第5章 『安息の日々』

#89 【AWO】帰還しました!【ミドマナ、おまけの木っ端】




 ついに仲間たちと合流できた私。

 しかし、そんなご機嫌な私に神はまたもや試練をお与えくださりやがっていた――



「神め……」

「まぁまぁ、しょうがないっすよ」

 〈どらごん〉



 私をなだめるマナさんの手をニギニギしながら頬を膨らませる。小さくて柔らかい感触を嗜むことで荒れる心を鎮めていく。


 本当なら帰還報告配信は全員そろって行いたかった。

 しかし、悲しいかな現実は無情だ。

 サイレンさんはテストで赤点をとって補習。

 パナセアさんはレポート課題を全部やり忘れていて、絶賛徹夜継続中。


 それもあって、明日開催されるプレイヤーイベントに二人は参加できない。

 マナさんを危険な無人島に連れていくのもどうかと思うし、かといってここに一人にするのも違うので、私も今回は辞退しようと考えている。



「嘆いても私の知る神たちが何かしてくれるとは思いませんし、配信始めますね」

「え、神と会ったことあるんすか?」



「えぇ。身勝手な神たちですけどね」

「ほぇ~」



 最初に会ってから一切音沙汰の無い職業神フェアなんとかさん、奈落から出る時に一種の精神攻撃をしてきた混沌の神カオスさん。


 神と人間……天使だった。

 とにかく、種族が違うから常識も違うんだろう。

 寛容にいこう。



「よいしょ、スタートです」



 配信準備の諸々を済ませ、開始ボタンを押す。

 約一週間ぶりなので妙な緊張を感じてしまう。





[天麩羅::きちやああぁあぁ!]

[芋けんぴ::どぉおおい!]

[味噌煮込みうどん::†天使降臨†]

[カレン::もう泣ける]

[ヲタクの友::おかえり〜!]

[あ::神]

[ピコピコさん::どほほほぉい!]

[隠された靴下::おかえり〜]

[セナ::おはミドマナ〜]

[壁::帰還感謝]

[階段::お〜]



 爆速で流れるコメントを何とか拾おうとするも、文字の羅列でゲシュタルト崩壊が……。


「折角ですし、ハイパーチャットONにします。読みはしませんけどもらえるものは頂きます。お金で気持ちをぶちまけたい方向けです」



 お金には困っていないので、と付け足して設定を変更する。

 何かの記念になるとオタクは何かしないといけない精神状態になるのは、古典を読み解けば自ずと分かる。知らないけど。



「今日の目的はずばり何でしょう、マナさん」

「今日は二人でこの街を観光するっすよ!」



「今いる街は王国の西隣に面している公国の首都から少し外れたそこそこの街ですね。日本で言うと名古屋か京都辺りでしょうか」



 補足説明を挟みつつ、観光という名のデートへ出発する。



「れっつらよーほーっす!」

「よーほーです!」



 謎のノリで始まるデート。

 最初に向かうのはここからでも見える巨大な時計塔。デートスポットのリサーチはマナさんがやってくれていたので私はついて行くだけだ。


 私が案内して迷子になるのは目に見えていたし、非常に助かる。



「街の雰囲気としては帝国より王国に近いでふね」

「そうっふね〜。冒険者が多いっふから愉快な賑わいになってるっふね」



 途中で買ったリンゴ飴にガジガジとかぶりつきながら、のんびり歩く。

 お金は私が不在の時に稼いでいたらしく、力こぶを見せつけて豪快に(可愛いいの方が強いけど)奢ってくれた。可愛かった。


 何度でも言おう、可愛かっt(




「どうしたっすか? そんなに見られると恥ずかしいっす……」


「かわいい」



 気のせいですよ。私は今、市場調査にしか意識がいっていませんでしたし。



 ……逆になっちゃった。

 それほどの可愛さなのだ。会えなかった期間が私たちの関係を深め、慣れていた本物の天使と過ごす空間に、真新しい気持ちで挑んでいるからだ。


 何より照れているのが可愛くないだろうか、いや、絶対に可愛い!



[バッハ:€200:おお、我らの天使よ]

[ベルルル::おまかわ]

[あ::かわいい(迫真)]

[お神::これが藍……]

[タイル::まーたすぐイチャつく]





「ほ、ほら、時計塔っすよ。入るっす!」

「はーい」



 赤らむ頬をつつき、ムニムニの感触を味わってから、私たちは時計塔の中に入っていった。


 そして、特に示し合わせたわけでもないが、内装を適当に眺めた後、会話に花を咲かせながら螺旋階段をのぼっていく。



「――そこで私はこう言ったんです。『私の友を傷つけるのは許さぬ!』って」

「おー! かっこいいっす!」


「でしょう〜?」




[天変地異::誰ェ……?]

[紅の園:¥3107:口調違うけどかっこいい]

[天々::内なる武将出てきてるよ]

[カレン::盛ってる、、?]




 主に奈落や冥界における、私の活躍っぷりについての話をしている。

 多少脚色したりモリモリに盛ったりはしているが、おおむね間違ってはいない。神話や偉人の伝記と同じ感じだからセーフ。



「てっぺんっす!」

「景色はあまり見えませんね」



 だいたい話し終えたところで、時計塔の頂上に到着した。時計の針の裏側の所だ。数時間おきに出てくる鳥もこちら側で待機している。

 空いている窓のような穴は安全面からか小さいため、あまり外を見渡すことができない。



「警備とか居なくていいんですかね?」

「確かに不思議っすね」




[燻製肉::それな]

[無子::あっ]

[風船パル〜ん::さっき立て看板あったよ]

[らびゅー::「関係者以外立ち入り禁止」ってあったよ]

[隠された靴下::気付いたか………]



「あっ」

「どうしたっすか?」



 コメントから知りたくない情報を得て、少し焦る。一刻も早くここから去らないと見つかったらまずい。

 装飾ばかりに目がいってたせいかなー。完全に気が抜けていた。



「ここ、立ち入り禁止みたいです。撤退ー!」

「それはやばいっすね!」



 螺旋階段を滑るように駆け下りる。

 できるだけ音を出さずに、かつ高速で。




 ◇ ◇ ◇ ◇



「ふぅ……何とかバレずに済みましたね」

「ヒヤヒヤしたっす……」



 時計塔から出た私たちは、近くのベンチで一息つく。結局絶景を見ることは叶わなかったが――あ!

 


「そうです、内からがダメなら外からですよ」

「?」



「マナさん、少し失礼します」



 急に立ち上がった私に驚いているマナさんを、お姫様だっこで抱きかかえる。



「【ダッシュ】、【飛翔】」

「おわぁぉ……!?」


 時計塔の裏側――その壁の近くまで接近してから直角に飛ぶ。


 こうすることで街中でもあまり目立たずに空を飛べる。目的地は時計塔の屋上なので目立つのはよろしくないからね。



 私の胸の中から聞こえる微かな困惑の音色をBGMにして、朝の空をひっそりと。




「到着です」

「おー! 綺麗な街並みっすね!」



 屋上からはこの街の全貌が見渡せた。



「ですね……待ってください。今、そこに誰か居ませんでした?」

「こんな場所に人がいるわけないっすよ?」



 一瞬、視界の端で何かが動いていた。

 動物のしっぽだったような気もするけど、振り向いても誰も居ないし、下を見てもそれらしい落下物は無い。屋上には、何故か置いてあるバケツ二つしかないから隠れる場所なんて無い。




[お神::い種]

[階段::居なかったけど、居るわけないは違うんだよなぁ……]

[病み病み病み病み::疲れてる?]

[カレン::朝っぱらから幽霊!?]



「私の気のせいですかね……?」



 大半が居ないと言ってるし、きっとそうなのだろう。そうであって欲しい。ここから自殺した人の霊とかだったら本当に勘弁願いたい。




「気になるかもっすけど、今はここでくつろぐっすよ」

「そうですね」



 二人で座り、日を背に、人々の営みを見守る。ポカポカして嫌なことは全部忘れられる。こうやって高い所から見ると、一人ひとりなんてちっぽけに思えてしまう。きっとそれは正しい。


 私たちみたいな生きてる生物には命が輝いているように見えるけど、お天道様からして見たら誰も彼もみんな同じちっぽけな存在なんだろうなー。




「……そろそろお昼にして、その後一つくらいギルドで依頼でも受けましょうか?」

「お、いいっすねー」




 お天道様に見つけてもらえるように、いや、お天道様ですら目を見張るような場所へ辿り着くために、今は進もう。強くなって、どんな敵からでもみんなを守れるように。




「ギルドってどこです?」

「あの赤い屋根のとこっす」


「よし、行きますよ〜」

「え? あ……! ふふっ、分かったっす」



 何をするつもりか察したようで、私の手を握ってくれる。


 これぞ言葉要らずの阿吽の呼吸。



「「せーのっ!!」」



 一緒に助走をつけて、足並みを揃えて時計塔からギルド方面へ向け、跳んだ。




「マナたちの冒険はこれからっす!」

「どこでそんな言葉覚えたんですか!?」



 こんな場所で打ち切りなんてする気もないし、私がさせない。

 朝日というには昇り過ぎている太陽を背負って、愉快に舞った――





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