###“瞬影”と竜神姫&ヤのつきそうな人###

 


 そこは雑然としていて散らかった空間。

 周囲を警戒する二人組がいた。ウイスタリアと不公平である。



「分断されたか。どういう意図があるにせよ……ここは俺がしゃんとしねぇとまずいな」

「――」



 ウイスタリアは唯一の現地人であり、リスポーンなんてできない。絶対に死なせないようにといつもより顔を険しくする不公平。

 そんな彼を知ってか知らずか、当の本人は目を瞑っていた。



「――下なのだ!」

「応!」


 2人の影から短剣が飛んでくる。

 それをいち早く察知してバク宙しながら回避し、伝えられた不公平も闘力を纏った拳で弾いた。


 そして再び沈黙が訪れる。


 敵は未だに姿を現さない。

 優勢な現状を自ら崩すような馬鹿ではないのである。


「ここ一帯焼き払えば何とかならないか?」

「……いや、それほど広範囲となると隙が大きいのだぞ。やろうとした瞬間グサリが目に見えているのだ」


「なら、俺が攻撃から全部守ってやるよ。それならいいだろ?」

「ヘマするでないぞ! 一応【黒竜鱗】、【神格化】」



 ウイスタリアは大きく息を吸い込んだ。そんな彼女を担ぎ上げ、不公平は足下の影から飛んでくる短剣を躱し続けた。



「〖ドラゴンレイ〗!」



 準備が整った竜のお姫様はブレスをグルっと全方位に放ち、周囲の散らかったものを消し飛ばした。眩いで。


 光があるところには影が落ちる。


「――【暗撃】」

「【ファストパンチ】!」



 ウイスタリアの背後に現れた人物の攻撃を、不公平はよそ見をしていた振りをして相殺した。

 その人物とは、セーラー服に身を包んだ少女であった。


「てめぇがさっきからチクチクちょっかいかけてたやつか? あぁん?」


 ガラの悪い不公平が少し苛立っているため、絵面はいたいけない少女を恫喝するヤのつく業界の者、という最悪のものになっていた。

 少女は軽く跳んで天井に足の裏を張り付かせながら笑った。



「お兄さんこわーい。こんな清楚な美少女をつかまえて何する気なの〜?」


「ぶん殴るに決まってんだろうが! てめぇここの連中の仲間なんだろ? あぁ?」



「あはっ! 暴力はんたーい。あ、折角だし名乗ってあげるよ。私はトンク、よろしくねー。そしてさようなら『現れるは微かな影』」



 トンクの首にある黒猫の紋様が輝く。

【変幻自在の神の加護:瞬影】が発動したのである。


「なめんじゃね――」



 天井に居たはずのトンクが瞬く間に消えた。

 天井付近を見渡すが、不公平には見つけられない。



「ふこー、ちょっと我が本気出すから下がっておれ」

「あ、ああ。あんま無理すんなよ」



 ウイスタリアの強さはよく知っていたが、それでも心配する不公平に、ウイスタリアはニヤリと笑って頷いた。



「【本能覚醒】、【称号発露:竜神姫】」



 大人モードになったウイスタリア。

 そんな彼女のもとに息つくまもなく凶刃が迫った。


「見えたのだぞ。貴様、影になっておったな」


「……なんて動体視力してんの。これだから人外は相手にしたくないんだよね」



 首に迫った影の刃を素手で掴んだウイスタリアは、自慢げに初手で敵のタネを見破った。

 彼女の言う通り、【変幻自在の神の加護:瞬影】は自身が影になって目の前にいても見失うような隠密能力に加え、接敵してから攻撃が当たるまでの到達距離を短くできる暗殺者にとってこれ以上無い性能の能力であった。


 実際に影から出て敵の首を貫くまで、わずか0.2秒もかかっていない。それを難なく素手で受け止めたのだから、ウイスタリアは驚かれても仕方の無いことをしたのである。


 嫌な顔をしながら、トンクは掴まれた影の短剣を手放して再び小さな影になった。一度他の影に入ればそこから目を離せないが、そうしている隙に他の影から攻撃は飛んでくる。


 そんな厄介な相手なのだ。

 ――ウイスタリアでなければ。



「逃げるでない! フンッ!」

「――キャッ!?」



 彼女はを纏った足で地面を踏みつけた。それだけであまりの衝撃にトンクは逃げるように影から人に戻った。

 普通の人では当然不可能な現象である。



「【竜掌】!」


「くっ……」



 少女の土手っ腹に穴が空く。

 しかし、そんな少女も苦悶の声を抑えながら最後の反撃に出た。


「【陰影狂想曲シャドウデスパレード】」



 この場にある影という影が手となってウイスタリアと不公平の首を掴んだ。そのまま首を握り潰――せるはずもなく。



「うっとーしい」


 竜神姫の雑極まりない振り払いで不公平に襲いかかったのも含めて全ての影の手を消し飛ばした。



「ありえないんだけど……」


 トンクは呆れながらポリゴンになっていった。

 同時にウイスタリアはその場で倒れ込んだ。力を使った反動でしばらく動けないのである。


「まじで助かった。よし、背負うぞー」

「ていちょーにな」


「へいへいお姫様だからな」

「そーなのだぞ」



 不公平は現れた出口から疲れきったお姫様を背負ったまま、外に向かった。


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