第10章『昇華』

##54 第一試練『天秤』

 


「さて、どうやって着地しましょうかね……」

 〈どらごん……〉


「ぴゃ!? ……どらごんでしたか。いつからそこに?」

 〈どらごん〉


「なるほどー」



 脱出と同時に私の背中に張り付いていたらしい。

 どらごんなら木を生やすなりして何とかできそうなものだが、どうやらそれすらも必要ないようだ。

 私とどらごんは硬い何かの上に乗った。竜の背中である。

 鱗は黒く、気品があって美しい、プレミアム感のある光沢も孕んでいる。


「ウイスタリアさんですよね? ナイスキャッチです。あざます」

 〈どらごん〉


 〈むふん! ちょうど近くに祭壇があるからそっちまで連れていくぞー〉


 そう言って、私とどらごんを乗せた黒竜状態のウイスタリアさんは、猛烈な速度で岩々の隙間へ下降していく。この速さなら脱出ポッドの爆発の煙もあるし、図体が大きくとも逃げきれるだろう。


 振り落とされないようにしばらくの間しっかり掴まっていると、すぐに地上に着いた。



「ありがとうございます。助かりました」

「【人化】、他は……あっちなら集落だな。じゃあ我はトラブルにならないように集落の方で待ってるぞ。ミドリは祭壇に行って我が神との用事を済ませてから来るんだぞー」


「了解です。あっちの方へ行けばいいんですね、覚えときます」

「頑張るんだぞー」



 どうやら巫女とはいえこれ以上の案内はしてくれない様子。

 この洞穴の奥に行くだけだし問題は無いけど、どうせなら集落まで一緒が良かった。

 ウイスタリアさんが人型のまま飛び去って行く。



 〈どらごん……〉

「なんですかその疑うような目は。私が集落まで行けないとでも言いたげですね」


 〈どらごん〉

「なにが“わかってるじゃん”ですか! 私だって成長しているんですよ! こんな何も無い辺鄙な場所で集落を見つけるなんて朝飯前なんですから。後であっと言わせてやりますから、覚えてなさい!」



 全く信じていないどらごんを頭にのっけたまま、私は洞穴の奥へ歩みを進める。

 中はどこか人の手が入っているかのような綺麗さがある。しかし、わざと放置しているであろう宝石とかの結晶が僅かな光を纏って神秘さも醸し出していた。



「うわっ」


 いきなり【天眼】が発動して、黄色い線が迷うはずのない道を指し示した。

 フェアさんの力が強まっているということだろうか。


 ――5分ほどのんびり歩いていると、一段適当に石を敷いただけの何もない空間に出た。

 天井は吹き抜けで、果てしない青空が見える。



「青空祭壇なんて初めて見ましたよ」

 〈どらごん〉


 これはこれでおしゃれで私は好きだ。

 特に調べたりすることもないので土足で祭壇らしき場所を踏みしめる。

 それに呼応するように、天から台座が降りてきた。



「空からというより何もないところから現れてたような……」

 〈どらごん〉


「そうですね、細かいことを気にしていてもしかたありません。高みの見物をしているフェアさんに会いに行きましょう」

 〈どらごん〉



 変な場所に飛ばされないか不安になったが、覚悟を決めて台座に乗った。

 瞬間、光に包まれて――



 限りなく光速に近い速さで大空へ上昇し、空間の裂け目に入った。




 ◇ ◇ ◇ ◇



「ここは……」


「天界だ。……って、こりゃあ別嬪さんじゃねえか」


 無駄にだだっ広い宮殿のような場所に着くと、出迎えたのは天使の翼を生やしたおじさんだった。翼が4つということはそれなりの格なのだろう。その割には世俗的だけど。



「どちら様ですか? あいにく私、おじさん趣味はありませんのでナンパならお断りしますが」


「俺はミカエルだ。ナンパ目的ではねえよ。一応熾天使セラフィムだが、普段は大天使の姿だから畏まらなくていいぞ」



 熾天使って確か天使の階級の最上位だったっけ。

 存在を確認できた以上、天使の種族進化は結構大変なのが明白になった。



「畏まるつもりは微塵もありません。それより、マイケルさんはフェアさんが寄越した案内人なんですか?」

「ミカエルだって言ってんだろ」


「言語圏によって読み方が変わりますから。マイケルの方が可愛らしいと思いません?」

「めんどくせぇ……もうなんでもいいわ」



 試しに軽くおちょくってみたが、意外と張り合いはなかった。

 自分以外の天使種族とやりとりするのは初めてなので、規律を過剰に重んじたり、不真面目を嫌っている可能性も視野に入れていたが、特に気にしなくてもよさげだ。

 結局性格なんて種族差より個人差の方が顕著なのである。



「本題に入るぞ。俺はフェアイニグ様から頼み込まれて、特例で天使への復帰試練をお前に課すことになった」


「お偉いさんでしょうに、わざわざ現場作業に来るって……天使って絶滅危惧種だったりするんですか? なーんて」



「おお、よくわかったな。総数が少なくて人員不足なんだよ。気が向いたらうちで働いてくれてもいいぜ」


「あ、それは遠慮しておきます」



 世知辛い。

 冗談もほどほどに、マイケルさんは話を続ける。




「残念。……さて、早速最初の試練を始めるぞ」



 特段天使に戻りたい願望は無いが、【飛翔】の利便性は実感しているので戻り損にはならないので試練を受け入れよう。


「ほい、これが試練だ」


「これは……天秤?」

 〈どらごん?〉



 宙に浮かぶ光の天秤をスッと渡された。

 小学か中学で見た教科書の中の天秤より豪華で、お皿のサイズもひと回り大きい。



「そいつは追従してくるから持つ必要はない。そのままあっちの部屋に行ってこい。終わるまではそいつは俺が預かっておくからな」



 指し示す先には、紺色の豆腐ハウスがあった。




「分かりました。では挑戦するとしましょう。どらごん、いい子にしてるんですよ」


 頭にいるどらごんの首根っこ……首なのかは分からないけど、とりあえずつまんでマイケルさんに渡した。


 〈どらごん!〉

「痛ってぇ! 何すんだ!」




 気に入らなかったのか、どらごんは棘を生やして彼の髭にプスリと刺した。


 よし、平常運転だからいい子の範疇だ。

 言い合いをしだした待機組を無視し、私は豆腐ハウスへ入った。



「なーにーが出るかな……学校?」



 殺風景な部屋を想像しながら中に入ったが、そこにあったのは現実の学校の教室であった。制服とかに着替えさせられたりはしておらず、三本皇国の着物のままだ。

 教室の中央に、ステータス画面に似た半透明の板があったので近づく。



『試練案内用音声の選択をしてください』


「ゲームかい!」



 真面目な雰囲気からのゲームっぽさに、思わずツッコんでしまった。

 よくよく操作盤を見てみると、クール系秘書タイプ、元気はつらつタイプ、地雷メンヘラタイプなどなど、癖の強い選択肢が並んでいた。


 そんな中で、幼女系統の音声もいくつかあったが、私は試練中にそれを聞いて気が緩む可能性を危惧し、喝を入れてくれそうな音声を選んだ。



『何であんたなんかのために働かなきゃいけないのよ。冗談は存在だけにしてちょうだい!』



 ツンデレ幼なじみタイプである。

 これだけ罵倒されれば気も引き締まるし、クリアした後のデレにも期待できる。我ながら天才の発想だと頷いていると、案内音声ちゃんはその様子をキモがりながら試練の説明を始めた。



『ここで行われる第一試練は、あんたのを見極めるためのものよ。正解なんてないから好きに答えればいいんじゃない? どうせ天使に相応しくない答えになるもの、気負わずに正直に答えるのがオススメよ』



「了解です。アドバイスまでありがとうございます」



 既にデレが出ている。

 嘘をつかなければいいだけっぽいし、言われた通り本心から答えるとしよう。



『問1、“青春”と“勉強”の比重を示しなさい』



 ツンデレちゃんが質問だけ機械的に読み上げると、私の正面に浮かぶ天秤の周りに、5つの分銅が出現した。天秤のお皿にそれぞれの選択肢も刻まれている。


 分銅を天秤に分配して答える形式のようだ。




「青春と勉強、ですか……」

『ま、あんたなんかどうせ勉強一筋でしょうけどね!』


「もしそうだったら今この場には居ないんですけどねー」

『う、うるさいわね! さっさと答えを出しなさいよ!』



 青春という単語はカバー範囲が広い。

 学校内外含め、学生の活動や生活が含まれるのだ。なんなら勉強も青春の一部に数えることだって可能だろう。


 まあでも、素直に考えて半々か、少し青春濃いめだと思う。

 分銅が5つなので、半々という曖昧な選択が出来ないようになっているが、60:40でいこう。



 分銅を“青春”に3つ、“勉強”に2つ置く。

 置くまで重さはまったく無かったのに、全て置き終わると天秤は傾いた。



「できました」

『じゃあ次いくわ』



 もう少し言及してくれてもいいのに……。

 話題を深める気が全くない。そんなに私に興味が無いのか。



『問2、“きのこ”か“たけの――』

「すみません! 私チョコがあまり得意ではないので食べたことありません!」



『ふーん、じゃあパスで次の質問ね』

「お願いします」



 ふぅ、危機は免れた。

 今の質問は色んな意味で危険が危なかった。まさに問題のある問題だ。


 苦手なのは本当に本当なのでそこを咎められることもないし、問題数が減ったという点ではラッキー問題だった。



『問3、“世界”か“友人”か、救う数を示しなさい』


 部屋が、荒廃した景色に変わる。

 先程消費した5つの分銅が再び現れた。



「数……つまり、それぞれ5つ、5人ずついて、5つしか救えないってことですか?」


『そう言ってるじゃない。問題の本質的には問1と一緒よ』



 確かに、言われてみれば比重を尋ねているのと同義だ。難しい質問にも思えるが、私にとっては即決である。


 5つ全ての分銅を“友人”の皿へ置いた。

 天秤が傾く。



『――理由は?』


「友人を見捨てなければ救われない世界なんて、勝手に滅べばいいんですよ」



『世界が滅んだら元も子もないと思わないの?』


「さあ? 何とかしてまた別の世界へ行けばいいじゃないですか? 案外どうにでもなりますよ、知りませんけど」



 質問の論点はそこにない。

 特に何も考えていないのが丸分かりな答えを話したが、友人を見捨てて生き延びるくらいなら、仲良く一緒にお陀仏した方が気分も良いだろう。



『…………最後の問題』

「もうラストですか。望むところです」



『問4、“マナ”か“クランの他の仲間たち”か、どちらの助けに入るか示しなさい』



 真っ白で何も無い空間に変わった。

 現れた分銅も1つだけ。



「名指しな上に、2者1択とは……これまた意地悪な質問ですね」


『そうね。まあ、具体的なシチュエーションは想像に任せるわ。別の場所にいて助け出すのを選ぶでもいいし、敵対していてどちらに肩入れするか選ぶでもいい』



 選んだ方を生かし、選ばなかった方を殺す状況ということか。性格の悪い話である。


 普段の不真面目なノリなら、マナさん一択なのだが――




「うぅ〜ん…………」




 今までの質問で真面目に考えてきたから、そこまで適当に流せない。選択肢があるのなら、両方がよかった。



「うん、無理ですね! ……あー、手が滑ったー」



 分銅を部屋の角に投げつける。全力で投げれば壊れないかと思ったのだが、そもそも部屋のような閉鎖的な空間ではないようで、地平線の彼方へ飛んでいってしまった。



『替え、要る?』


「いりません! 今の私にはどっちとか決めれません。というか、実際にそうなったら私だけが助けに行くという前提を変えるから意味無い質問です。臨機応変にどっちも助ける、それが私の答えです」



 そう言って、私はフワフワと呑気に浮かぶ天秤を拳で砕いてやった。



『――そう。これで第一試練は終わりだから、そこの扉から退室して。今すぐ消えて』



「意外と緩いですね……しかし、もう少しデレてもいいんですよ? まだツンツンツンツンツンデレくらいですから、是非調整してもらって」



『うっさいわね! さっさと出てきなさい! 何でよりによってこの人格を選んだのよ……』


「はーい。お邪魔しましたー」


 ブツブツとツン要素の文句を垂れているのを眺めつつ、私は扉に手をかけた。



『…………これは独り言だけど、最後の試練に辿り着いたら、気を確かに持ちなさい。冷静に状況を把握して、ちゃんと帰ってくるのよ』



「? よく分かりませんが分かりました。心配してくれてありがとうございます」



 デレ要素にニマニマしながら、私は扉の外へ出た。





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