#62 天国を伴って海へ



 乾いた靴音を響かせながら、粛然とした廊下を揃って進む。マナさんの微かな寝息が静寂の中で心地よく耳に馴染む。ある種のクラシック音楽と言っても過言ではない。



「こちらです」


 トゥリさんが開けた扉の部屋は、応接室と書かれている。堂々としたシフさんを先頭に続々と入室していく。


 中に居たのは一人の女性と二人の幼女だった。

 女性は紺色の長髪で丸眼鏡を掛けた、凛とした人だ。

 二人の幼女は顔が瓜二つで、髪型が同じだったらどっちがどっちか分からないレベルに似ている。髪色は二人とも紫に灰色がかかった、いわゆる竜胆りんどう色。前髪を上げてゴムか何かで結っているのは共通しているが、サイドテールの左右だけが唯一異なっている。



「帝国からはるばる御足労感謝します。初めまして、ここの代表を務めておりますスパシアです」

「使者の代表、シフだよ☆ よろしく☆」



 代表の二人が世辞にまみれた挨拶をしていると、横から幼女二人が近づいてきた。どちらも気の抜けた表情をしていて可愛らしい。


「親、おなかすいた」

「親、さかながいい」


「……はぁ、ひとまずこれでも食べててくれ」



 返答したのがトゥリさんということは、この子達の親ってことになる。お若そうなのに凄い。親を親呼びするのは珍しい気もするけど、図々しく餌をねだる雛鳥ひなどりみたいで可愛い。


 トゥリさんは腰の巾着袋からクッキーを二人に渡している。家庭的な人はポイントが高いよー。


「失礼しました、この子達は私の娘で――」


「スー」

「イー」


「――でして、礼儀知らずですがご容赦ください」


 一堂気にしていないと無言で笑みを浮かべながら頷く。


 マナさんよりも歳下かな。かなり幼い印象を抱ける。クッキーを頬張る姿が完全にシンクロしていて双子の不思議さを味わえる。


「んぅ、ふぁあいぁ……あえ?」

「おはようございます」


 抱っこしてたマナさんと目が合う。ゆっくりと下ろしてあげると、寝惚けまなこを擦りながら辺りを見渡して状況を読み取っている。



「着いたんすか……?」

「そうです」



 脳が冴えてきたようで、目の前のスーちゃんとイーちゃんを見つめる。一瞬の静寂の後、マナさんが口を開いた。


「遊ぶっすよ!」

「「おー」」



 掛け声を上げながら部屋の隅の積み木が置いてある場所に向かっていった。さっきの一瞬の間、子供にしか伝わらない電波で会話していた……!?



「ひとまず長旅でお疲れでしょうし――」

「わたし達は少し大事な話があるから、皆で海にでも行ってくるといい☆」


「あの、シフさん?」

「道中は快適な旅だったから、休暇は半日くらいで十分だよ☆」


「そちらが良いのでしたら、そうしましょうか」

「良いよー☆」



 せっかく休ませてくれようとしたのに、シフさんのせいで短くなった。

 勝手に部下のスケジュールを弄る上司は嫌われるよ。というか嫌うよ。海に行けるのは素直に嬉しいけどね。



「あー、ぼくは散策でもしてよっかなー」

「水着を着れる機会も少ないし、私は行こう」

「え、あっ、やっぱり――」


「う、海ぃ……」


「マナさーん、海行きますよー」

「はーいっすー! 二人も行くっすよ!」

「「おー」」


 ぞろぞろと退出していく。

 サイレンさんは必死に言い訳しながら前言撤回しているけど、パナセアさんはそんなに気にしてないんだよなー。片思いって辛いねー。



「トゥリ、皆さんの警護を任せます」

「承知しました」


 後ろでそんなやりとりがあるのを聞き、トゥリさんが最後に扉を閉めたのを確認して前を向く。


 そこに映ったのは双子の間に入って手を繋いでるマナさん。ここは天国だ。本官、大変満足であります!


「海までは距離がありますので、先程の馬車でお送りします」

「お願いします」


 近くにいた私に断りを入れて無線機のような物で連絡を取っている。私もこっそりとカメラを移動させ、周りの楽しいムードを壊さないように語りかける。



「というわけで、ここからはマナさんの素肌を独せ……獣のような視聴者さんから守るために配信は終わります。また明日」




[天麩羅::お? 喧嘩か?]

[あ::おまいう]

[カレン::いくらでも払いますから見せて!]

[階段::先生! 画面の中にも獣は居ますよ!]

[隠された靴下::見せろおおおおおおおお]

[燻製肉::本音隠せてなくて草]

[病み病み病み病み::お預けは嫌ァァァ]

[紅の園::ミドリさんの水着姿見たいです]



 忘れかけていた配信を切る。後でお詫びにサイレンさんの水着姿でも投稿しよっと。需要あるだろうし。私のはもちろん投稿する……わけがない。


 外に出て、馬車の前で集合をかける。


「バカンスの前に、先に自己紹介を済ませましょう。私はミドリです」

「マナっす!」

「どうも、サイレンです。男です」

「パナセアだ」

「く、クリスですぅ」


「改めまして、トゥリと申します」

「スー」

「イー」



 さっきの挨拶より元気に、二人両手を広げて謎のV字を作る双子。その後ろで小さくため息を吐くトゥリさん。

 仲良し親子で癒される。別に私の親子関係が悪いとかではないけど、やっぱり父親って良いなって思う。私にはもう居ないから尚更。


「では、五三で分かれて乗りましょうか」

「四四でよくない?」


 至極真っ当だけど、今回ばかりは違うんだよ。やれやれ、パナセアさんやクリスさんは分かってそうなのに、サイレンさんは鈍いなー。


「私とマナさんは一緒で、トゥリさん達は親子ですし一緒です。そしてそこの三人が手を繋いでいますし、必然的に五人になるんですよ」


「あー、確かに……確かに? 納得していいのかな? 別にミドっさんとマナちゃんは一緒じゃなくても――」

「なるんですよ」


「あ、はい分かりました。ナンデモナイデス」


 固まった表情のサイレンさんを無視して、馬車へ乗り込む。馬車がゆっくりと出発しだした。座席は、双子の間にマナさん、向かいに私とトゥリさん。マナさんがお姉さんぶっていて何とも微笑ましい。


「ここから海までは遠いんですか?」

「遠くはありませんが、歩きで向かいますと帰る頃には夜も更けてしまいますから」


「そうなんですねー」


 向かいの三人がじゃれているのを眺めながら適当に喋る。


「うまうま」

「びみびみ」


 あ、双子が同時にマナさんのほっぺを食べた。かわわわわわわ……!!


 スクショスクショ!


「素晴らしい」


「こら、これを食べてなさい」

「親、かたいクッキーはあきた」

「親、やわらかくてこいやつで」


「はぁ……本当にすみません」

「全然いいっすよ〜」


 私が夏のスクショ祭りを密かに開催している横で、トゥリさんは申し訳なさそうにマナさんに謝っている。幼女同士の絡みでしか摂取し得ない栄養素もあることを是非とも知って欲しい。



「…………マナ殿は一体何者なんです?」

「?」


 またムニムニし始めた三人を横目に、私に意図の読めない質問を投げ掛けてきた。相変わらずの無表情で。


「えー、あの子達がすぐに懐いたのが珍しいのです。何かあるのかな、と」

「なるほど。それなら私にも分かりませんね。マナさんは記憶喪失で出生も何もかも分かりませんから。何かそういうスキルがあるとかも聞いた事がありません」



 そういえば、ステータス画面では見れないスキルがあるとか言ってたような気もするけど、それが関係してるのかな?


「記憶が…………お二人はどのようなご関係で?」

「冒険仲間、保護者と子供、色々ですけど、一番しっくりくるのは――」



 色んな単語が思い浮かぶけど、どれもしっくりこない。ありふれた言語で言い表せるような単純なものではないのだから。



「“ミドリとマナ”という私たちだけの関係ですかね」



「……それは何とも、温かいご関係ですね」

「アッツアツですよー」



 きっと、いつまでもこの温かい気持ちは続く。たとえマナさんの記憶が戻っても、たとえ喧嘩しても。


 そんな願望に近い未来図を、一人静かに思い浮かべる。




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