##72 珍しい衝突

 

 ラネルちゃんと夢を語り合った日から3日後。

 あの三人組の“子渡し”の日でもある。

 出ていくことになるのは昼で話でもしに行こうと思っていたが、寝起きの私はパナセアさんに手を引かれて〘オデッセイ〙の面々だけで外に連れ出されていた。


 珍しい積極的な行動に、サイレンさん以外は不思議そうにしながらも信頼はしているので文句ひとつ言わずついて行っている。




 町からだいぶ離れた頃、パナセアさんは神器持ちの私、コガネさん、サイレンさんにメカ悪魔が出没する区画に入ったから構えるように言った。


 どうやら地上に出る算段らしい。

 何か意図があるのは理解できるが、こちらとしてもお別れの挨拶くらいしておきたい。



「地上に行くならせめて挨拶してからにしません?」

「……すまない。何も聞かずに言うことをきいてくれないか」



 強情だ。

 理由も聞かずになんて一体彼女は何を考えているのだろう。



「お別れくらいさせてくださいよ。前言った通り、今日は仲の良い子どもたちのめでたい日なんですよ?」


「分かっているさ。しかし、我々はただの旅人だ。これ以上深入りするのは避けるべきなんだ」




「ですが――!」

「うちも理由は話さんと納得いかへん派やな」


「コガネくんもか……」



 黙って見守っていたコガネさんも不満があったようで私の方に加勢した。パナセアさんはため息を吐きながら少し考え込んだ。



「事情は知らないが、らしくないのは確かだな。仲間内で情報共有をしないのはナンタラとつい最近文句垂れていたではないか」

「そうだぞ! 秘密、ダメ!」

 〈どらごん〉



 こないだのイベントの留守番で時間の神が訪れていたのを一日くらい報告していなかったのを根に持っているのかストラスさんとウイスタリアさんも情報共有という点で批判した。

 どらごんにかんしては「ねむーい」と言っていて我関せずのスタンスらしい。




「パナセアさん、ぼくも話した方がいいと思うよ。どんな反応かは何となく想像がつくけど……」


「はあ、そうか。仕方ない。私とサイレンくんの調査した結果のすべてを話そう」




 パナセアさんは眼鏡を外して、レンズを磨きながら調査報告を始めた。




「まず、私はここで存在するであろう技神の手がかりを探していのだが、何も無かったんだ。あったことは記録で確認していたのだが、すべてプリエットくんが回収していたんだよ」


「プリエットさんが? なんでそんなことを?」



「さぁね。彼女も研究者の端くれだし何か開発の一助になるかもと考えたのか、あるいはただの熱狂的なファンか。いずれにせよ技神に関する調査はここで断念したわけだが――」



 そこでパナセアさんは眼鏡をかけ直し、真剣な眼差しで私を見据えた。



「途中、プリエットくんの動向も調べたんだ。そうしたら彼女が子どもたちの“保護”を始めたのが研究所を持ってから数年後だというのが判明した」


「研究所を保護施設にしたってことですね」




「問題はそこではない。私は同業者としての違和感を抱き、子どもたちの方を調べたんだが……確かに記録上は国の制度や在り方に反対した者の子なのは違いなかった。彼女が引き取りを始める前にもそういった例もあった」




 ただ、とそこで一区切りした。

 パナセアさんにしては歯切れの悪い感じである。



「子どもたちのが彼女の引き取り開始から増えているんだよ。それも毎年数人必ず反旗を翻していることになるんだ」


「実験台にしとるってことやな?」

「ほう?」


 コガネさんはいつも通りのテンションで、私は若干イラッとしながら反応する。

 しかし、パナセアさんは首を横に振った。




「それならまだマシかもしれない。これはあくまで状況証拠からの私の推測でしかないのだが――」



 その前置きに私たちは生唾を飲んで次の言葉を待つ。




「――子どもたちは素材として使われている」




「ミドリ! 落ち着くんだぞ!」

 〈どらごん!〉



「放してください! あいつを殺さないと……!」



 ウイスタリアさんに羽交い締めにされ、どらごんのツタで関節付近をガッチリ縛られている。

 あふれんばかりの殺意から素の力だけでツタを引き剥がそうとして、自身の骨が折れてしまいそうなほど軋んでいる。




「最後まで聞いてほしい」

「……手短に」



「根拠は聖剣の数と仕入れられる子どもの数の合致、子どもたちの戸籍関連の情報が既に消されていることだ。だが、知っての通り聖剣はあの悪魔への唯一の対抗手段であり、あれがなければここは既に滅んでいただろう」


「だから許せと?」



「まだ続きがある。聖剣が無かった頃は巨大な機械が守っていた、それも技神がいなくなってからつい最近までね。聖剣自体は少し前から作られていたが、実用されるようになったのはつい最近だったんだ」



 何が言いたいのか分からない。


「そしてこないだのペネノのエラーだ。あれを詳しく調べたところ、すでにペネノの意思とも呼べるソフトウェアは消失――いや、移行されているんだ。ペネノ自体、私が初期リス地で基となるぷろくプログラムを発見し、それをそのまま作りたてのハードに流用したものだ」



「もっと簡潔に言いたいことだけで。私のイライラが増すだけです」




「……要するに、ペネノはここを守っていた機械の予備端末だ。それを呼び起こしたことでここのプログラムは停止、それによって聖剣の安定供給が必要になり犠牲が増えたということだ。私が遠因でもあると言いたかった」



「そうですか。話は分かりましたよ。なのでこれを外してください」




「ダメだぞ。まだヤル気しかないぞ」

 〈どらごん〉




 未だに拘束を続ける一人と一匹。

 おそらくパナセアさんがあらかじめ根回ししていたのだろう。



「いや、もう拘束は不要だ」

「そうか? 気をつけるんだぞ」

 〈どらごん……〉


 ようやく拘束を解いてくれた。

 私は拳を構える。



「我々は所詮しがない旅人だ。このままいけば守護機械はそのうち起動され、聖剣の需要も減る。これ以上ここに滞在する気の無い我々が無責任な関与をすべきではない、というのが私の主張だ」




「夢を持ち、未来のある子どもたちが何も知らないまま犠牲になるのは見過ごせません。あとのことなんて知ったこっちゃありませんよ」




「未来のために動くというのに未来のことは考えないのか? それは矛盾だよ」



「矛盾上等。面倒な問答はやめましょう、助けたいから助ける。それだけてす。――そこをどいてください」



 パナセアさんは腰の銃をストレージに仕舞った。




「…………わかった。我々には力があるんだ、武器機械なしの殴り合いで決めよう。私が勝ったら諦めて大人しくここを立ち去ってくれ。君が勝ったら……私も根本的解決まで死力を尽くすと約束しよう」



「それで構いません。クランの方針を1体1の殴り合いなんて野蛮な気はしますが、皆さんもそれでいいですね?」




 私の少し圧のある確認に、クランメンバーの全員は無言で了承の頷きを見せた。


 私とパナセアさんは丸腰でお互い構える。

 これは言わば、決闘だ。己の主張を通すために容赦も手加減も欠片もしない。


 全力で、打ち負かす。




「職業、ストリートファイター」



『職業:《ストリートファイター》になりました』




 職業スキルは【突発戦】、【決闘】、【闘争心】のパッシブスキルで各種バフを得られるものと、【テレフォンパンチ】というアクティブスキルでクールタイムが非常に短いものがある。




「はあぁ!」

「ふっ!」



 私の拳とパナセアさんの鋼鉄の拳が激突する。

 お互い結構な高レベル高ステータスなので衝撃波が生じて両者軽く吹き飛ぶ。



 体制を立て直した私は、彼女より数コンマ早く追撃に入った。再度拳を振るう。

 しかし両手で受け止められ、返しの蹴りを食らってしまった。


 パナセアさんのことを勝手に中後衛的な戦闘スタイルだと思っていたが、どうやらどこでも活躍出来る万能型だったらしい。想像以上にこちらにくらいついてきている。




「【鋼の闘魂】」

「【テレフォンパンチ】!」



 パナセアさんは私のパンチを両腕で受け止めて防御した。そんなことはお構い無しに、今度は左手を引く。



「【テレフォンパンチ】!」




 クールタイムの短さを活かした連撃。

 二発目はしっかり頬に突き刺さった。


「ハァ……」



 彼女は受け身をとり、息を整えながら立ち上がった。眼鏡のレンズにはヒビが入っていてその瞳にどんな感情を乗せているのかは窺えない。



 

「種族としての機能くらい使ってもいいんですよ? 素のフィジカルが違いますし」


「…………結構だ」




 何となくだが分かった気がする。

 理性的で合理的な彼女の選択を、私の感情的なわがままが打ち砕いてほしいのだ。


 ……ずるい。

 それは私を馬鹿にしたやり方でもある。フェアに、消耗を抑えた上で本気でぶつかり合わなければこの決闘は無意味なものになる。



「提案があります。この決闘の条件を変えませんか?」


「ほう?」




「一撃です。お互いのクールタイムが長すぎない、本気に限りなく近い一撃を放ち、立っていた方が勝ち。どうです?」



「それは……わかった。一撃でケリをつけよう」



 私が勝った場合を考慮しつつ、身内の戦いに再使用まで時間を要する技を使うのも勿体ない。

 流石に【不退転の覚悟】は使えないので、彼女のタフさを信じてあれを使おう。



「いきますよ」

「ああ、私も負けるつもりはないとも」



 私は{順応神臓剣フェアイニグン・キャス}を構え、パナセアさんは全身で抱えるほどの大きさの銃のようなものをこちらに向けた。



「【統合弾】【全開充填フルチャージ】」


「『ひらけ、遙か天の先へ至るために』

【神器解放:順応神臓剣フェアイニグン・キャス】」







「【起動・電磁投射砲レールガンP35】」

「――【間斬りの太刀】!」




 視界を埋め尽くす閃光。

 私はそれを斬った。


 あまりの熱量に皮膚は軽く焦げ、出力も高く空間を斬るために振った腕が軋む。




「ふぬぅうう!」





 知恵の結晶、人々の努力の積み重ねである発明を、私は気合と根性の力任せなゴリ押しで叩き斬った。

 パッシブスキルである【無間超域】で射程は伸び、パナセアさんの頬を掠めてメガネの耳にかける部分を砕いた。




「私の方がボロボロな気もしますが、そちらのアイデンティティを壊しましたし私の勝ちであいでしょうか?」


「そもそも押し合いで負けたんだ。傷の大小は関係なしに私の負けだ」




 彼女はストレージからスペアの眼鏡を取り出しながら敗北宣言をした。





 さて、それでは約束通りクソみたいなこのの実態を暴きに行くとしよう。




「パナセアさん」


「当然約束は守るよ」




 そうして彼女との決闘を終えて一息ついていると、町の方からけたたましい音量の警報が鳴り響いた。



『警告! 警告! 魔物の氾濫! 居住区の人間は各区域の緊急避難所まで避難を!』




 魔物……あのメカ悪魔か。

 このタイミングで? 私たちの戦闘の衝撃で触発されたのだろうか……いや、それだったらここが真っ先に襲われるはず。別口となると――


「――ッ!」


「ミドリくん! っく、神器持ちの二人は間引きを、残りは各々の判断に任せる!」




 嫌な予想が頭を巡り駆け出した私をカバーするように、さっきまで観戦していた面々に指示を出してついてくるパナセアさん。

 感謝の限りだがそれを表現している暇も惜しい。

 迸る殺意を胸に、ひたすらに駆け抜けていく。





 ◆◆◆◆◆◆◆◆


 残された〘オデッセイ〙のメンバーは、展開と彼女らの行動の早さに驚きつつも自身のやるべきことを理解していた。



「コガネさん、東半分よろしく」


「お、珍しくヤル気満々やな?」




「ぼくだって胸糞悪いんだよ。八つ当たりでもしてないとやってられないでしょ」



「……せやな。うちもはらわた煮えくり返っとるんやけど、うちの分もミドリはんが殴ってくるやろし、大人しく殲滅しとこか」



 それぞれ海の神器、雷の神器を取り出してメカ悪魔の大群のもとまで駆け出した。


 町の西外周は荒々しい渦潮で溢れかえり、東外周は雷の雨が降り注ぐ。

 まさに神の所業、神話のような規模の蹂躙であった。




「我も戦いたいー!」

「神器も無しにどうするつもりなんだ。それより、吾輩らには重大な任務がある」

 〈どらごん?〉



「根っこ、貴様は分かるだろう。何のために吾輩たちはここ数日歩き回ったと思ってる」

 〈どらごん!〉

「何のことなのだ?」




「教えてやろう。吾輩たちが発見したのは、地上への道だ。ねちっこいことをしていたらしいプリエットとやらのことだ、愛しの君に追い詰められたら卑怯にも逃げ出すだろう。その時に吾輩らが先回りしておく」

 〈どらごん〉




「先回りってどこに行くつもりなのだ?」


「ここは所詮蓋がされた地底の国。自ずと逃げ延びるには地上を目指すことになる。先に地上で待ち構えるぞ!」


 〈どらごん!〉

「なるほど、意外と天才なのだな!」




「はっはっは! くるしゅうないぞー!」




 待ち構えることにしたストラス、ウイスタリア、どらごんの三名はなぜか全員で高笑いしながら地上までの岩盤を削っていった。






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