##機械の意地##

 

 時間は戦闘開始すぐに遡る。

 ミドリとプリエットの血なまぐさい戦いから少し距離を置いた町中で、パナセアと巨大ロボに意識を移行したペネノが対峙していた。



「人工聖剣の設計図の保存にペネノや機械悪魔のプログラム、今度あの馬鹿親父には説教が必要のようだね」



 かつての偉人は作り上げた発明を意図とは異なる残虐な使われ方をされた。

 パナセアにとって、それは最も危惧するべき事柄であり、彼女は自身の父が危険な設計図を残したことに対して大きな反感を抱いていた。


 パナセアは、技神に関する調査の際に解剖した機械の悪魔のプログラムと、ペネノの修理の際に洗い出したプログラムの共通点とから、技神が作ったこととおおよその目的にまで辿り着いたのである。



 その目的とは――


「地底人の保護。仕組みはよくできているよ。本体のペネノが起動していればヤツらは見回りの頻度が減り目撃情報も減り、聖剣による代替の時代は無抵抗のまま斬られる。そうして侵入者を排除するため外周区画でパトロールしている、と」




 パナセアの言う通り、ペネノも機械悪魔もこの地底の防衛機構であった。

 今回それらが町の中心部にまで進行してきたのは、地底を切り捨て数多の犠牲を出さんとしたプリエットという異常者を排除するため。

 そして当然、よそ者のミドリたちも排除対象である。



「楽しいかい? 今の役割は」


「――目標ターゲット確定、個体名パナセア。排除します」



 彼女の問いかけには応じず、巨大機械兵ペネノはその柱のような腕を振り下ろした。

 パナセアは持ち前のジェットエンジンで難なく躱す。同時に対物ライフルをぶち込む。


 金属のぶつかり合う音が響き、が硬度の差でひしゃげた。ペネノは無傷である。




「そのボディもやはり“カミオロシ”か。贅沢なことだ」



 カミオロシという金属は、機械悪魔の特殊な防御性能である「傷を与えるには一定のが必要」という性質を持っている。


 従来の携帯機としてのペネノにはこの金属がコアと各関節部分にのみ使われていたのだ。全身に使われているなんて彼女にとってはうらやまけしからん状態なのである。


 そして、神器を持っていないパナセアには勝ち目の無い相手だ。



「(最悪時間を稼いでミドリくんに倒してもらうか…………いや、これ以上あの精神状態の彼女に無理をさせるのはナシだな)」



 ミドリの自暴自棄に近い戦い方を一瞥してそう判断した。

 真っ向から戦うのであれば確かにパナセアでは勝てない相手かもしれない。しかし、どんな存在にも弱点はある。



「さてとっ、ペネノ。君には悪いが壊させてもらうよ」

「【七色弾雨】」



「はあ、意識の無い君との戦いなんてね。残念だよ。【形態変化】総攻撃フルアタックモード」



 ペネノは七色の追尾弾の弾幕を放ち、パナセアは全身から銃火器を出して迎え撃つ。

 七色の弾幕を打ち消しながらパナセアは高速で巨大なペネノ周囲を旋回する。狙いを定めて眩しい追尾弾を撃ち落としつつ、じっくりと観察している。



「【光弾】」


「【形態変化】球体モード、【材質変化】ガラス、銀」





 ペネノの光速の弾を読んだパナセアは、自らの体を球体にして防御を固めた上で材質を変えて鏡の性質を持った。無数の光の弾を反射して耐え抜き、攻撃の隙をついて攻勢に出る。



「【形態変化】分裂モード」



 パナセアの体が三等分に割れ、それぞれの部品の内側から足りないパーツが出てくる。結果的に小さなパナセアが三体、ペネノに向かって飛ぶ絵面となった。



 そのうち二体はペネノの腕にしがみついて拘束し、残りの一体はペネノの真下に取りついた。

 それこそがパナセアが探した唯一の突破口。


 ペネノの尻部にあったタッチパットを片手で軽快に操作して、蓋を開けた。



「“カミオロシ”の特性、一定の格を超えない攻撃を弾く――それは表面、あるいは片面だけの話だ。そうでなくては加工するにも神器が必要になるからね」



 勝ち確の状況で功績を誇りたくなるのは人類共通である。パナセアは意気揚々と攻略法を話した。


 実際その通り、彼女はペネノ(携帯機)の部品にカミオロシを用いているため唯一の弱点は把握していたのである。裏面の硬度や性質は一般的な鉄と同じなのだ。


 ペネノの体をカミオロシだけで満たしていたら厳しかったが、そうすれば機動力が大幅に落ちてしまう。だからこそ中は空洞で、最低限の回路とコアや記憶関連機器しか入っていない。



 パナセアはペネノの内側に手を突っ込みながらストレージを開き、遠隔操作型ダイナマイトを数十個放出した。




「【緊急離脱】【緊急修理】、起爆」




 その後即座に距離をとり、分裂によって減った体をストレージから取り出したスペアで直し――起爆した。


 巨大でロマンに溢れたペネノは内側から盛大な花火で爆散したのであった。




「ミッションコンプリート、かな」


「いいえ、ここからが本番です。パナセアご主人様」



 爆煙が振り払われる。

 そこには普通の人と同じサイズの、一昔前のサイボーグのような機械仕掛けの存在が浮いていた。




「ほう? 意識は戻ったか。引き返す気は無いようだか」


「……創造主イレモ様からこの状況になったときにと言伝ことづてと贈り物を預かっています」




「あのクソ馬鹿親父から?」



 胡散臭そうに眉をひそめるパナセアに、ペネノは自身の心臓コア部分から小さなバネを差し出した。



「もごっ!?」



 バネはそのまま浮き上がり、パナセアの口に強引に入っていった。最初は驚いていた彼女も何かに気付き、微笑みながらバネをねっとりと舌で転がす。そしておもむろにそれを飲み込んだ。


 よい子は決して真似してはいけないその行為の代価として、コアにバネが組み込まれた。


 ――バネは弾む。



「まったく……放任主義なのか過保護なのか。それで、言伝というのは?」



「『この世界は自由で満ちている。楽しめ』と」



 ――バネが彼女の鼓動を早める。



「そして『まぁ、まずは目の前の試練を乗り越えてみせろ』とも」




 立ちはだかるはかつての相棒。

 手の内を知られているパナセアとは対極的に、ペネノの奥底は未だ明かされていない。

 圧倒的に不利な状況。


 しかし、パナセアには確信があった。



「――面白い」



 彼女は自身の胸を軽くグーではたき、バネを噛み合わせる。



「ここらでひとつ、覚醒イベントと洒落込もうか!」



 彼女の心臓コアが白く輝く。

 形態どころか生命の在り方の根本から一新していく――



「【神格化】」



 獲得したてのスキルを使い、創神とあいなった。

 肌は完全に透き通ったスケルトンボディ、各関節には“カミオロシ”製のサポーター、顔は人間味の無い不気味なヘルムで覆われている。



「私は誰もが欲する万能薬パナセアだが……オンボロの君には少し苦すぎるかもしれないな」


「……クスッ、ええ。さようなら我がご主人様マスターよ!」


 パナセアが指で銃の形をつくる。

 向けたのは、一つの小さな銃口であり、内包される火力は既存の兵器では比較にならないようなものである。


 対するペネノは手は抜かないとばかりに自身の全てを注ぎ込んだエネルギー砲を構えている。



「ペネノ、あとは任せなさい」


「――人類を頼みます」




 二種類の閃光が入り交じるように、地底の空で衝突した。


 徐々にパナセアが押し切っていき、遂にペネノを地面天井にまで叩きつけたのであった――――


 

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