##44 七草家
「ふにゅ~……乳酸菌っと」
特に意味の無い単語を発しながら朝を迎えた。
今日もいつも通り、授業の動画をさっさと見てからログインする予定だから――午前10時には入れそうかな。やはり、まだ学生という身分だからね。
それにしても、今の時代に生まれて本当に良かった。AWOがあるのはもちろんのこと、学校の大部分が遠隔授業やら録画授業、あと最近はVRでの授業もあったりとなかなか楽なのだ。
私のとこは録画だからスケジュール調整がしやすい。
何はともあれ、まずは朝ごはんから。
◇ ◇ ◇ ◇
予定通り午前10時。
私は宿の自室にて目覚めた。
「あれ? 珍しい……」
パナセアさんからメッセージの通知が来ていた。
どれどれ――
パナセアさんのメッセージは、要約すると「竜の渓谷への船の用意をしておく」とのことだ。自前の潜水艦の骨組みを完成させるため、西側の港へ一人で向かった様子。
……自前の潜水艦なんて初めて聞いたよ。
「言ってくれれば手伝ったのに……いや、素人が手出しするものでもないのかな?」
うちのクランは束縛するためのものでもないし、好きなようにおまかせしておこう。
しかし、そうなるとお祭りの支度を手伝う予定だったけど、コガネさんは今日課題をやるから来られないし、ストラスさんはいつもほっつき歩いてるし……私含めて3人と1匹しか手伝えない。内訳は私、子供、お年寄り、ペットだ。手伝いどころか邪魔になってもおかしくない。
特に子供とペットがはしゃいで何をしでかすか分からないし、迷惑になるならやめておこうかなー、なんて考えていると、不意に戸を叩く音が聞こえた。
「どぞー」
「……誰もいない?」
入ってきたのは葉小紅さんだった。内緒の話だろうか。
「いませんよ。どうかしました?」
「鈴白……妹がまた会いたいって」
なんですと!? いやー、私ってば幼子に好かれるオーラでも纏ってるのかもなぁ!
「行きましょう! 今すぐ、らいとなう、行きましょう!」
「ら、らいとな? ……まあ乗り気ならいいか」
ノリノリな私に若干引いている葉小紅さん。
たとえ白い目で見られようと、今の私を止められるのは何もない。
いざ、決戦の地へ!
「――ねえ、別にそんな決意に満ち溢れた目をしても特に何の用意もしてないのだけれど」
「さあ! ほら、急いでください!」
「えぇ……」
◇ ◇ ◇ ◇
そんなこんなで超特急で支度を済ませ、我々は
一見ボロ屋だけど、中には幸せ空間が広がっているに違いない。
「お邪魔します!」
「迷子のお姉ちゃんいらっしゃい!」
不名誉な覚えられ方だ。そもそも名乗っていなかった気もするし、仕方ないか。
それはさておき、元気に出迎えてくれた鈴白さんに加えて。その後ろからこちらをじっと観察している子と、すぐ隣の部屋で辛そうに眠っている女性がいた。
「どうも、ミドリといいます。葉小紅さんのきょ――」
「友人ね」
「友人です」
協力者と言おうとして遮られた。家族に心配をかけないように、打倒陰陽師のことは黙っているのだろう。私も合わせてただの友人を演じる。
「鈴白だよー!」
「――鈴菜です。奥にいるのは
「これはこれは、ご丁寧にどうも」
鈴白さんは無邪気で、鈴菜さんはまだ私に対して警戒心をむき出しにしている。
見た目は本当にうり二つだけど、目つきだけがかなり違っている。これぞ、双子である。
「…………」
「えっとー、何かついてます?」
鈴菜さんに穴が開くほど凝視されている。
この子からはネアさんのような見透かす眼力と無言の圧がある。末恐ろしい子だ。あとは実力さえつければ私も安心できる。
「鈴菜、失礼でしょ」
「ハコ姉、この人変」
「変人なのは認めるけど、いきなり睨まないの」
「わかった」
変人? 私が? ……ふむふむ、漢字が似てるからきっと愛人と間違えたのだろう。もう葉小紅さんったら私たちの秘密の関係をばらすなんていけずなんだから!
「ねえねえミドリお姉ちゃん! 見て見て!」
「はい! ミドリお姉ちゃんですよー!」
お姉ちゃん……ああ、至高の響き。
内心喜びで、某回転するMADが再生されていたが何とか堪えて見せてくれたものに注意を向ける。
褒めて褒めてと言わんばかりに見せつけてくれているのは、かわいらしい熊のぬいぐるみだ。
「すごいかわいいですね!」
「でしょ! これ私が作ったの!」
「え!? これをですか?」
「うん! こういうぬいぐるみでお小遣いもらってるんだー!」
お小遣い稼ぎにしてはクオリティ高……素人の私でも、繊細かつバランスのいい黄金比を考慮された形なのはわかる。商品レベルを通り越して芸術品の域だ。
「葉小紅さん、これ売ってるんですか?」
「知り合いの美術評論家を通して金持ちに売ったり、美術館で個展を開いたりしてね」
想像以上の規模のお小遣い稼ぎだった。
既に芸術家じゃん。
「鈴白さん! 本当にすごいですよ!」
「え~、えへへ……」
そしてかわいい。
君の照れ顔は100万マイルの夜景に匹敵……あれ、単位マイルだっけ?
100万ドルだったっけ。マイルは距離の単位か。かわいさに当てられて一瞬頭バグってしまった。
脳内口説きシミュレーションは置いておくとして、そろそろ真面目な話をしたい。
「葉小紅さん、嘉多さんの様子を少し見させてもらえません?」
「別にいいけど……」
不思議そうな表情を浮かべている。もちろん、私が治せたりするわけでもないから当然だ。
「流行り病と聞きましたから心配してるんですよ。ほら、友人のお姉さんですから」
「そう。ほら、こっち」
奥の部屋に案内される。
相変わらず鈴菜さんが訝しむように凝視していてやりづらい。
「失礼します……」
眠っているので、静かに部屋に入る。
布団で横になっている女性は、少し辛そうに目を閉ざしていた。こうやって見ると、姉妹全員が美人さんで顔つきもよく似ている。
「……」
「満足した?」
「はい。ありがとうございました」
ただ顔を見ただけ。
私にできることはなく、ただ見ただけで退出した。
居間に戻ると、鈴白さんが暗い顔をしていた。嘉多さんのことで彼女の容態を案じているのだろう。
「――大丈夫ですよ。流行というものは直ぐに過ぎ去ります。病も一緒です」
「本当?」
「ええ! 私が保証しますよ!」
「そっか……そうだよね!」
やはり、元気な子が落ち込む姿が一番辛い。
彼女には元気ハツラツでいて欲しい。
「…………ミドリ、お姉さん」
「!? はい! なんでしょう!」
鈴菜さんが私のことをミドリお姉さんって呼んでくれた。感慨にふけっていると、彼女は深々と頭を下げた。
「
この子、やっぱり気付いて――
「任せてください! 友人として、手綱はしっかり握っておきますよ」
今日ここに来てよかった。もともとそんな予定は無かったけど、こうやって負けられない理由が出来たのだから。鈴白さんの笑顔のために、鈴菜さんの頼みを果たすために……何より、この姉妹には幸せになってほしい。
「ミドリお姉ちゃん! かるた遊びしよ!」
「しましょしましょ! ほら、お二人も」
「……望むところ」
「私も? まあ、たまにはそういのもありか」
もともとここに来たのは遊びに誘われたから。私の決意とは別に、楽しむところは存分に楽しむ。
私たちは、昼までかるたで世紀の大接戦を繰り広げた――
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