#97 第五回イベント「異変」




 黒い謎の液体が消失していたのは正直都合が良くて嬉しい。

 しかし、こういうタイミングでのホラー展開はまことにまずい。

 何がマズイって、やばいのが来ますよって示唆しているような状況がだ。




「おーい、急にどうしたのよ」

「あ、すみません何でもないです」




[チーデュ::うわ]

[焼き鳥::誤魔化した]

[階段::草]

[風邪の又二郎::戦犯]




 かなり手厳しい批判のコメントが流れているが、私はそれでも無罪を主張していきたい。物的証拠がない以上、映像の改ざんの可能性が出てくるため私が宝箱を壊して液もれをさせた元凶とはバレないはずだ。




「まぁいいわ。もう一個の宝箱の方は無事でしょうね?」

「…………ッスー」


「んん?」

「シロさんってすごい可愛いですよね。私、第二の小野小町だと思ってます」



 先程隠していた液体は確かに消えたし、その正体もついぞ隠し通せたわけだが、宝箱は別だ。

 ほんの少し前までは立派なおもちゃの宝箱のようだったのに、今ではふっくらとしたパンケーキとして地面に擬態している。


 ……擬態できてないんだよなー。



 動揺が心の中にまで及んでセルフツッコミをしているが、おそらく今の私はそれ以上に目が泳いでいることだろう。プロスイマーもびっくりな速度で泳いでいるはず。




「ヨイショ下手くそね。もしかして、あのパンケーキみたいなのって――」

「……ご想像の通りです。申し訳ないです」


 比喩までかぶるとなると、意外とパンケーキとして擬態できているのかもしれない。

 冗談はともかく、やらかしたことは取り返しがつかない。


「はぁ……まあ私達の目的としては他のプレイヤーより早く秘宝を入手して保護するのが第一だから、壊す分にはいいと思うわ」

「シロさんぅ……!」



「それに元から壊れてたとか無かったとか言えばいいのよ。私も黙っておくから」

「聖女ですか? なんなら天使権限で聖女に認定しますよ?」


「やめなさい。私はそれとは相反する吸血鬼なのよ」



 運命とはなんて残酷な。

 こんな聖人が吸血鬼なんて!


 ――シロさんの八重歯が吸血鬼由来のものだとしたらグッジョブ運命。


 茶番じみたやりとりをしていると、ふいに周囲の木々がざわめきだした。


 赤い線。



「ミドリ!」

「お構いなく!」



 シロさんの声より先に捉えていた攻撃を避ける。

 私に向けられたそれは紅い槍である。

 飛んできた槍から、彩度の高い虹色の騎士が何も無いところから現れた。


 そして続々と、同じ騎士が私達を包囲するように現れていっている。手にしている武器は十人十色、多種多様なもので、色もバラバラだ。



「なんですかね、この人達」

「水晶玉から出た水の成れの果てじゃないかしら? 色的に」



「なんですかね、この人達」

「……はぁ…………なにかしらね!」



 とぼけたいという意図が伝わったようで何より。



「こいつらが何者であれ、敵意を向けてきているやつらに容赦はしないわよ」

「おっしゃる通り」



 シロさんは背中にかついでいた大鎌を、私は腰から適応さんと二号さんを抜く。


 ジリジリと近寄ってくる虹騎士の様子をうかがいながら攻めどきを待つ。



 〈〈〈〈〈〈〈主を〉〉〉〉〉〉〉



「あるじ?」

「しゃ、しゃべったー!?」



[草::草]

[腹時計::テンションバクってない?]

[唐揚げ::しゃ、しゃべったー!?(棒)]

[コラコーラ::もはや煽ってるでしょ]

[あ::たぶん真面目な雰囲気なので黙ろっか?]



 ノリでオーバーリアクションをしてみたが、白けた目でシロさんに睨まれたので口を強く結ぶ。



 〈〈〈〈〈〈〈解放せよ〉〉〉〉〉〉〉


「意味のわからないこと言ってないでかかってきなさい!」



 〈〈〈〈〈〈〈主を、主を主をを主主を主主主主ををををををを主を主主をを――〉〉〉〉〉〉〉



「えぇ……?」

「壊れちゃいましたね」



 突然狂ったように連呼しているが、口はもとより体の一部分も微動だにしていない。

 どらごんと同じテレパシー的なのを使っているのは分かっていたが、ここまで声と行動がマッチしていないと気味が悪い。


 〈〈〈〈〈〈〈見つけた〉〉〉〉〉〉〉


「ヒィッ!?」



 またまた急に、全ての虹騎士は一斉に同じ方向を向いた。その様は完全にホラーである。



「ざこ多対一と、強い個体一対一、どっちが得意?」

「心理テストですか? 私は一対一の方が得意です」


「心理テストなわけないでしょうが! こいつらの主とかいうのを倒すか、こいつらを倒すか、役割分担しようと思っただけよ!」



 伝染って気が触れたのかと勘違いしてしまったが思い過ごしらしい。よかったよかった。



「なるほど。ですが、その主がどこにいるか分かるんですか?」

「意外と察しが悪いのね」


「や、いやいやいやいや、私はもちろん分かってますよ。ただ視聴者さんがたは無知蒙昧の愚者の集いですので説明してあげた方がいいかなーって」



[海老丼::おいこら]

[供物::どうも無知蒙昧の愚者です]

[キオユッチ::ぴえん]

[芋けんぴ::酷い言い草で草]

[天変地異::喧嘩かな?]

[らびゅー::は?]




 視聴者さん達に擦り付けたら、コメント欄が非難轟々、罵詈雑言の嵐で流れていく。

 怒る時の発言はワンパターンなのかと言いたくなるが、抑えておこう。




「……そういうことにしといてあげるわ。」

「そういうことですから」



「こいつらは中くらいの宝箱から出てきたとするわ。そうしたら上位互換はどこにいると思う?」

「あー」


「そう、あそこに残された大きな宝箱でしょうね」




 たしかにそうかもしれないけど、あくまでメタ的に考えた場合の話だ。その通りだとするなら小さい宝箱から黒い液体が出てきたのは何なのか、水晶玉が入っていた意味は、といくつか疑問が出てくる。




「もしそうだとしまして、またあの罠的な場所を探さないといけないのでは?」

「その必要は無いわ。さっき転移してきたとき足元がすっ飛んだじゃない、あのあとマツと竜が戦いながら出てきたのよ」



 つまり、私達が出てきた場所――目の前の崖を登った山頂付近――の足元に宝箱が残されているのか。

 物は試し。

 シロさんならこの虹騎士に負けるなんてこともないだろうし、ここは任せて先に行こう。


 ……あっ!


「シロさんシロさん、こういう時の定番のアレ、お願いします」

「はぁ?」


「あれですよ、ここは任せてってやつです」

「あぁ、ここは私に任せて先に行けー」


「そ、そんな……シロさんを置いていくなんて。私には、できない……!」

「めんどくさい! はよ行け!」



 どつかれたので大人しく崖を登り始める。

 せっかく迫真の演技をしてたのに残念だ。




[ブルブルテーブル::シンプルダル絡みやんけ]

[天井裏::棒読みで流そうとしたのに本気で返されたら誰でもキレる]

[階段::これはうっっっっっざい絡み方]

[誰かの椅子になりたい::茶番草]

[異界エレベーター::飛ばないんか]



 とんでもハウスができそうな名前の人たちだなー、なんて想像しながら、崖に手足をつっこんでよじ登る。

 あいにくロッククライミングの極意は習得していないので、文字通り手足を壁にめり込ませてステータス任せの登り方。一度やってみたかったロマン登りである。



「力こそパワー、パワーこそ神、神といーえば天使、天使といーえば私……なるほど。ミドリ改め、チカラちゃんですよろしくどうぞ」



[燻製肉::は?]

[無子::?????]

[キオユッチ::奇妙なバナナ混じってますよ]

[紅の園::勢いしかない脳死トークたすかる]



 自分でも理解できない話を一方的に話し倒して、ついに崖を登りきった。

 下でシロさんが無限に湧き続ける虹騎士相手に無双しているのを確認してから走り出した。



「うわーお」



【天眼】の効果か、目的地の方向まで黄色の線が伸びている。


 しかし、その上から絶対行くなと言わんばかりに赤いバツ印が重ねられている。

 このパターンは初めてだ。


 戸惑いつつも、引き返す訳にもいかないので、無視して進む。


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