがないな。

 かみつく攻撃を指示したのにかみくだきの方を使ったよ。上位互換みたいなところあるからいいけどさ。


 ンボ太が腕を噛みちぎると、霧が晴れていく。

 どうやら倒せたらしい。その証拠に【不退転の覚悟】の効果が切れた。



「何だか拍子抜けですね。あんなのが神なんですか?」

 〈あれは邪神のほんの一欠片だ。それでも本来なら常人じゃ手も足も出ずに死ぬがな〉



 私の実質無敵とンボ太の使う神特攻の虹が相性最高だったと。確かに向こうからしたら最悪な相手だったろうな。


「あれが前菜とか言われたんですけど大丈夫なんですかね?」

 〈誰にだ?〉


「邪神教とやらです」

 〈……分かった。しばらく別行動していいか? やるべき事がある〉



「いいですよー。私、放任主義なので無茶しない程度ならお好きに動いてもらって」


 〈俺様の方はともかく、そっちは狙われてるんだ。気を付けとけよ〉



 あいあいさー、と元気な返事をしながらンボ太が空へ駆けていくのを見届ける。


「空中走るのってかっこいいですよね」



[キオユッチ::飛べるやろ]

[テンヤワンヤ::わかるマン]

[階段::それな]

[あ::飛ぶのとは違ったロマンよな]



 理解している人もいた。

 そうなのだ。飛ぶのもいいが、走るのもまた別のロマンがある。私の場合【走術】スキルの【空蹴り】というアーツはあるが、あれは2歩までしか使えないから方向転換程度にしか活用できないのだ。



「さて、色々と決着がついたようなのでリンさんのデスも伝えがてら避難組の方に合流しましょうかね。配信はこの辺で終わります。エルフの皆さんの家屋が壊れててプライバシーもあったもんじゃありませんからね」



[タイル::配慮えらい]

[海老丼::やさしい]

[野球部の田中::乙]

[単芝::おつカレー]

[セナ::お疲れ様です!]

[粉微塵::ベイベーい]



「はいはい、ベイベーい。また今度」


 雑な挨拶で締めて配信を切った。



 ◇ ◇ ◇ ◇


 世界樹の騒動から2経過した。復興の心配は不要とストロアさんに言われ、半ば追い出されるような形で私たち〘オデッセイ〙の面々は全員で帝都に向かっていた。


 あの後パナセアさんたちも合流し、事情の説明をしてからとりあえず帝都へ向かうことにしたのだ。


 リンさんのリスポーン地点は王国の南西部にある港町であり、彼女言わく色々と手伝って欲しいから用事が済んだら来て欲しいとのこと。

 しかし、王国南部一帯に広がる森は広大で、地図も無しに行くのは難しい。


 なので帝都を経由して王都から向かうことにしたのである。帝都にはジェニーさんに挨拶を、王都にはお世話になったブランさんにマナさんのことを伝えにね。



「ふぁわぁ……」


 私は絶賛帝都に向かう車の中でくつろいでいた。リーダー特権だ、知らんけど。



 話を戻して、旅のメンバーについて触れよう。

 当然私、運転手であるパナセアさん、車の上で風を浴びながら見張り(居眠り)をしているウイスタリアさん、助手席で考えごとをしているコガネさん、私を起こそうとママみのあることをしてるサイレンさん、禁煙の車内でヤニ切れを起こしてる不公平さん。

 ――以上、6名。

 不公平さんはクランに入るつもりはないらしいので、〘オデッセイ〙プラスヤニ中のメンバーである。



 逆に離脱したのはストラスさん、どらごん、一時的に離れているンボ子である。


 寂しいものだ。

 ちなみにサナさんはリンさんが空間魔術で回収しているので既に向こうにいるらしい。リンさんがチートすぎるのよ。



「なあなあ、なんかイベントあるらしいで」


「イベントですかぁ〜?」

「いい加減ミドっさんは起きなって。そんな体勢で聞く話じゃないでしょ」

「そうだぞ。こっちから色々と見えそうになってるんだから気を付けろよ」


「サイレンさんは実質女の子みたいなものですから置いておくして、不公平さんは社会人ですよね? 現役JKなんてガキでしょうから別に気にしませんよね?」


「ぼくの扱いおかしくない!?」

「え、JKだったのかよ。こわ。今どきのJKってお前みたいなメンタルバケモンばっかなの?」


「ほほーん、喧嘩を売ってるんですか? いいでしょう。メッタメタに叩き潰してやりますよ!」

「あ、起きてくれた」

「そういうとこだぞ裏番JK」


 誰が裏番長ですかヤニカスが! と本題から逸れていっている私たちを尻目に、パナセアさんはコガネさんに詳細を尋ねた。



「それで、内容は?」


「簡単に言うとPvPの大会やな」



「「「PvP!」」」


 後部座席でわちゃわちゃしていた私たちもその単語に反応して本題に戻ってきた。

 なんせ今までPvEばかりだったから当然である。



「まぁ詳しくは各々見てな」


 コガネさんの言う通りに、私たちは自身のメッセージ画面から運営のお知らせを開いてイベントの内容に目を通していった。



 要約すると――


 ・プレイヤーはソロかペア戦のどちらかを選べる

 ・片方にしか参加できない

 ・1週間の間に最大20戦戦ってレートを計測

 ・レベルごとに各リーグへ割り振られ、そのリーグ内で最高レートがトップの人、ペアが決勝トーナメントに出場

 ・レベルや各種マスクデータのパラメータはレベル100時のものに統一

 ・一部スキルに制限がかけられる場合も



 こんなところだろう。

 この大会はプレイヤーのみの参加だからウイスタリアさんは残念ながら観戦だ。クラン加入済みの現地人は大会の会場に入れるらしいから試合の無い人と観戦といった流れになる。



「ソロかペアか、どうします?」


 ペアを組む場合、当然身内の方が楽だからここは話し合いが必要だ。それに、決勝トーナメントもペアが1日目でソロが2日目となるため、お祭り騒ぎを味わいたいならクランメンバーが両方に参加しておいた方がお得だ。全員ソロでペアの日にボーッと眺めるだけじゃあね。



「うちはソロがええな」

「私もソロですかね」

「ならぼくはペ、ペアかなぁ〜」

「それなら私と組むか? 不公平くんと即興のペアというのも面白いかもしれないが……」

「いや、俺はソロで出るから遠慮しとくわ」


 一瞬で決まった。

 サイレンさんのチラチラ窺いを除いて即決である。


「お、今から申し込めるみたいですよ。申し込みましょう」



 私はソロでの参加を申し込む。

 ん?

 何か運営からまたメッセージが来た。受領の案内とはまた別に。どれどれ……



「うそーん!」


「どないしたん? 急に」



「いや、それが――」




 私はそのメッセージの内容を話した。


「うん、それはしゃあないな。ドンマイ」

「まぁ調整は大事だし」

「妥当なナーフだな」

「ミドリくんが無駄にヘイトを稼がないようにと考えたらいい調節だと思うよ」


「おっしゃる通りです……」



 そう、イベント時のみスキルに制限が入ったのだ。詳細がこちら。



 ########

 スキル

【ギャンブル】ランク:ユニーク

 同数同士でお互いに持っているものを賭けられる。それがどれほど重いものだとしても。

 コイントスで勝敗が決する。

 CTクールタイム:30分


 →使用不可


 ########


 スキル

【不退転の覚悟】ランク:レア

 決して挫けることのない確かな意志は、神に認められた。証明して見せよ、どんな苦難をも乗り越える「可能性」の力を。失敗は許されない。

 │CT《クールタイム》:3日


 →使用不可


 ########




 制限というか出禁をくらってるよ。

 確かに【ギャンブル】で対戦相手のスキルを奪っちゃったらまずいし、追い詰められたら全回復して強くなるとかずるいけれども。



「ま、これなしでも優勝してみせますよ!」


 気を取り直して私は声高に優勝宣言をしてやった。レート稼ぎ開始はまだだから、各所への挨拶が先決だけどね。





 ########

 プレイヤーネーム:ミドリ

 種族:大天使

 職業:背水の脳筋

 レベル:126

 状態:良好

 特性:天然・善悪

 HP:25200/25200

 MP:6300/6300


 称号:異界人初の天使・運命の掌握者・理外の存在・格上殺し・魅入られし者・喪った者・旧魔神の親友・敗北を拒む者・元G狂信者・対面者・色の飼い主・復讐者・神殺し・空間干渉者・時をかける者・破壊壊し・真理の探究者・天賦の才



 スキル

 U:ギャンブル・職業神(?)の寵愛・超過負荷4・無間超域・獲物に朝は訪れない(一時貸与)


 R:飛翔10・神聖魔術8・縮地8・天運・天眼・天使の追悼・不退転の覚悟・祀りの花弁(不撓不屈・命の灯火・残花一閃・樹海大瀑布)・水中活動・間斬りの太刀・闘力操作・魔力操作


 N:体捌き10・走術7・無酸素耐性7・苦痛耐性6・即死耐性6


 職業スキル:脳筋・背水の陣・風前烈火


 ########


 スキル

超過負荷オーバードライブ】ランク:ユニーク レベル:6

 己に尋常ではない負荷をかけて種族の力を最大限以上に引き出す。スキルレベルに応じて効果時間が伸び、使える技が増える。

 アーツ:エネルギーバレッド・エネルギーシールド・エネルギーブレード・エネルギーランス・エネルギーアーマー・エネルギーハンマー

 CT:5日


 アーツ

【エネルギーアーマー】

 アーツの読み上げなしに使用者は自由に扱える。自身のHPやMP、その他のエネルギーを鎧のように纏う。


 アーツ

【エネルギーハンマー】

 アーツの読み上げなしに使用者は自由に扱える。自身のHPやMP、その他のエネルギーを槌に変換して振り回す。



 スキル

【樹海大瀑布】ランク:ユニーク

 ユニークスキル【創樹】とユニークスキル【樹林世界】の同時獲得によって特殊統合されたスキル。任意の場所に任意の大きさの樹を生やし、その周囲半径1kmにわたって自身と味方の全パラメータを1.5倍。また、毎秒1000の常時回復リジェネ状態を付与する。

 効果時間:10分

 CT:1週間



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