###2 久しぶりの王国です

 

 帝国でのんびりお茶会した翌日。

 午前中に食料だけ買い溜めしてから私たちはいつも通りパナセアさんの車に乗って王国方面へ移動した。つつがなく王都に入り、ここに滞在したことがある私とサイレンさんによる観光をしてから問題の場所へ向かった。



「「すぅーはぁ……」」


 扉の前で、私とサイレンさんは盛大にため息をつく。緊張と恐怖と懐古とが入り混じったものである。


「大丈夫かい? 幻覚が見える精神安定剤なら手持ちにあるが要るかい?」

「それだけ聞くとヤバいものにしか聞こえへんさかい、没収や」


「そんなぁ!? ただの暴走バーサーク状態の敵を無力化する薬なのに!」

「ダメなもんはダメや」


「ほんと愉快なヤツらだな……竜の嬢ちゃんは大人しくしててくれ――」

「たのもう、なのだぞ!」


 玄関前でわちゃわちゃしているのに飽きたのか、ウイスタリアさんは不公平さんの静止を振り切って躊躇なく突撃した。



「うちに竜がなんの用だい? ってあんたらは……」


「お、お久しぶりです。ミドリです。王国の港町へ行く途中でして、挨拶でもと寄った次第なんです」

「……宿はとってあるかい?」



「いえ、まだですが」


「なら泊まってきな。色々と――聞きたいこともあるからね」



 そう言って子供たちを呼ぶブランさん。

 ここは王都の孤児院――現役の聖堂で、マナさんの実家のような場所である。マナさんの親代わりのようなシスター、ブランさんはきっと怒っているだろう。だってマナさんがこの場に居ないのだ。どう解釈しても良くないことになっているのは明白である。


 だからこそ、私とサイレンさんは殴られる覚悟の準備をしていたのだが……特にマナさんのことには触れずに子供たちと遊ぶように言った。


 そして、なんて事ないように旅の疲れをとるように私たちを子供たちとの交流という癒しを与えてくれた。夕食も和気あいあいとした雰囲気で流れていく。



 夜中、私は懐かしいわらのベットから起き上がって外に出た。

 途中、サイレンさんとすれ違ったが、彼は特に何も言わずにおやすみと言わんばかりに会釈して彼に与えられた部屋に戻っていった。


 あの様子だと彼は彼で話を終えたらしい。

 タイミングが良い。私の番というわけだ。



「ふぅぅ……」


「こんばんは、ブランさん」



 屋根に腰をかけてパイプをふかしているブランさんに声をかけた。私も軽くジャンプして彼女の隣に座る。



「こんばんは、随分と逞しくなったねぇ。きっと過酷な冒険をしたんだろうさ」



「まだまだ冒険の途中ですけどね」



 ――沈黙が流れる。

 私がどう切り出したものかと頭を悩ませていると、ブランさんの方から話をふってきた。


「ミドリ、あの子のことはもうサイレンの坊やから聞いたよ。マナのために大変な道を進んでいるんだって?」


 自分の口から伝えられなかったことに自責の念が湧くが、それ以上にスムーズに話が進められることに対するサイレンさんへの感謝を抱く。



「そうですね……あの、ブランさん。マナさんの素性のことなんですが――」


「聞くなら、それは本人の口から聞きたい。あの子が自分語りするのは微笑ましいからね。悪いけど言わないでおくれ」


「……ええ。おっしゃる通りですね。次来る時は、マナさんを連れて、全員で自分語り大会でも開きましょう」



 ブランさんはそうだね、とだけ言ってパイプを咥えた。私も彼女の視線の先にある月をしばらく眺める。



 ◇ ◇ ◇ ◇


 ――もう少しで満月だろうか。

 そんなことを考えながら、私は肌寒い空気を全身で浴びていた。ブランさんとの会話とも言えないそれをした後に、私はとある場所へ【飛翔】で向かっている。


 王都を出る時にはかなり不審がられたが、元々ブランさんにする予定だったはずの土下座で何とかゴリ押して夜明けまでに戻ることを約束して外に出してもらった。



「ぼちぼちこの町の復興もされてきてますね……」


 私が深夜、1人でやってきたのは最初の町ピリースだ。こんな時間でも見張りの人はちゃんと働いているため、飛んで来た私に警戒しながら事情聴取をしてきた。

 私がここに来た理由と冒険者のカードを提示すると、中へ通してくれた。



「…………」


 あの事件からまだ一年も経っていない。

 それなのに町並みがほとんど元に戻っているのは、やはりスキルや魔法がある影響だろう。門番さんの話からするに、今は入居募集の段階までいっているようだし。


 ――ただ、建物はともかくとして、人はもう戻ってこない。

 一度きりの命なんだ。プレイヤーが異質なだけで、蘇るなんてのはあってはならないことだ。


 善人は輪廻を回し、罪人は冥界で罪を精算する。それがこの世界のことわりだ。

 それを歪めるとどうなるか、私は先日の戦いで“イノルモノ”を通じてよく分かった。



「ごめんなさい」


 私は新生した世界樹どらごんから蘇生可能な葉を貰っていない。私が拒んだのだ。

 この場所でできた最初の繋がりを失ったのが辛くて、私は蘇らせようと考えた。でも、それは間違いなのだ。私は堕天を乗り越えた。過ちを受け入れ、未来へ進む大切さを知ったのだ。

 助けられる可能性が高いマナさんならともかく、もう間違いなく死んでいる人達を蘇生するなんて――それは善行でも人助けでもなく、ただの独りよがりだ。


「独りよがり、ねぇ……」



 もしかしたら蘇生しないことの方が、優先順位をつけた独りよがりなのかもしれない。

 でも、人間なんてそんなものだろう。誰もが矛盾したものを掲げて、独りよがりで――



「はぁ、キモ。私、果てしなくキモイですね」



 意味の無い言い訳をつらつらとポエムみたいに並べ立てる、痛々しすぎる。数秒前の自分に「結論はよ」と煽りたいレベル。


「ま、何はともあれごめんなさい。私は見捨てます。恨んで化けて出てくれても構いません」



 そんなことはしない人達だと知っていながら、私は決別の意思を込めて、化けて出てきても浄化してやるぞと息巻いておく。



「生まれ変わったらまた仲良くしてくださいね」



 この町で仲良くなった子供、ミャンさん。彼女から貰ったミサンガは過酷な冒険の中で既に切れていて、私のストレージの肥やしになっていた。


 私はそれを彼女のお墓の土に埋めた。




 私はここ最初に降り立った町にて、今ある命のために進むことを誓った。


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