#111【AWO】ダンジョンかもー【ミドリ&マナ】



 女神フェアイニグさんとの再会という名の二者面談も終わり、私はもとの路地に戻った。

 そこにちょうどマナさんも戻ってくる。



「お待たせしたっす! もう平気っすよ!」

「それはよかったです。改めてダンジョンへ行きましょうか」



 気まずい感情はお互いさっぱり拭えた様子だ。

 マナさんは気分転換、私はシリアスな未来予知を受けて、という差はあるがそれは仕方のないこと。


 最初は未来予知を疑っていたが、あの女神はかなり高位の存在だし、私をだますメリットもないので信じることにした。

 起こり得る最悪の事態に備えて必殺技の準備もしたし、あとは当日の立ち回り次第。事前につぶすのも無理なようだから、それまではあまり引きずらず、のんびり過ごそうと割りきることにしたのである。



「そういえば、ダンジョンの存在って機密事項なんですかね?」

「機密ではないんじゃないっすか? あの時は、依頼の板に張ろうとしてたっすし」


「たしかにそうですね。でしたら、マナさんさえ良ければ――」

「配信っすね」


「お、よく分かりましたね」

「ミドリさんのことならなんでも分かるっすから!」



 あらあら、嬉しいことを言ってくれて。

 一緒にいる時間はまだ一か月ちょいだけど、心の距離はかなり近いから、老夫婦並みの意思疎通だってできる気がする。

 つまり、私もマナさんの考えていることならなんとなく分かるかもしれないことだ。



「私もマナさんの考えていることはまるわかりですよ!」

「だったら今何考えてると思うっすかー?」


 挑戦的な笑顔で私の方を見るマナさん。

 よろしい、とジッとその愛らしい瞳を観察する。



「――――フム」

「……」



「――――」

「……えーと」


「――――」

「あ、あの、ミドリさん? 見過ぎっすよ?」


 ここだ。


「――恥じらいの気持ちが見えました」

「な!? ……もう! 卑怯っす!」



 会話のリズムや空気の流れから読み取るのが普通なのだから、今のやりかたも卑怯ではないはず。瞳だけで考えていることを読み取れるのならそれはただのエスパーか、異常な超人ぐらいだろう。




 ◇ ◇ ◇ ◇


「――よしっと、始めました」


 先日の沼付近で、配信を開始する。



「こんにちは、マナっす!」

「ミドリです」


 雑に挨拶を済ませてダンジョンの説明を行っていく。



「なんやかんやでみなさんご存知ダンジョンがあるそうなので、今日はそちらの偵察を行いたいと思います」

「っす!」




[タイル::ダンジョン!?]

[燻製肉::きちゃ!]

[セナ::ダンジョンあるの!?]

[野球部の田中::うおおおおお!]

[あ::これはとんでもない発見だな……]

[芋けんぴ::こんにちは!!!!]

[25時間睡眠::初見としての所見だとかなり時間かかるでしょう]

[死体蹴りされたい::ダンジョンデートとはまた斬新ですね]



「今日もみなさん元気なようで何よりですね。さ、マナさん。案内お願いします!」

「任せてっす――」



 こんなだだっ広い沼地で迷うはずもないが、逆に言えば同じ景色が続くので一生ダンジョンにたどり着けないかもしれないから大人しく任せたのだ。

 マナさんは、受付の人から受け取ったメモ書きのような地図をにらみながらゆっくりと歩いていく。私も置いていかれないよう黙ってついていく。




「ここっすね」

「これ、どう見てもただの穴なんですけど」


「ちょっと待っててっす。ほいっ……」


 底の見えない穴に石を数個投げ込むマナさん。

 耳を寄せて音を聞いているようだ。


「かなり深いっすね。ゆっくり降りるっすよー【神盾アイギス】っす!」

「了解です、【飛翔】」



 幸い入り口もかなりの大きさだったので、慎重にそれぞれの手段で降下していく。


 真っ暗で何も見えないため、久しぶりに光輪を出して灯りにする。

 それでも何が起こるか予測できないため慎重に。



「ほんとに深いですね」

「でも、よっと。ここまでみたいっす」



 フワッと着地したマナさんは、私に手を差し伸べる。

 その手をとって地に降り立つ。



「ありがとうございます」

「いいっすよー」


「それにしても、何と言うか……」

「想像してたのと違うっすね」



 そう。もっと岩盤むき出しの場所を想像していたが、見渡す限り大理石の床と壁、そして廃墟。

 明らかに人為的な造りで、人の営みの跡が見える。しかしそれら全ては白黒で味気ない。



「結構広いですし二手に分かれて調べて回りましょう」

「そうっすね。一応マナも盾で光源はつくれるっすからね」


 ひとまず近くの家の跡に入ってみる。

 中は大きな家具だけが残されていて、人も食糧らしきものも見当たらない。

 唯一の手掛かりの家具はかなり古びていて、所々腐敗したりカビが付いていたりしている。



「やはりダンジョンよりただの廃墟なのでは? 地下に住んでいた理由までは調べたいですけど、物が少なすぎますね」



[紅の園::謎だらけだねぇ]

[階段::生存者はいないんかな?]

[キオユッチ::住んでた人たちはどうなったんだろ?]

[味噌煮込みうどん::もう実質ホラゲーやん]



 ホラゲーよりはミステリーっぽくはあるので私は今のところ平気である。

 直観だけど、そういう場所ではないのは確信していた。


「次行きましょう」



 次の家に入ってみるが、ほぼ同じ内観。

 そしてどんどん手当たり次第に入っていく。


「ここも何もないっと。――やはり奥の怪しげな教会ですか」



[カレン::明らかにそこだけ異質だもんね]

[あ::レッツゴー!]

[壁::あの大きさは露骨だし]

[枝豆::ボスいそう]



 念のため警戒しながら近づくと、教会と思しき建物の周囲に透明な膜が張ってあるのに気付いた。指でツンと触ってみる。


「見た目より硬いです」

「結界っすか」


「わっ! いつの間に」

「今っす。特に何も無かったっすから」


「私もです」

「……ふんっ! これ相当頑丈っすね。盾で殴ってみたっすけどヒビひとつ入らないっす」


「どれ、私も、【スラッシュ】」


 軽く2号で斬る。

 ――が、パキンっという音がして弾かれてしまう。



「あ、何か書いてあるっす……読めないっすけど」

「どこです?」


「結界の中の石板っす」

「あー、あれですか。どれどれ――――は?」


 円弧をいくつか合わせたような記号の羅列。

 まるで文字に当てはめるように整然と並んでいた。



 ――嘘。

 まさか、そんなことが?

 でも可能性としてはありえる。

 αテストの存在が、“あの人”がここにいたことの証左となる。

 いや、今考えても仕方ない。この中に何かあるのは間違いないのだから。



「読めるんすか?」

「……いえ、この距離からではさすがに全文までは。ですが、どうやらキーワードだけは大きく書かれているようなのでそこは拾えます」


「すごいっすね!」


[天々::すご]

[カリカリカリー::解読班ー]

[バッハ::どこかの暗号なん?]

[逆立ちエビフライ::暗いし小さいから全然わからん]



「ちょっと待ってくださいね……。えーと――――」


 見えにくいので目を細めて読み解いていく。


「――――1の2……2・2・2で“カギ”、1の6、5の9の1だから“ロバ”ですかね。ここから見えるのはその二つの単語だけです」

「なるほど。そういうことっすか! そのまま受け取るならロバがカギを持っていて、それさえあればこの結界は開くかもってことっすね!」


「他に手掛かりもないですし、きっとそうでしょうね」


 しかし、ロバなんて今まで見かけたことは無い。

 もうしばらく後にまた来ることになりそうだ。


「偵察としての働きは十分した気もしますし、帰りましょうか」

「そうっすね」



「……とまあ、ほとんど何の成果も得られなかった感は拒めませんが、この辺で今日の配信は終わります。お疲れ様でした」

「また今度っすー」




[ちくわの中身::おつでした~]

[蜂蜜穏健派下っ端::過去最短かもしれん]

[チーデュ::また今度~]

[焼き鳥::おつ]

[ふぁっ!?::お疲れさまでしたー]

[病み病み病み病み::おつミドー]



 かなり短い配信となったが、特にそこにこだわりもないので終了した。

 きちんと終わったのを確認してからメニューを閉じる。


 それからいつも通りのんびり雑談をしながらダンジョンではなかった廃墟をあとにする。

 最後の最後までなにか起きないか警戒と期待で半々だったが、何も起きなかった。


 夕方はみんなでファユちゃんと遊んで、今日あった出来事をメモしておこう。情報がかなりあふれつつあるから、忘れないようにね。



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